あなたの「いいね」で救える人がいる。同僚からの贈り物が解放してくれた「私が好きな私」

生まれた時に男性を割り振られ、現在はトランスフェミニンを自認するSatieさん。同僚や家族、そして社会の力を借りて「私が好きな私」になるまでの道のりを聞いた。ターニングポイントの一つはヘアドネーション?

多様性という言葉が身近になった現代、個人の持つ感性や好みを尊重し合える風が、日常の中でも鼻をかすることが増えた。

一方で「誰もが互いの『好き』を認め合えているか」と真正面から聞かれれば、素直に首を縦に振れないのも現実だ。

実際、洋服や髪型など、自分の表現したいものを、誰かの視線や社会的な「安全」のために表現できていない人もいるのではないだろうか。

「あなたが選んではいけない選択肢なんてないですよ」

そう微笑むのは、生まれたときに男性を割り振られ、現在はトランスフェミニン*を自認するSatieさん。筆者の大学時代からの友人でもあるSatieさんは、可愛らしい洋服と美しいネイル、そしてふわっとしたボブの髪が印象的だ。現在は性別や「らしさ」にとらわれない自由な表現を楽しみながら、消費財メーカーに勤めている。

satieさん
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ZUMA

今回の取材の出発点は「4月は性の多様性にいつもよりも光が当たるプライド月間なので、可視化や抗議、そして祝福のために当事者の声を聞かせてください」というものだった。しかし、取材を通じて筆者が辿り着いたのは、マイノリティやマジョリティという概念を超越した景色だった。

(トランスフェミニン:生まれた時に男性を割り当てられたが、自分に男性らしさより女性らしさを感じる性自認)

「自分を解放してもいい」と教えてくれた、同僚からの贈り物

ZUMA

─── 今日も相変わらずおしゃれですね。大学時代のいわゆる「男の子」らしい服装のSatieさんとは、違った魅力がありますが、何かきっかけはあったのでしょうか?

へへ。ありがとうございます。せっかくだからお気に入りのお洋服で来てみたんですけど、嬉し恥ずかしいですね(笑)。

かわいい、いわゆる「フェミニン」なものへの憧れは昔からありました。1つ年上の姉がスカートやワンピースを着ているのを見て「羨ましいな」といつも思っていて、一緒にディズニープリンセスの映画や『おジャ魔女どれみ』を見ていましたね。

しかし、いざ自分がかわいいものに手を伸ばそうとすると「それを選んだら、学校で嫌なことを言われるかもしれないけどいい?」と、母から確認された記憶があります。仕草やお絵描きしたものが「女の子らしい」だけでも「おかま」と呼ばれて傷ついていたので、その選択をしたらどうなるかも想像できましたし、「そんなに苦しい気持ちになるくらいならやめておこう」と踏みとどまっていました。母の言葉は冷たくも聞こえますが、今になって振り返ってみると、私がいじめられないようにその言葉で守ろうとしていたんだなと感じます。

テイラー・スウィフトの来日公演に向けて選んだネイル
テイラー・スウィフトの来日公演に向けて選んだネイル
ZUMA

現在のようなフェミニンなお洒落を楽しめるようになった出発点は、THREEが展開しているメンズブランド「FIVEISM × THREE」との出会いですね。

ジェンダーや人種の壁を乗り越えようとするコンセプトが2018年当時の私にはとても新鮮でしたし、メンズメイクに多い「バレないメイク」ではないカラーを楽しむメイクを打ち出していることに、すごく興味を持ちました。

実際にお店に見に行ってみると、美容部員さんが「ぜひやってみませんか?私にメイクさせてください」と声かけてくれて、それがすごく楽しかったんです。メンズメイクと謳われている以上、もし誰かに嫌な言葉を言われても「だってメンズだし」と返せるので、安全が保障されている気がしました。そして何より、「私、この私が好きだな」と思えたのことが大きいですね。

