メンズにも着やすい「ドレス」を。“自分らしさ”の選択肢を届けるファッションブランド『MIKAGE SHIN』の挑戦

「それ、自分も着てもいいんだ!」という空気感や社会を作っていくことが目標だとデザイナー兼CEOの進美影さんは話す。
『MIKAGE SHIN』デザイナー兼CEOの進美影さん
『MIKAGE SHIN』デザイナー兼CEOの進美影さん
『MIKAGE SHIN』提供

「ジェンダーレス・エイジレス・ボーダレス」を掲げ、独創的なデザインで今注目を集めるファッションブランドがある。2019年に立ち上がった『MIKAGE SHIN』だ。

SDGsへの関心が高まる今、サステナブルな新素材を積極的に取り入れ、製造者とのフェアなトレードにも配慮するなどし、ブランドとしての認知を広げる。

デザイナーは進美影さん。自身のSNSではファッションに関することに限らず、人種差別や人権侵害の問題に反対する意思も発信している。

単身で米・ニューヨークに渡りファッションを学んだのち、デザイナーとしての道を歩み始めた彼女。実は元々、日本の広告代理店に務める1人の会社員だった。彼女をファッションの道に導いたきっかけやファッションと切り離せない環境問題やSDGs、労働・人権に関する考え方についても聞いた。

1人の会社員からデザイナーに。なぜ?

ファッションとは無縁の仕事をしていた会社員がファッションデザイナーを目指すという選択や決断は簡単に出来るものではないだろう。一体何が彼女を突き動かしたのか。きっかけをこのように話す。

元々ファッションがすごく好きで、ファッション業界に関わりたいという願望が絶えずありました。でも、「本当に一握りの人しか成功しない」というイメージ強く、踏み切ることが出来ませんでした。

私の場合は中学・高校と進学校に通わせてもらい、猛勉強して大学まで行かせてもらえたので、それら全てを投げ打ってファッションやアートの道に進むという選択肢が当時は全くなく、就職活動の末に広告業の会社で勤めることになりました。

ただ、会社員として働いていたある時、ふと立ち止まるタイミングがあり、「自分は人生で、本質的に何を残せるのだろう」と考え始めました。

日々、優秀な先輩方や同期・後輩らと仕事をする中で、「この仕事に1番向いている人は私ではない。私よりももっと向いている方々が大勢いる中で、自分がやることで本質的に誰が嬉しいのだろう」と思うようになって。

一方で、ファッションに関してだけは、「こういう服があったらいいな」と絶えずデザインを考えたり、ブランドに関するアイデアがどんどん浮かんだりすることが多かったんです。そして、それらが幸いにもまだ世の中に無かった。自分にしか生み出せないものに本気で挑戦したくなって、徐々に決意を固めていきました。

自分にしかできないことは何か。突き詰めた先にあったのが、ファッションだった。

モデルと話をする進さん
モデルと話をする進さん
『MIKAGE SHIN』提供

「多様性」は自然とコンセプトになった

自身が立ち上げた『MIKAGE SHIN』は「性別、年齢、国籍に囚われることなく、ジェンダーレスで構築的なデザインを提案する」とコンセプトを掲げ、多様性を大切にしている。

そのような考えに行き着いた理由は、彼女のバックグラウンドが大きく関係していた。

母が外国籍であったり、両親が2回離婚していて家庭の事情で転校が多かったりと、そのような環境で過ごしてきた経験というものがベースにあると思います。

「『男性・女性はこう生きるべき』などと決めつけず、国籍や性別に関係なく世の中には色んな人がいて、環境が変わればその場所ごとに色んな生き方や社会が広がっているんだ」と幼いながら漠然と考えていました。その価値観は、今もずっと根底にあります。

あとは、高校時代の部活動の影響もあると思います。色々な社会や世界について知りたいと思い、高校で「政治経済クラブ」という部活動をクラスメイトと作ったんです。模擬選挙や裁判の傍聴、政治家の方にインタビューを行ったりしていました。

兼部で所属していた英語部で他国の学生と交流が出来る討論会に参加したりもしました。当時から多様な人間や社会に対する興味や、それを理解したいという気持ちがあったんです。

