差別体験授業、日本でも行われていた。教室に流れる不穏な空気

教員向けの研修の一貫。参加者は「リボンなし」「リボンあり」に分けられ、小学4年生の児童という設定で授業を受けた。

平均年齢71.4歳、全員男性ーー。

総裁選を経て、9月15日に自民党の役員人事が決まった。総裁と幹事長、総務会長、政調会長、選対委員長の4役が記者会見したが、平均年齢が高いこと、全員男性であることは多くの人の目を引いた

男女格差の大きさを示すジェンダーギャップ指数(2019年発表)は、日本は世界153カ国のうち121位。それを体現したかのようだった。

そんな中、知ってほしい授業がある。日本でこの8月に行われた「差別体験授業」だ。

「リボンあり」と「リボンなし」

じゃんけんで勝った参加者は、赤いリボンを体の目立つところに結んだ
じゃんけんで勝った参加者は、赤いリボンを体の目立つところに結んだ
Nodoka Konishi / HuffPost Japan

「リボンありはもっと元気よく」

「リボンのあるお友だちの作品は1個100円、リボンのないお友だちのは1個50円」

埼玉県越谷市にある大袋小学校。子どもたちがいつもより短い夏休みに入った8月、越谷市教育委員会による教職員向けの「人権教育研修会」が開かれた。

講師は各校が決め、この日担当する川村学園女子大学教育学部教授の内海﨑貴子さんが行うのが「差別体験授業」だ。30人ほどの教職員らが参加した。

まず初めに、「これは、子どもの人権について考えるためのワークショップです」などと前置き。内海﨑さんが担任の教師、参加者は小学4年生役をすると説明し、「体験の間は、4年生ならこんなことを言うかな、と考えながら発言してみてください」と呼びかけて授業が始まった。

まずは参加者がペアになってジャンケンをする。勝った人は手首など目立つ所に赤いリボンを付けて教室の前方に、負けた人は後方に着席するよう指示を出された。

「クラス委員長を決めましょう。委員長はリーダーシップがある人じゃないとね。そういうのは、リボンのあるお友だちの仕事だと思う」

「リボンありはもっと元気よく返事をして」

「リボンなしはもっと可愛く」

内海﨑さんは、どんどん授業を進めていく。「リボンあり」「リボンなし」という言葉が目立つ。指摘される参加者はその有無を言わさない強い言葉に笑いつつ、その通りに動いていく。

次に、質問用紙が渡された。好きな色や教科、遊び、将来の夢を尋ねるものだ。

記入後、まずは「リボンあり」の参加者に好きな色を尋ねる。「青」という答えに「やっぱりリボンありは青だよね」、「ピンク」と答えると、「リボンありはピンクダメだよね。ピンクはリボンなしのお友だちの色ですよ。あなたは黒ね」

逆に「リボンなし」の参加者が「ピンク」と答えると「そうよね、リボンなしはピンクよね」

こうしたやりとりが何度も繰り返されるうちに、だんだん教室の中で参加者同士が耳打ちし合うようになる。例えば「リボンなし」は「青はダメって言われるよ、変えた方がいいんじゃない?」と指摘し合い回答を変えるのだ。そして内海﨑さんに指されると「ピンクです」と答え、褒められる。

そう。これは男女差別、性別による決めつけを体験する授業だ。

怒られない選択、褒められる選択の先回りがうまくなる

フェイスシールドを付けて授業をする内海﨑さんは、有無を言わさず「リボンあり」「リボンなし」のみで参加者を判断する
フェイスシールドを付けて授業をする内海﨑さんは、有無を言わさず「リボンあり」「リボンなし」のみで参加者を判断する
Nodoka Konishi / HuffPost Japan

同じことが、教科や将来の夢でも繰り返される。

「リボンあり」が「理科が好き」と言うと、「さすがリボンありだね」。逆に「リボンなし」の好きな教科が理科だと「ダメです。リボンなしのお友だちが頑張るのは国語・社会・音楽」と決めつける。

「リボンあり」は、稼げる仕事を将来の夢にしなければいけない。さらに、パイロットは良いが、キャビンアテンダントは「リボンなしの仕事」だからダメだ。

内海﨑さんは、「リボンあり」「リボンなし」という部分のみで参加者を判断し、「こうあるべき」をどんどん押し付けていく。そして参加者は怒られない選択、褒められる選択の先回りがうまくなる。

「変えたくない」と主張する参加者もいるがほんの一部で、しかも結局認めてはもらえない。書くべき答えは何人かのやりとりを聞けば分かる。いちいちみんなが「変えたくない」「だって自分はこうなんだ」と主張したところで認めてもらえないし、内海﨑さんに強く言われてもっと嫌な思いをするだろう。授業も進まなくなってしまう。そんな雰囲気だ。

一方で、参加者が嫌な気持ちを抱いていることも伝わってくる。これは単なる体験授業だと分かっていても、笑いながら自分の回答を直していても、こうあるべきと決め付けられるストレスは大きい。

