「強欲な独裁者」ゴーンが付け入った「社長絶対」の日本型会社風土

日本企業の成長には、ゴーンのような外国人経営者に利用される日本の「緩い」会社風土を変えていく必要がある。
取材に応じるカルロス・ゴーン被告
取材に応じるカルロス・ゴーン被告
時事通信社

「私は強欲でも独裁者でもない」——。

保釈中に国外に逃亡した日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告は、1月8日にレバノンの首都ベイルートで開いた記者会見で、繰り返しこう述べた。

本当にゴーン被告の起訴容疑である有価証券報告書への「報酬の過少記載」や、会社のカネを私物化した「特別背任」は、当時のゴーン会長を追い落としたかった西川廣人社長(後に辞任)らの陰謀によるクーデター、でっち上げで、ゴーン被告は「無実」なのだろうか。

保釈の条件を破り、不正な手段で出国したことには、日本人の誰もが許せない気持ちに違いない。確かに国内でも「人質司法」として批判が強い日本の検察当局の捜査尋問手法や、裁判制度については大きな問題があることを、誰もが感じているのは間違いない。

だからと言って「(時間がかかる裁判によって)日本で死ぬか逃げるかしか方法がなかった」という主張が正当だと考える人は、日本にはいないだろう。欧米メディアの中には、日本の司法制度の問題を理由に、ゴーン被告を擁護する論調もあるが、さすがに法治国家である日本を全面的に悪者扱いしているものは少ない。

問題は、ゴーン被告が会見で「潔白だ」と主張した容疑が、本当に問題ないことだったのかどうかだ。

「人格攻撃」と反発

会見でゴーン被告は、報酬の未記載分について、

「実際に支払われたものでも、取締役会で決まったものでもないので、記載する必要はなかった」

またゴーン被告用にブラジルのリオデジャネイロやレバノンのベイルートで購入された邸宅についても「日産が所有するものだ」とし、西川氏とグレッグ・ケリー元代表取締役が署名している書類を示したうえで、ゴーン被告が住むことや帳簿価格で買い取ることができる旨も記載されている、と不正を否定した。

さらに、ゴーン被告の指示で、日産の子会社である「中東日産会社」からオマーンの販売代理店に約35億円、レバノンの販売代理店に約17億円の資金が流れたとされるが、これについても、

「これは何も特別なことではなく、(中東での販売拡大のための)インセンティブの額としては競合他社よりも低い」

加えて、私的に流用したとされる「CEOリザーブ(予備費)」についても、

「予算として認められ、社内ルールに従って決裁を受けた支出だ」

ゴーン被告が2018年11月に逮捕された後には、オマーンの代理店側からペーパーカンパニー経由で、ゴーン被告の妻のペーパーカンパニーに約1220万ユーロ(約15億円)が流れていた疑いがあるとする報道がなされた。この妻の会社は超高級クルーザーを購入、「Shachou号(社長号)」という船名を付け、ゴーン被告らが使っていた。

そしてもう1点、ベルサイユ宮殿で豪華なパーティーを開いたことについても「人格攻撃だ」と猛烈に反発。パーティーは日産とルノーの企業連合15周年を祝ったもので、会社を代表したスピーチもしたと弁明。しかも、日産はベルサイユ宮殿の大口スポンサーで、日産は100万ユーロ(約1億2000万円)以上の支援金を支払ったとし、会社に関係がないことに会社のカネを流用した背任行為ではない、と強弁した。

「法律違反」として有罪にできるか

ああ言えばこう言う、卓越した弁舌で、決して非を認めないゴーン被告を突き崩すのは、東京地検特捜部としても、困難を極めたに違いない。日本人の「常識」からすれば公私混同も甚だしい、ということになるのだろうが、それが「法律違反」として有罪にできるのかとなると話は別だ。

特別背任として有罪にするには、会社に損害を与えることを意図して行ったことを証明しなければならない。本人が自白しない限りそれは難しいことから、報酬を過少記載した「有価証券報告書虚偽記載」という形式犯でまずは逮捕したのだろう。

虚偽記載さえゴーン被告が認めていれば、執行猶予付きの有罪となり、そこで事件は終了したに違いない。不正を暴いた日産自動車経営陣らの狙いが、ゴーン被告の追い落としにあったならば、逮捕によって会長を解任できれば、厄介な特別背任の立件にまで乗り出す必要はなかったのではないか。

ところが、予想に反してゴーン被告は徹底抗戦を貫き、弁護士まで交代させた。つまり、検察は裁判で特別背任を立証しなければならなくなったのだ。

ゴーン被告の特別背任を立証するのは前述のように困難を極めるだろう。経営者による横領など欧米の不正事件を知るゴーン被告は、「法律違反」の回避には間違いなく神経を使っていたはずだ。弁護士などにも相談し、法的に問題ない形で報酬や経費を得ていたと思われる。すべて社内ルールに従った決裁を受け、取締役会でも承認していたに違いない。そのあたりは抜かりないだろう。