『MIKAGE SHIN』の2021 A/W Collectionより
『MIKAGE SHIN』の2021 A/W Collectionより
『MIKAGE SHIN』提供

レディース向けに作っていたら...アメリカでの印象的な体験

ブランドを立ち上げる前には単身アメリカに渡り、ニューヨークのパーソンズ美術大学でファッションを学んだ彼女。その時のある経験がとても印象的だったと語る。

入学して最初の学期末に、人生で初めて作ったコートを発表したんです。自分としてはレディースとして作っていたものでした。それにも関わらず、意外にも男性の学生が「着たい!」「欲しい!」と言ってくれて。

今振り返ると疑問に思う発言ではありますが、それまでは「女性にメンズは作れない」と乱暴に言われたり、「どちらかに集中しないと、結局中途半端になる」とアドバイスを受けたことがあったりし...。自分自身も、まずは女性向けの作品を作ることに集中しなければと当時は思っていました。

ところが、予想外の反応を頂くことが増えていく中で、「着たいと言ってくれる方がいるなら、それが全てじゃないか」となんだか吹っ切れたんです。

『MIKAGE SHIN』では、レディースの他に、「ジェンダーレス」と銘打ったラインも展開している。「ジェンダーレス」のラインでは、ドレスやスカートなどをウィメンズ、メンズ両方のサイズを取り揃えて展開している。

そもそも、元々自分はメンズの服が好きで、可愛いと思うのはメンズのブランドばかり。そればかりを着ていました。「皆が好きな服を着られればそれでいい」と思うようになって、今もその気持ちのもとで提案を続けています。

ファッションブランドが人の人生に対して出来ることは、極わずかだと思います。それでも、人の気持ちが高揚したり、自信が持てるようになったり、幸せになったりするという感動はファッションにしか作れない魔法だと、デザイナーの1人として信じています。

自分が作った服を着ることで幸せを感じてもらいたいという気持ちと同時に、「それ自分も着てもいいんだ!」というある種の“空気感”や場所を作ることも重要だと思うんです。着ていく場所や機会があってこその服だと思うので。

『MIKAGE SHIN』のHorse Dressは、ジェンダーレスに着用することができるようにデザインされている
『MIKAGE SHIN』のHorse Dressは、ジェンダーレスに着用することができるようにデザインされている
『MIKAGE SHIN』提供

ファッションデザイナーから見る「SDGs」という目標

サステナブルなプロダクト作りを大切にしている『MIKAGE SHIN』。4月上旬にはジュートと呼ばれる麻の素材を用いた環境に優しいエコバッグを販売すると、たちまち売り切れ再販となった。

日本でも企業などを中心に取り組みが増えているSDGs。ファッションデザイナーの立場からしても「発展途上の自己課題」と重要視し、このように受け止めている。

誰の立場から見るかによって、まだまだ解釈が揺らいでいるものではないかと感じています。また、矛盾も多いと思います。

例えばファッションで言えば、たとえオーガニック製品を使っていたとしても、実はオーガニックと本当の意味で名乗ることの出来る製品は少なく、プロセスで廃棄されてしまうものが多かったり、大量の水資源を浪費していたり、労働に対して適切な賃金を支払っていなかったりと様々な問題が十分に起こり得ます。

SDGsへの取り組みを進める上では、短期的に結果を求めず、長期的にトライ&エラーを繰り返して継続することが大切だと考えています。

360度、どこから見ても100%サステナブルなブランドというものを実現するのは、非常に困難かもしれませんが、やれることからやっていくことが大事。「0100か」で考えなくても、10でも20でもやっている方が0よりは良いというのは明白なので、少しずつでも確実に前進はするので、継続的に努力していきたいです。

例えば素材の面で言えば、弊社では、環境負荷の高いポリエステル製の合皮レザーではなく和紙から作られたヴィーガンレザーにシフトしたり、ニットに使うウール糸は南アフリカで羊養の段階から労働環境や環境負荷等のトレーサビリティに配慮した会社のものを部分的に使用したりしています。

デザイン上の都合や製造コストで言えば、もちろん既存の素材の方がよっぽど簡単ですし、純粋なデザインの面では「合皮はかっこいいな」と思う事も勿論ありますが、最初は無理をしてでも環境配慮型の素材を使っていかないと、需要が無いと思われてしまって浸透しません。

