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2020年04月09日 10時15分 JST

カヌー羽根田卓也、18歳で渡ったスロバキアは『生易しくなかった』。 母国を離れて暮らして思うこと

言葉も分からず、知り合いもいなかった。そこから五輪メダリストになるまで

2016年リオオリンピックで、羽根田卓也選手はカヌー・スラロームでアジア勢初のメダリストになった。自国開催の東京オリンピックでも、活躍が期待される選手のひとりだ。

彼をカヌー選手、そして人として成長させてくれたのはスロバキアだった。高校卒業直後に単身で渡ってから、今でも活動の拠点としている。

当時は18歳。言葉も分からず、知り合いもいなかった。「生易しくなかった」というスロバキアでの生活から、羽根田選手が学んだことは何なのか。

新型コロナウイルスの影響で、東京オリンピックは2021年夏に延期となった。延期が発表された3月24日の1週間前、ハフポスト日本版はインタビューを実施。オリンピックへの思いやスロバキアで学んだことなどを聞いた。

Junichi Shibuya
羽根田卓也選手

 「大変だったこと、よかったことは表裏一体」

2006年にスロバキアに渡ったのは、厳しい競技環境を求めたからだった。

言葉も分からず、知り合いもいなかった。飛び込んではみたものの、コミュニケーション面での苦労が絶えなかったという。

最初のうちはメモ帳を持ち歩いて、積極的にスロバキア人のコミュニティに入るよう努めたが「ちょっと壁がある」「他人に警戒心が強いところがある」という印象をスロバキア人に対して感じたという。

「スロバキア語は言葉自体がすごく難しい。なかなか覚えられなくて、現地のコミュニティの中になかなか入れず、さみしい思いをしました」

 「スロバキア語を話さない自分に、少しこう閉鎖的なところが最初はありました」 

Junichi Shibuya
羽根田卓也選手

そんな当初の印象や不便さも、スロバキアに渡ってから2年ほど経つころには解消されていったという。

「言葉を覚えるごとに現地の人たちも自分のことを認めてくれるようになったので、言葉というのはその土地で暮らすにはとても大切なものだなと思いました」

苦労があったぶん、自分の成長につながっていると実感している。

「大変だったことと、得たことやよかったことはすごく表裏一体。スロバキアは自分にとって便利ではなかった。一つ一つの困難がすごく自分の糧になって、成長につながった。スロバキアという国を選んですごくよかったです」

東京にカヌー・スラローム専用の人工コースができ、ここ数年は日本で過ごす時間が増えているが、いまでもスロバキアを拠点にしている。

「まだ向こうに荷物もたくさん置いてあるし、拠点は足半分スロバキアですね」

スロバキアのトーク番組にも出演し、流暢なスロバキア語で大爆笑を取るほど、コミュニケーションの問題は解消された。

 

リオ五輪の前と後で「全然違う」

カヌーの強豪国のスロバキアで経験を積み、オリンピックへの切符も掴んだ。

初めて臨んだ北京オリンピックでは14位に終わったが、続くロンドン大会では7位と着実に順位を上げた。

そしてリオ大会。 念願の銅メダルで日本カヌー界に初の五輪メダルをもたらした。 

時事通信社
リオオリンピックに臨む羽根田卓也選手

羽根田選手の活躍で、日本でのカヌーへの注目度も一気に高まった。

「前回のリオ五輪で、本当にたくさんの人が競技のことを知ってもらうことができ、競技を応援してくれる声もすごく増えました。リオの前と後では競技の認知度が全然違いました」

アスリートにとって、自国開催のオリンピックは特別な存在だ。前回のメダリストとして期待やプレッシャーもかかる。

「リオ五輪が終わってから、この2020に向けてずっとやってきた」と語る羽根田選手。2021年夏に延期となったが、特にこの1年は「自分の競技人生の中で集大成をつくる年」と位置付け、トレーニングに励んできた。

「応援してくれる人の思いや期待に応えるのが今回の東京オリンピックだと思いますし、自国開催という選手にとっては特別な思いのある大会になる。その2つの意味で一番のパフォーマンスを見せたいと思って取り組んでいます」

TwitterやInstagramも積極的に活用し、トレーニング風景だけでなく、スケートを滑ったりギターを弾いたりするプライベートな一面も見せている。

「たまにはプライベートのことも含めて、少しでも競技の魅力や面白さSNSを通じて伝えられればいいなと思って発信してます」 

Junichi Shibuya
羽根田卓也選手

本番での見どころは?

東京オリンピックに向けて、カヌー・スラロームの競技用人工コースが新設され、環境も大きく変わった。

「当時、カヌー専用の人工コースがなくて18歳の時にスロバキアに渡りました。東京オリンピックを通じてコースが日本にできたのは、我々にとってもおおきな出来事です。カヌーというアクティビティをいろんな人に伝えられ、より身近に感じてもらえる大きなきっかけになりました」

羽根田選手は、カヌーを巧みに操るターンを持ち味としている。

東京オリンピックのコースについて「大雑把なパワーやフィジカルよりも、繊細な水に対するフィーリング、カヌーのコントロール、バランスが求められる」と説明する。

「ターンの速さやターンの後の加速、飛び出しが大切になってくるので、そこに注目してもらえるとより楽しさが伝わるのではないかと思います」

Junichi Shibuya
羽根田卓也選手

オリンピックが夏開催に決まったことで、従来から課題となっている暑さ対策が不可欠となる。

取材の場に現れた羽根田選手はスポンサーのアディダスのトレーニングウエア姿で、日焼けして肌が真っ黒だった。カヌーは競技中に日差しにさらされる。さらに日本特有の湿気もつきまとう。

「暑さはエネルギーやパフォーマンスを低下させるので、体をなるべく適切な温度に保つような環境を自分で作ることが大切です。ウエアなども大事なアイテムの一つです」

Junichi Shibuya
羽根田卓也選手。スポンサーのアディダスのウエア「HEAT. RDY」姿で取材に応じた。

新型コロナへの不安も「日々のトレーニングは変わらない」

羽根田選手がインタビューに応じた3月19日は、オリンピック延期が発表される直前だった。

先行きが不透明な状況に対しても「日々のトレーニングは変わらないので、自分の目標を見据えて、それに向かった行動を続けていく」と自分の役割を徹する考えを示していた。

カヌーは、新型コロナウイルスの感染が特に広がっているヨーロッパ出身選手も多い。合宿や練習などで会うと、影響や不安が話題に上っていたという。それでも、選手たちは目の前のことに集中していたと明かす。

Junichi Shibuya
羽根田卓也選手

「それぞれの国の置かれている状況が違うので、不安がった内容を話してはいましたけど、トレーニングを見るとみんなしっかりと取り組んでいる。ですから、自分も負けずにトレーニングに取り組みました」

収束の見通しが立たない中で、東京オリンピックが2021年夏に開催にされることが決まった。日本カヌー連盟によると、羽根田選手ら既に代表に内定した選手は、オリンピックの出場資格がそのまま維持されるという。

「とにかく自分が求める、また求められるパフォーマンスを発揮するというだけです」

どんな決断がされたとしても、受け止める気持ちの準備ができていた。 

1年の延期決定を受けて、羽根田選手は次のようなコメントを寄せた。

「自分の目標と姿勢は変わりません。とにかく今はコロナウイルスの収束が最優先です。1日も早い収束を祈るとともに、一年後に向けてさらに鍛錬を積み、来年のオリンピックに全力で臨みたいと思います」

Junichi Shibuya
羽根田卓也選手