フランスでも「強欲さ」に反発

ではゴーン被告が、日本の常識から照らして「クリーン」だったかと言えば、そうではない。西川氏ら経営陣が告発するに至ったのも、「いくら何でもやり過ぎ」と映ったからに他ならない。

会見でゴーン被告は「私は強欲ではない」とし、2倍の報酬での引き抜きを断った、とした。

だが、ゴーン被告は日産自動車から10年間に244億6800万円もの報酬を得ている。欧米企業ではストックオプションや株式などで多額の報酬が支払われるが、ゴーン被告の場合はほとんどが現金で支給されている。日本企業としては破格の報酬だ。

日産を破たんの危機から救ったのだから高額報酬は仕方がないとして、それでも足りずに、会社のカネで高級な邸宅を何軒も当てがわれ、高級クルーザーまで使う。逮捕後に次々と伝わった話は、明らかに「強欲さ」の証ではなかったか。

もっとも、ゴーン被告の「強欲さ」にフランスでも反発が高まっていた。ゴーン被告はフランスの自動車大手ルノーの会長も兼ねていたが、この報酬が多すぎるとして、2016年のルノーの株主総会では反対票が賛成票を上回った。

この投票に拘束力はないが、報酬の減額などを余儀なくされ、2017年にはゴーン被告への報酬はストックオプションなどを含めて約700万ユーロ(当時のレートで約8億6000万円)としたが、それでも賛成票は53%にとどまった。日産からもらっていた金額よりもはるかに少ない報酬にダメ出しがされていたのだ。

日本にはこうした投票の仕組みがないこともあり、ゴーン被告は日産からの報酬にこだわったのではないか。日産の株式の34.3%はルノーが握っているから、株主総会ではルノーが圧倒的な発言権を持つ。つまりゴーン被告自身が日産の株主総会をほぼ手中に収めていたということだ。

見透かされた「社長オールマイティ」

もうひとつが、「社長の経費」である。

日本の社長の給与は海外企業に比べて少ないが、住居から会食費、運転手付きの自動車、出張経費など、ほとんどを会社が負担しているケースが少なくない。

最近では減ったが、社長の妻が会社の秘書を使用人のごとく使うのが当たり前の大企業もある。いつも秘書が離れずに付いているので、財布を持ったことがないという社長すらいる。

社長の言うことは絶対で、どんな支出でもうまく経理処理するのが有能な秘書だと思われているきらいが、今でもある。まさに社長はオールマイティ。「社長絶対」つまり「独裁」である。

実は、2000年頃まで、欧州の企業でも社長が経費を自由に使う慣習があった。ところがコーポレートガバナンスの強化や、株主権の拡大によって、批判が噴出。プライベートジェットを私用で使うなど公私混同を指摘された経営者が職を追われるケースが相次いだ。

米国に比べて低かった役員報酬が大きく引き上げられる一方で、株主に説明が付かない「社長の経費」は大幅に圧縮、私用の出費は報酬の中から支払うように変わっていった。

そうした流れの中で、ゴーン被告はルノーでは支出できなくなった「社長の経費」を日産に負担させていったのではないか。つまり、日本企業の「社長オールマイティ」を見透かし、日本の「緩い」会社風土に付け入ったのだ。ゴーン被告の前妻が、会社経費の支出に関してゴーン被告にただしたところ、日本企業の社長なら誰でもやっていることだ、と話していたと報じられたこともある。

残念ながら、日本の企業風土は「強欲な独裁者」を許容してしまう。ただし、世間相場を超えなければ「強欲だ」「独裁者だ」とはみなされない。リーダーシップがあって会社を大きく成長させる有能な経営者と独裁者は紙一重だが、やり過ぎなければ、世間から指弾されることはない。

ゴーン被告が「20冊を超える経営書で褒められていた私は突如独裁者と言われるようになった」と訝ったが、それこそが、日本の風土だ。ゴーン被告は「やり過ぎだ」と世間が感じた瞬間、「名経営者」から「独裁者」へと評価が変わったのである。

日本の過去の経営者の中にも、名経営者と誉めそやされていたものが、突如、ワンマンと批判され、世間から爪弾きにされた例は少なからずある。

問題は、ゴーン被告のような外国人経営者に「付け入られる」日本の会社の仕組みだろう。今後、日本企業が成長しようと考えれば、その仕組みを欧米流に変えていくことが不可欠だ。つまり、「社長絶対」の風土を変え、ガバナンスを効かせることができる仕組みを作らなくてはならない、と考える。

会社法改正で社外取締役が中心となって社長を選ぶ「指名委員会」の設置が認められて17年になるが、2000社を超える東証1部上場企業の中で導入しているのは、いまだに60社ほどに過ぎない。現社長が次期社長らの人事権を握ることで独裁的な権限を保持しているからだ。

このままでは、日本のほとんどの会社で、有能な経営者が「強欲な独裁者」へと変わる可能性があるとみておくべきだろう。

磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間——大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

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(2020年1月14日フォーサイトより転載)

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