レッドブル誕生のきっかけは「リポビタンD」だった。共同創業者が生前に振り返ったエピソードとは?

レッドブルの共同創業者、ディートリヒ・マテシッツさんが78歳で死去。日本の長者番付リストを見たことを契機に、栄養ドリンクをリサーチしたと伝えられています。
レッドブル・エナジードリンク(左)とリポビタンD
レッドブル・エナジードリンク(左)とリポビタンD
Huffpost Japan

エナジードリンク「レッドブル」を世界的なヒット商品に育てたディートリヒ・マテシッツさんが78歳で死去した。AP通信などが報じた。10月22日にレッドブルのF1チームの関係者が明かした。死亡日時や死因は明らかにされていない。

実はマテシッツさんがエナジードリンク市場への参入したのは、日本の栄養ドリンク「リポビタンD」がきっかけだった。意外と知られていないエピソードを振り返ろう。

■歯磨き粉メーカーのマネージャーから転身。そのきっかけはホテルで呼んだ雑誌記事だった

レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか』(日経BP社)によると、マテシッツさんは1980年代に、タイのTC製薬社の栄養ドリンク「クラティンデーン」を欧米向けに「レッドブル」として販売するライセンスを取得した。

TC製薬社の経営者とともに1985年、レッドブル社を創業。2年後には、ヨーロッパ人の好みに合わせて炭酸を追加するなどレシピを改良した「レッドブル・エナジードリンク」が、マテシッツさんの故郷のオーストリアで発売され、やがて世界的なヒット商品となった。2021年の総売上は98億4000缶だという。

マテシッツさんはもともと、歯磨き粉などの生活用品で知られるドイツのブレンダックス社で勤務。マーケティング担当のマネージャーとして世界を飛び回っていた。1982年の香港出張中、ホテルのロビーで米誌ニューズウィークをめくりながら談笑していると、日本の高額納税者リストが目に留まった。第1位に書かれていたのが大正製薬の経営者、故・上原正吉さんの名前だ。

大正製薬が「リポビタンDという名の飲料を製造している」と知り、東アジアには栄養ドリンクの巨大市場があることに気づいたのが、レッドブル創業に繋がったという。

■「日本ではなぜドリンク剤で高額納税者リストのトップに」その疑問がきっかけだった

MotoGPオーストリアGPの予選中、恋人とスクーターで移動するディートリッヒ・マテシッツさん(2019年8月撮影)
MotoGPオーストリアGPの予選中、恋人とスクーターで移動するディートリッヒ・マテシッツさん(2019年8月撮影)
SOPA Images via Getty Images

日本のF1雑誌『GRAND PRIX Special』2007年10月号で、マテシッツさんはレッドブル創業の経緯を次のように振り返っていた。

「きっかけは、日本の高額納税者のリストを見せてもらったことなんだ。そのなかの一人にミスター・タイショウがいた。大正製薬の上原(正吉。故人。元大正製薬会長)さんだ。その人がどういう人か友人に尋ねたら、製薬会社で、ドリンク剤『リポビタンD』をつくっているということだった」

「電気製品とか自動車会社のトップが高額納税者ならわかるけど、日本ではなぜドリンク剤で高額納税者リストのトップになれるか疑問に思い、リサーチした。そうしたら日本にはドリンク剤の巨大市場があることを発見した」

「その後、リサーチの途上で、タイ人があるドリンク剤のライセンスを持っていることがわかり、彼にコンタクトをとってビジネスが始まった。ドリンク剤は、日本以外の国でもかなりポピュラーになっていたんだ」

「香港、シンガポール、韓国、台湾、フィリピン、タイ……。アジアのあちこちの国で、小さな100ミリリットル程度のドリンクが人気だった。何年か前からタイにもあって、それがレッドブルのルーツになった」