イングランドとウェールズ、なぜW杯にイギリスから2チーム出場できるの?【サッカーワールドカップ2022】

ワールドカップ史上初の「Battle of Britain (イギリスの闘い)」が実現する2022年大会。しかしなぜ、イギリスから複数のチームが参加できるのでしょうか?

2022年の男子サッカー・ワールドカップカタール大会では、W杯史上初の試合が実現する。

それがイングランドとウェールズが対戦する「Battle of Britain(イギリスの闘い)」だ。

イギリスのチームがワールドカップで対戦するのは今大会が初めてで、注目されている。

しかしそれにしてもなぜ、イギリスから複数のチームが出場できるのだろうか?現地時間11月29日(日本時間30日午前4時)の試合を前に振り返る。

2022年のカタール大会で初めて実現するイギリスの闘い。左はウェールズのイーサン・アンパドゥ選手、右はイングランドのハリー・ケイン選手
2022年のカタール大会で初めて実現するイギリスの闘い。左はウェールズのイーサン・アンパドゥ選手、右はイングランドのハリー・ケイン選手
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理由はサッカーの起源にあり

その理由は、近代サッカーの歴史にある。

イギリスは、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの国から成り立っている主権国家で、正式名称は「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」だ。

それぞれに独立したサッカー協会があり、その歴史はサッカーワールドカップを主催するFIFA(国際サッカー連盟)よりも長い。

<4つの国に協会ができた年⚽️>

4つの国からなるイギリス。緑の部分がイングランド、オレンジがウェールズ、赤がスコットランド、黄が北アイルランド
4つの国からなるイギリス。緑の部分がイングランド、オレンジがウェールズ、赤がスコットランド、黄が北アイルランド
pop_jop via Getty Images

最初に設立されたイングランドサッカー協会の正式名称は「フットボール・アソシエーション(サッカー協会)」。

名前にわざわざ「イングランド」とつける必要がなかったのは、世界最初のサッカー協会だったからだ。

その後、他の国でも協会が設立され、世界最初のサッカー国際試合は、1872年にイングランドとスコットランドの間で行われた。

また、1886年にはこの4つの協会によって、サッカーのルールを調整する国際サッカー評議会が設立されている。

つまり、サッカーの国際試合は元々、この4つの国で行われるものだったのだ。

1895年のイングランド代表チーム
1895年のイングランド代表チーム
Hulton Archive via Getty Images

FIFA登場

その後、サッカーは世界各地に広がり、20世紀に入るとこの4カ国以外での国際試合も増加した。

そして、サッカー評議会ができてから約20年後の1904年に、FIFAが設立された。

設立の目的は、国際試合を統括する組織を作ることで、ベルギー、デンマーク、フランス、オランダ、スペイン、スウェーデン、スイスの7カ国のサッカー協会が関わり、初代会長にはフランスのジャーナリスト、ロベール・ゲラン氏が就任した。

FIFAは加盟条件として「1カ国に1つの協会のみ」と定めた。しかし、そこで問題になったのがイギリスだ。すでに4つある協会をどうするべきか?

FIFAミュージアムによると、当時サッカーは依然としてイギリスのスポーツと見られており、人気も実力も他国を抜きん出ていた。

「1カ国に1協会」というルールはあるが、世界的な統括団体として認められるためには、この4つの参加は欠かない――そう考えたFIFAは、例外を認めることを決定。

イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドが、別々の国として加盟できるようにした(加盟後にアイルランドから南アイルランドが分離し、イギリスからの出場は「北アイルランド」となった)。

これが今でも続いており、FIFA憲章も「1カ国につき、1つの協会のみがメンバーとして認められる」と規定している一方で、「イギリスの4つの協会は、別々のメンバーとして認められる」と書かれている。

グループBのウェールズ対アメリカ戦を見守る、ウェールズのサポーター(2022年11月21日)
グループBのウェールズ対アメリカ戦を見守る、ウェールズのサポーター(2022年11月21日)
picture alliance via Getty Images

オリンピックでは例外を認められない

イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドが、国際大会に別々に代表を派遣するスポーツは、サッカー以外にラグビーホッケーなどがある。

しかし、オリンピックは各国オリンピック委員会を通して参加を申請する形をとっており、サッカーもイギリス代表の選手団としか出場できない。

そのため、現在イギリスはオリンピックのサッカー競技に代表を送らない方針をとっている。

2012年のロンドン大会は、開催国だったため男女ともに出場したものの、その前に男子が出場したのは1960年だった(1972年までチームを結成したものの、予選で敗退した)。

ちなみに、女子サッカーがオリンピックの種目に加わったのは1996年で、イギリス女子代表は2012年ロンドン大会に続き、2021年に開催された東京大会にも出場している。

東京オリンピックのオーストラリア戦で、ゴールを決めて喜ぶイギリス女子サッカー代表の選手たち(2021年7月30日)
東京オリンピックのオーストラリア戦で、ゴールを決めて喜ぶイギリス女子サッカー代表の選手たち(2021年7月30日)
Atsushi Tomura via Getty Images

「イギリス」チームとしての参加を頑なに拒むのは、それが前例となって、他大会でも4チーム別々での出場が認められなくなるのでは、という懸念があるからだ。

特に、イングランドに比べて規模の小さい、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドにとっては、チーム生存に関わる重大な問題だ。

イギリス出身で、ミシガン大学運動学部ステファン・シマンスキー教授は、「もし、FIFAがイギリスに4つの国ではなく、1つのチームのみでの参加を強要していたらスコットランドは独立していただろう、と言ってもいいと思います」と2018年のインサイダーのインタビューで話している。

「スコットランドでは数年前(2014年)に、独立を問う国民投票がありました。この時は僅差で否決されました。しかしもし、彼らがサッカーチームを失っていたとしたら、大差で可決されていたと思います。なぜなら、それが自分達のサッカーチームを取り戻す唯一の方法だからです」

Visionhaus via Getty Images

デメリットもある

イギリスだけ、ワールドカップに4チームも派遣できるのはずるい…と思う人もいるかもしれない。

確かに、サッカー最高峰の舞台に、より多くの選手やチームが参加する機会が増えるという利点はあるが、その一方で、より実力のある選手がそれぞれのチームに分散されるというデメリットもある。

実際、この4チームは歴史は長いものの、ワールドカップでの優勝は1966年のイングランドのみで、全4チームが参加したのは、1958年だけだ。

ちなみに、ウェールズにとって、2022年大会はこの1958年以来の出場となる。

そして、2022年のワールドカップでイングランドとウェールズは同じグループBに振り分けられ、ワールドカップ史上初の「イギリスの闘い」が繰り広げられる。

両チームの試合は現地時間11月29日(日本時間30日午前4時)。イギリス国内でもイングランドとウェールズそれぞれに熱い応援が送られるだろう。

その一方で、板挟みになりそうなのが、イギリス王室だ。

イングランドのイングランドサッカー協会(FA)の理事長でもあるウィリアム皇太子は、大会前にウェールズの議会を訪れた際「両方を応援する」と表明している。

FIFAの世界ランキングは現在イングランドが5位、ウェールズは19位。しかし今大会はサウジアラビアがアルゼンチンを破ったり、モロッコがベルギーに勝利したりと、大幅にランク下のチームが勝った対戦もある。

ワールドカップ初の「イギリスの闘い」、結果はどうなるか。

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