「校長先生は偉いから仕方ありません」

「鶴は『リボンなし』が折っても大丈夫かな」などと話しながら折り紙をする参加者
「鶴は『リボンなし』が折っても大丈夫かな」などと話しながら折り紙をする参加者
Nodoka Konishi / HuffPost Japan

和やかさを保っていた雰囲気が変わったのは、折り紙で保育所に持っていく作品作りをした時だ。(これも、それぞれ“それっぽい色”を使わないと指摘される)

「リボンのあるお友だちの作品は1個100円、リボンのないお友だちのは1個50円で校長先生が買い取ってくれるそうです。よかったですね」

会場がしんとなり、不穏な空気が流れる。

「リボンなし」が手を挙げて質問する。「なんでリボンのない子は安いんですか?不公平だと思います」

「決まりです」。内海﨑さんはにべもなく答える。

「みんなで校長先生のところに行ってお願いする」「みんな1個75円にするのは?」。参加者も食い下がる。

「いいの?リボンありはもらえるお金が減っちゃうよ」。内海﨑さんの問いに、場の空気がいっそう硬くなる。

「リボンあり」がそっと手を上げ「いやです」と一言。

それを受けて内海﨑さんは「そうだよね。校長先生は偉いから仕方ありません」と話を終えた。

「極端にやっているが、事実に基づいている」

授業する内海﨑貴子さん
授業する内海﨑貴子さん
Nodoka Konishi /HuffPost Japan

ジェンダー平等教育が専門の内海﨑さんがこの「差別体験授業」を始めたのは2001年。川村学園女子大学や立教大学の教職課程で受け持つ学生たちに行っているほか、教育委員会や自治体が行う教職員向けの人権講座などでも実践している。

参加者にとって負担が大きいため、大学では時間をかけて学生との信頼関係ができてから実施。単発では児童生徒、学生向けには実施していない。

擬似体験することで差別について学ぶ授業としては、1968年にアメリカ・アイオワ州の小学校で行われたものが有名だ。白人の子どもたちだけが集まるクラスで、青い目を持つ子は優れ、茶色の目の子は劣っているとして学校生活を過ごさせた。この実験授業を記録した動画は、「Black Lives Matter」運動が広がった6月、日本でも話題になった

「もちろんこの授業は極端にやっています。しかしその内容は、事実に基づいたものです」

内海崎さんはそう強調する。

例えば、内閣府の男女共同参画白書(2019年度版)によると、大学の専攻分野で男女の偏りは大きく、特に理学・工学では特に女子が少ない。この理由について白書では国際的な学力調査の結果を元に女子の理系回避の原因は成績ではなく環境」と結論づけている。

また、厚労省による2018年の調査では、男女間の賃金格差は男性を100とした時に女性が73.3。いまだ差は大きいのが現状だ。

「慣れてしまうとおかしさに気付けない」

「体験」のパートが終わった後、参加者は感じたことを振り返った
「体験」のパートが終わった後、参加者は感じたことを振り返った
Nodoka Konishi / HuffPost Japan

大袋小学校での差別体験授業で、参加者は何を感じたのか。振り返りの時間には、様々な感想が出た。

「腹が立っちゃった」

「『こうした方がいい』っていうのが、自分の中で意識づけされてしまう」

「重いものを運ぶときに、男の子に手伝ってもらっていたけど、どうなんだろう」

「『◯年生なんだから』って子どもたちに言うことがあるけど、よくないのかな」

それぞれがこれまでの行動を振り返り、議論は性別以外の枠組みにも広がった。

内海﨑さんが参加者に話す。

「大切なのは、子どもたちひとりひとりの違いに目を向けること、性別に対する無意識のバイアスに気づくことです。慣習というのは恐ろしい面があります。慣れてしまうとおかしさに気付けない。自分が男らしく、女らしくという視点で物事を見ていないか意識してほしいと思います

さらに、性の多様性を尊重するという観点からもこうした考え方は重要であることや、褒める時でも属性に触れることは「こうあるべき」というメッセージになりかねないことなどを説明。授業のように極端でなくても不必要に性別で態度を変えている部分があるのではないかと問題提起し、授業を終えた。

性別による差別、決めつけは「見えにくくなった」

授業をする内海﨑貴子さん
授業をする内海﨑貴子さん
Nodoka Konishi / HuffPost Japan

長年「差別体験授業」を続ける内海﨑さんは、社会の変化も感じている。

「大学でこの授業をすると、以前はほとんど全員の学生が『男女差別の話だ』と気付きました。しかしここ数年は半数が気付かない。家庭や社会が変わりつつあるからでしょう」

ただ、それは差別がなくなった、性別による決めつけがなくなった、ということにはならない。「見えにくくなった」と内海﨑さんは指摘し、こう強調する。

「学校での学習内容に性別で差はない。けれど、例えば小学校で理科の実験をするときに男子が中心になり女子が補助的な役割を担うというようなことは今でも起こっています。そして結果的に、理系を選択する女性が少なかったり、男女間の賃金格差が生まれていたりする」

これは制度や法律を整えても、意識を変えなければ変わっていかない部分でしょう。差別体験授業が重要なのは、意識を変えるきっかけになるからだと思っています

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