美容部員さんが初めてカラーメイクをしてくれた日
美容部員さんが初めてカラーメイクをしてくれた日
Satie

その後コロナ禍もあり、自分に目を向けたり、YouTubeでメイク動画を視聴する時間も多くなりました。はじめはそれこそ「バレないメンズメイク」を調べていたのですが、少しずつ自分でもカラーメイクに挑戦するようになりました。

そんな中であるとき、同期の同僚が「似合うと思うから使ってみなよ」と言って、いわゆる女性が使うようなカラーパレットをプレゼントしてくれたんです。そこである種の許可をもらえた気がしたというか「あ、やっていいんだ」と、自分の心に根を張っていた価値観から抜け出せたんです。英語で言うところのself-permissionというやつですね。

─── 同僚からのプレゼントが突破口になった。「男女」ではなく、Satieさんという個人を近くで見ていた同僚だからこその贈り物ですね。

はい。これはジェンダーの話からは逸れるのですが、会社で出会った人たちが思い思いに好きなおしゃれを楽しんでいて、そしてお互いそれを賞賛し合う様子を会社やSNS上でよく見ていたことも大きいかもしれません。「自分はこれが好きです・これが楽しいです」という自分の気持ちをピュアに楽しんでいて、自分の魅力を解放している同僚たちの姿には今も勇気をもらっています。

男性のヘアドネーションって変?「私らしさ」を巡る道中で、母も並走していた

Andrew Merry via Getty Images

─── Satieさんにとって、職場はセーフスペースになっているんですね。働く中で外部の人と関わることも多いと思いますが、そこで感じるジレンマはありますか?

嫌な思いをしたというわけではないのですが、髪の長さに関するジェンダー規範は感じますね。私はネイルもしているし髪も長いので、いわゆるビジネスパーソンとしての「理想の男性像」から外れる私を見て「怒られたりしないんですか」と心配してくれることは多々あります。仮に長髪が理由で、プロフェッショナルとしての評価が下がるのだとしたら、それは馬鹿げた話ですけどね。私の勤める企業は主にシャンプーやコンディショナーなどを扱っていますし「むしろ実際に髪を伸ばしたことで気付いたこともたくさんあるのにな」といつも思います。

とはいえ、そういったジェンダー規範に立ち向かうのが怖いという本音もあって、髪を伸ばしてみたいという私の背中を押してくれたのはヘアドネーションでした。

あるとき、ヘアドネーションをしている女性の友人を見て「素敵!」と思ったんです。ヘアドネーションは女性が髪を寄付するというイメージがありますが、何らかの理由で髪が生えない、伸ばせない人がいるなら性別を問わずに力になれます。

そこで「自分もやりたい」と思って髪を伸ばしはじめました。寄付をするためには31cmくらいまで伸ばす必要があるので、その理由付けの力も借りつつ、今の長さの髪を楽しんでいます。正直、単に「おしゃれが好きでロングヘアに憧れているから」という動機だけでは、世間の圧力に負けてしまっていたと思います。まだまだ臆病というか、ちょっとズルいと感じもしているのですが(笑)

─── そんなことないですよ。憧れのロングヘアを実現しつつ、いつかは誰かのためになる。個人の喜びが誰かの喜びに転じていくわけですから、すごく素敵だと思います。

ZUMA

─── 取材の冒頭で、1番好きなものを選ぶことで、あなたが嫌な想いをするかもしれないよ、とある種の警告してくれていたと話されていました。Satieさんの表現の変化をご家族はどのように受け止めていましたか?

