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2020年07月27日 08時41分 JST

不妊治療への経済的負担、若い人ほどネックに。15年間で「当事者の悩みはびっくりするほど変わらない」

少子化大綱でも不妊治療の保険適用拡大を検討する方針を示した。政治も動き始めているが、支援を行うNPO法人は「教育を変え、人々の意識、社会の意識を変えていくことこそ重要」と訴える。

不妊治療をめぐる動きが活発だ。

政府の少子化対策の指針となる「少子化社会対策大綱」が、5月29日に決定。その中には、不妊治療への医療保険の適用拡大を検討することが盛り込まれていた。6月には自民党の「不妊治療への支援拡充を目指す議員連盟」も発足、保険適用を求める提言を政府に出した。

なぜ今、こうした動きが出てきたのか。「出口の見えないトンネル」とも表現されることもある不妊治療の渦中にいる人たちは、何を感じているのか。

15年以上にわたって、不妊治療患者を支援しているNPO法人「Fine」理事長の松本亜樹子さんに「不妊治療の現在地」を聞いた。

NPO法人Fine提供
松本亜樹子さん

松本亜樹子(まつもと・あきこ)

NPO法人「Fine」理事長。長崎市生まれ。コーチ、人材育成・企業研修講師、フリーアナウンサーとして活躍。自身の不妊体験から2004年、Fineを立ち上げる。講演や調査、厚労省や閣僚への不妊治療と仕事の両立や経済的負担軽減などに関する要望書の提出など、幅広く活動。不妊や妊活の啓発に努めている。

著書に『不妊治療のやめどき』(WAVE出版)、『ひとりじゃないよ!不妊治療』(角川書店)など。

 

体外受精、顕微授精は高額化

「政治が動いてくれるというのは大きいし、期待したいです。特に費用は患者にとって一番大きな問題なので、負担が軽くなる方向にいくのは嬉しい。ただ、内容がまだ分からず想像がつかない部分もあるので、今後の動きを注視したいですね」

松本さんは不妊治療をめぐる政治の動きについて、評価しつつも慎重な見方を示す。

2004年にFineを設立。当事者とつながって情報交換の場を設け、カウンセリングなどの支援を続ける中、「経済的に厳しくて続けられない」という人を数多くみてきた。しかもそういった声は、ここ数年増えてきているという。

背景には、治療の高額化がある。

NPO法人Fine作成のアンケート結果より
Fineが行ったアンケートでの顕微授精の1周期あたりの平均治療費の推移

Fineが行った「不妊治療と経済的負担に関するアンケート2018」によると、精子と卵子を受精させて子宮内に戻す「体外受精」と、顕微鏡下で精子を卵子に注入する「顕微授精」の1周期にかかる治療費は増加傾向。50万円以上かかると答えた人の割合は、体外受精では2010年の16%から2018年の43%に、顕微授精では32%から60%と、どちらも倍以上になっている。

人工授精、体外受精、顕微授精は保険適用外。このうち体外受精と顕微授精は「特定不妊治療」として国の助成対象になっているが、助成額は15万円だ。(最初の1回のみ30万円。女性の年齢により受けられる回数は異なる)夫婦合算で730万円の所得制限が設けられているため受けられない人も多い。

 

若い人ほど、経済的な理由で治療のステップアップを諦める

NPO法人Fine作成のアンケート結果より
Fineのアンケートで、経済的理由でステップアップを躊躇・断念などした経験があるかを尋ねた項目。年齢別で見ると、若い人ほど「経験がある」と答えている

不妊治療では、タイミング法や人工授精といった身体的負担や費用が少ない治療を経て、体外受精や顕微授精といった高度な治療に移ることが多い。しかし、若い人ほど、経済的な理由で治療のステップアップを諦める傾向があることが、アンケートで明らかになっている。

「経済的理由でステップアップを躊躇・延期・断念した経験がありますか?」との質問に、54%の人が「経験がある(今後すると思う)」と答えた。若い年代ほどその割合は高い傾向があり、35歳までは全ての年齢で「経験はない」という人を上回った。

松本さんは言う。

「年齢が上がるほど妊娠しづらくなるということが知られ、20代でも治療へのアンテナが高い人も増えました。でも、まだ収入の少ない方が多い20代の人にとって、50万円以上する体外受精、顕微授精をするというのは非常に厳しくて諦めてしまう。これはとてももったいないことです」 

「助成制度はありますが、治療が高額化していることは反映されていません。少子化も進む中、お金がないからと子どもを諦める社会でいいのでしょうか。もしも保険適用が検討されるのならば、ぜひしっかりと実態を掴む調査を行い、当事者の声を反映してほしいです」 

 Fineでは、助成金の制度見直しや薬や検査の保険適用を含む経済的負担軽減を求める署名を行っている。7月15日には、こうした内容に加え、不妊治療を行う医療機関のチェック体制確立や仕事との両立をしやすくするための働き方改革の推進などを盛った要望書を、自民党の「不妊治療への支援拡充を目指す議員連盟」に提出した。

