多くの人が自分らしい暮らしを楽しむためには、基準を健常者に限定しない、より包括的で多様な製品やサービスの充実が不可欠だ。
味の素は10月29日、筑波大学附属視覚特別支援学校と協働し、同校の寄宿舎において初のクッキング部「音でみるクッキング部 SOUNDFUL COOKING CLUB」を始動。
同日に開催されたメディア取材会で、企画に込めた思いや活動内容、クッキング部メンバーの生徒の声を聞いた。
「音」でみるクッキングとは?

同社は2月、音声特化型レシピサイト「音でみるレシピ SOUNDFUL RECIPE」を公開し、「料理を音で楽しむ」という視点を提案してきた。
一般的なレシピサイトはビジュアル(視覚的情報の多い表現)で構成されることが多く、視覚障害のある人には使いづらいという社会課題に着目し、「見えない人も見える人もより料理を楽しめるように」という思いから同サイトを開発したという。
同社の赤坂由美子さんは「スマホの音声の読み上げに最適化した設計や、音を料理で楽しむコツを詰め込んだ音声コラムなど、ユニークで新しい視点が詰まった内容になっています」と説明した。
同サイトの考え方と知見を発展させた「音でみるクッキング部 SOUNDFUL COOKING CLUB」は、実践を通じて、音を手がかりに料理を楽しみ、自立や自己表現につなげる機会の創出を目的とした部活動だ。サイトを元に、食材が焼ける音や煮立つ音、鍋からの振動や香り、食材の手触りなどを通じて調理法を楽しく学ぶという。
感覚や音で、料理の楽しさを再発見

説明会には、サイト開発の段階から企画に参画し、クラブの特別アドバイザーを務める「料理大好きな全盲のみき」さん(以下、みきさん)も登壇。
みきさんはサイト内の音声コラムの音声を担当しており、「ピチピチと跳ねる油の音と一緒に(ハンバーグの)タネの温まるシューっという音が聞こえます」、「次第にパチパチと踊り出すような賑やかな音に変わります」、「香ばしい香りが漂ってきたらひっくり返しましょう」といったように、豊かな言葉の表現で料理体験を先導・サポートしている。
みきさんはサイトについて「見えない人も見える人も使いやすい設計になっていることに加え、弱視の人が見やすいように広告が表示されないなど、細かな工夫がなされていて、みんなが楽しめる内容になっていると思います」とコメント。
また「後天的に目が見えなくなった(中途失明の)私は『これからも大好きな料理を続けられるのかな』と不安な時期もありましたが、料理の音や箸を通じた食材の感触を知ることで、感覚と調理器具、食材が仲良くなるのを感じ、料理の楽しさを再発見しました」と料理の可能性に関する視点と自身の経験を共有。サイト利用者からも「すごくわかりやすくて、また家族に美味しい料理を作れるようになって嬉しい」などの声が寄せられているという。
同じく特別アドバイザーを務める料理人の東山広樹さんは「今回、学生の皆様に『教える』立場で参加していますが、実際には『そんな工夫があったのか』『こんな楽しさがあるのか』と『教わる』ことの方が多いように思います。今後も料理を楽しみながら、実際に作ったものを食べて『自分でもこんなに美味しくできるんだ』と発見や自信につなげていただけたら嬉しいです」とコメントした。
「一人暮らしで自炊にも挑戦したい」

説明会では、実際にクラブに所属する生徒がハンバーグの調理に挑戦した。
フライパンの上のハンバーグをひっくり返す工程では緊張した表情を浮かべつつ、クラブ活動中の練習中に思いついて習得したという菜箸とヘラの“二刀流”で見事に成功。同校寄宿舎指導員の佐伯登さんと笑顔でハイタッチを交わした。後ろで見守っていた部員たちも拍手をしたり、「すごい!」という激励の言葉をかけたりと、クラブの和気藹々とした雰囲気を垣間見た。
学生たちは、同クラブでの活動について「料理は視覚的な面が多く難しいのではと思いましたが、食材の焼ける音やお米を研ぐ音など、普段自分でも意識してないところにヒントがあることに気づきました」、「親の料理を手伝うことはありますが、自分ではできないと思っていた内容も多く、以前は1人で料理することを諦めていました。今は少しずつ音で料理を楽しむ感覚がつかめてきたので、一人暮らしをする時に自炊ができるように頑張りたいです」など、それぞれに感想を共有した。
佐伯さんは「普段の実習において、晴眼者(視覚に障害がない人)が教える調理は視覚的表現多く、『うまく伝えられているかな』と不安な面がありましたが、今回の取り組みで学生の様子を見ていると、音で伝えることの有効性がよく分かりました」とコメント。

また「ハンバーグを“二刀流”でひっくり返したように、実際に仲間とチャレンジする中で『少しの工夫でできないと思っていたことができた』という気づきにもたくさん出会えます」と語り、今後も学生と楽しく料理を学んでいきたいと意気込みを述べた。
説明会を経て、赤坂さんは「食の可能性を通じて、誰もが自分らしくイキイキと生きられる暮らしづくりに貢献したい」と同社の理念を改めて共有。料理を楽しむという新しい文化の醸成と共に、より多くの学校でのプログラムの展開を目指すと語った。
視覚的情報以外の方法を通じた、新しい料理の在り方は、今後も多くの人の暮らしを豊かにする一助となりそうだ。