今は、家族も私の「好き」を正面から受け入れてくれています。私自身が強くなれたので、守る責任をある程度手放せたこともあると思います。

男性を好きなことを伝えたときも、少し驚いてはいましたが「気づいてあげられなくてごめんね」と寄り添ってくれて、後から「過去の言動を色々と反省した」とまで言ってくれました。それを皮切りに「大好きな家族の前で、もっといろんな自分を出していこう」とメイクをしたり、かわいいお洋服を選んだりするようになりました。とは言っても、元から「男らしい」タイプではない私を、家族は「普通に」受け入れてくれていましたし、特に関係が激変したという感じではないですね。

でも一つ、特に嬉しかったことがあります。私はトランスフェミニンを自認していて「7〜8割が女性で残りはどちらでもない」という感じなのですが、あるとき母と近所を散歩していたら、近所のおじさんが私の方を見て、「(この人は)おたくのお嬢さんかい」と声をかけてきて、それに対して母が「そうです」と答えてくれたんです。

地元は狭いコミュニティですし、どう思われるかも気になるはずです。それでも「娘です」みたいな感じで返してくれたのが本当に嬉しかったです。私が自分を表現する強さや術を学ぶ一方で、母も並走して成長しようとしてしてくれている気がしました。

あなたが選んではいけない選択肢なんてない

ZUMA

─── Satieさんは現在の社会に、どのような言葉を届けたいですか?

どんな表現の選択にも、それが人を傷つけるものでない限りは「いいね」と言える社会であってほしいです。何を着ていても、どんな髪型をしていても、ネイルをしていても、その人が自分の好きなものを身に纏っている事実が一番かっこいいし美しいと思うんです。

一番大切なことは自分で自分に「いいね」をあげられることですが、誰もが最初からそうできるわけではありません。周囲の人たちが「それいいね」と何度も後押しをしてくれたおかげで、私は今の私になれました。「いいね」の一言で、誰もが誰かのサポーターやアライになれるんです。

─── 自分らしさを表現したいけれど、他人や社会の視線が足枷になって踏み出せない人に、どのような言葉をかけたいですか?

セクシュアルマイノリティであるか否かを問わず、誰しもがそのような課題を大なり小なり抱えていますよね。ありきたりかもしれませんが、昔の自分に言葉をかけるなら「あなたの好きを大事にしてほしいな」です。「あなたが直感的に思う『かわいい』『美しい』を選んでいいんだよ」と自分で自分に許可を与えてあげたいです。かっこいいジャケットやコートが好きな男の子が多いように、誰もがどんなものを好きでもいいし、何を着てもいいんです。あなたが選んではいけない選択肢なんて存在しません。

あとは「好きな服着たくない?その方が楽しくない?」ですかね(笑)。クィアであることを恥じていた時期もありますが、今は「自分のことを好きな自分の方が、私は好きだな」と思うんです。自分を隠すなんて、単純に自分が可哀想です。

ZUMA

─── Satieさんご自身は今後、どのような表現者でありたいですか?

私にとってすごくな大きな存在である、ryuchellさんのような素敵な人になりたいなと思っています。ryuchellさんは初めて、男装や女装という考え方を持っていた私に「そんなものはどうでもいい」と教えてくれた存在でした。自分の表現方法に「男女」というフィルターを全く介さず、流動的に色々なスタイルのおしゃれを楽しむ姿がすごくカッコよくて衝撃を受けました。ryuchellさんは亡くなってしまいましたが、ryuchellさんが残したものは、私の中にも、この先の社会にも生きつづけると信じています。生前にファンミーティングで直接お会いして感謝を伝えることができたことも、私にとっては御守りのような思い出です。

もう一つ、漠然とした目標を思い切って口にしてみるなら、自分のファッションブランドを持ちたいなと思っています。私が「かわいいな」と思う服はレディースが多いので、サイズがなかなか合わないんです。女の子の友人たちですら「かわいい洋服ってウエストが細すぎて着れないもの多い」「靴のサイズが小さすぎる」と悩んでいるのを多々耳にしていて、ルッキズムを感じてしまうこともあります。

性別を問わず「サイズがないから」でおしゃれが制限されるのは、おしゃれが好きだからこそ許せないんです。規模や形はセレクトショップのような小商でも良いと思っているのですが、とにかく実現したいおしゃれを叶えてあげるブランドを作りたいです。単純に自分も欲しいですしね(笑)。

これからももっと自分らしくなっていく私の未来に、少しの怖さと、それを遥かに上回るワクワクを感じています。

ZUMA

写真:ZUMA

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