NPO法人Fine提供
不妊治療への支援拡充を目指す議員連盟に要望書を提出するNPO法人Fine理事長の松本亜樹子さん(左から2人目)

 

「15年、当事者の悩みはびっくりするほど変わらない」

「不妊治療はマイノリティの話だと思われることもありますが、とても身近なこと。5.5組に1組というのも5年前の調査ですから、今はもっと増えているでしょう」

松本さんがそう指摘するように、不妊治療をめぐる動きが活発になってきた背景には、患者の増加も関係している。

国立社会保障・人口問題研究所による調査では、不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦は18.2%でおよそ5.5組に1組(2015年)。2005年の調査からおよそ5%増えた。

また、厚生労働省の資料によると、2017年には5万6617人が体外受精・顕微授精で生まれており、これは全出生児のおよそ17人に1人。こちらも増加を続けている。

不妊治療が少しずつ身近なものになる中、患者たちが抱く悩みはどう変化したのか。松本さんは言う。

「活動を始めて15年以上経ちますが、当事者の悩みというのはびっくりするほど変わりません」

松本さんによると、治療の悩みというのは、大きく分けて4つある。それは「身体」「心」「経済」「時間(両立)」だ。これはずっと変わらない。むしろ前述したように「経済」の負担は増している。同じく深刻化しているのは「時間(両立)」だ。共働き家庭が増加しているため、その分、仕事との両立に悩む人は増えているという。

 

女性の4人に1人が「不妊退職」

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厚労省の調査では、不妊治療を経験した女性のうち、4人に1人が両立できず仕事を辞めている

 

厚労省の調査では、不妊治療中、または過去に経験した人のうち、両立できず仕事を辞めた女性は23%。およそ4人に1人が仕事を辞めたことになる。

「Fineの試算では、不妊退職による経済的損失は1345億円ほど。これは大きな社会的損失です」と松本さんは指摘する。

治療を受ける際は、病院から受診のタイミングを指定されることが多く、仕事を急に調整しなければならなくなることもある。

「『仕事か不妊治療かどちらか選んで』などというハラスメントを受けて辞めた人もいます。また、治療のための退職は、もし子どもができなかった場合に本人の失うものが大きすぎます」

こうした当事者たちの状況を受け、厚労省は3月、企業向けに不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアルを公開。治療が広く広がっていることを数値で示しているほか、実態把握のためのアンケートの取り方や、治療のためにも使える休暇制度など、先進的に取り組む企業の事例を紹介している。

さらに、6月に施行された企業にパワハラ防止対策を義務付ける「女性活躍・ハラスメント規制法」でも、不妊治療について触れられている。こうした動きについて、松本さんは「不妊治療患者という存在を認めてもらっていると感じる」と評価。

「ただ、マニュアルができただけで企業が対策しなければ意味がありません。『うちの会社には治療を受けている人はいない』と言う人もいますが、5.5組に1組のカップルが何らかの不妊治療を経験している。いるという前提で考えて、対策をしてほしい」と、今後の広がりに期待する。

 

ステレオタイプが多くの人を苦しめる  

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様々な「家族」のあり方がある

 経済や仕事との両立について触れたが、身体のつらさも含め、こうした悩みは全て、患者たちの心を蝕む。パートナーや親、友人との関係、無理解から来る心ない言葉、子どもを持てていない自分への不全感…。それは時に、治療が続けられなくなるほどの負担を患者にもたらす。

「うつになってしまい、薬の兼ね合いで不妊治療を続けられなくなるケースもあります。時間との勝負という面もあるので、治療ができないということがさらに患者を追い詰める。そういう悪循環に陥ってしまう人は少なくありません」

少しずつ社会の理解が進んでいるかのように見えても、変わらない患者たちのつらさ。クリニックや行政による相談受け付けなど直接的な支援も必要とした上で、松本さんは訴える。

「教育を変え、人々の意識、社会の意識を変えていくことこそ重要です」

「子どもがいないと」「実子でないと」という価値観を、患者自身も社会も強く持っていればいるほど、妊娠・出産できないことが苦しくなる。周囲の人からの心ない発言にもつながる。

 

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「夫婦だけの家族がいたり、養子を迎える人がいたり、LGBTの人がいたり、パートナーを持たない人がいたり、人のあり方、家族のあり方は様々ですよね。でも今は日本ではまだ、異性同士で結婚した親がいて、血の繋がった子どもがいるのが家族、というステレオタイプがとても強いです」

「そうすると、不妊治療患者を含め、ステレオタイプな『家族』のイメージとは違った生き方をしている人はつらい思いをし続けることになります。すぐには変わらないでしょうが、最近の政治の動きや企業の動きに加え、子どもたちへの教育、大人たちも学んでいくことで、少しずつ変わっていくのではないでしょうか。みんな違ってみんないい、という社会になっていくことを望みます」