継続的に使用することで、生産者側にも需要や市場があると思ってもらうことが重要だと考えています。

SDGsに真摯に取り組む一方で、ファッションブランドとして譲れない信念があると進さんは話す。

ブランドを維持する上で忘れたくないのは、製品がエコかどうかに関係なく、デザインとして純粋に欲しいと思えるものか、純粋に格好いいと思えるものか問い続けることです。

「エコな素材を使っているからいい」ということではなく、 “ファッションブランド”と名乗る以上は、ファッションへのリスペクトと責任を込めて、しっかりと格好いいデザインを作っていきたいという思いがあります。結局のところ、可愛くないと買ってもらえたり、長く使ってもらえたりしないですし、長期的に定着はしないと思うので。

SDGsを一時的なブームで終わらせず、将来的にはブランドの全てのプロダクトが環境に配慮したものにできることを目指していきます。

服作りの裏側で問題視される“強制労働”への本音

ファッション業界の課題は環境問題だけにとどまらない。生産過程における強制労働など、人権に関わる問題も問題視されている。

例えば、2021年4月、ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が記者会見で「新疆ウイグル自治区から調達した綿花を使用しているか」と問われ、ノーコメントを貫く場面があり、その姿勢が物議を醸した。

ブランドのCEOも務める立場として、このような問題をどう見ているのか。

ファッション業界がというよりも全ての産業に関係する問題で、どの業界でも起こり得るのではないかと思います。

政治が絡む問題については、その国や地域のそれぞれの立場から見た利害の違いなどもあると思うので、以前は外側にいる人間が口出しするのは違うかもしれないと思っていました。

もそれが、思想の自由や多様性が尊重される社会を獲得したいがゆえの争いなのか、人権侵害のように、どこの誰であっても許されない人間としての尊厳の剥奪なのか。それを思慮深く見極め、毅然とした態度をとっていく事が重要だと今は感じています。

ファッション業界の場合はステークホルダーが非常に多く、例えば第1段階、第2段階の生産者や製造者までは倫理的に問題なく活動している会社であっても、さらにその先の取引先や委託会社が労働搾取に加担するという事は現実的に考えても容易に起こり得るリスクです。

川上から川下まで、全ての過程で透明性を担保しながら企業としてのビジョンを保つことは、規模が大きい会社ほど難しいでしょう。ですが、だからと言ってファッションという文化や人の生き方を作る側の私たちが人権について考えることやそれを守る責任を放棄してはならないし、決して差別に加担することがあってはならないのです。

そのような思いもあり、社会問題や環境問題についても自分の意見を発信するようにしています。

もちろん、デザイナーの1人として思うこともある。

毎回、自分の人生や命を削ってコレクションを製作しているという自負があります。だからこそ、自分自身や自分の会社の不道理な過ちで作品たちを邪魔したくないという強い思いがあります。圧倒的に“作品ファースト”です。

そして何より、私の作った服を着てくださる方々に後ろめたい思いをさせたり、恥をかかせたりしたくない。人間として考えた時に明らかに間違っているという行いは、大好きなファッションに背反する行為なのでしたくないです。

過ちを犯す危険性は今や誰にでも、どの企業にもあると思います。人権問題について無知だとか、何も語らないというだけでも、それは思っている以上に差別や問題を助長するのではと感じます。

私自身も倫理的な課題について聞かれる事が非常に増えてきた為、緊張感やプレッシャーが以前よりも遥かに重くのしかかっています。ただ、そこに鈍感になることはマイノリティの方の声や人権を潰すことになる為、その重圧とは真摯に向き合うべきだと感じています。

究極的には、「デザイナーだから、ファッションブランドだから、企業だから」というより、国際社会に生きる1人の人間として、全ての人々が一生向き合っていかなくてはならない問題だと捉えています。

大切にする基準は「それを着た人が幸せになるかどうか」

製作において最も大切にしているのは、「それを着た人が幸せになるかどうか」と語る進さん。現在発表している服のラインナップのほとんどは、決して安価なものではない。しかしそこには、確固たる芯とこだわりがある。

正直、デザイナーズブランドやハイブランドの服というのは、人間が生きて行く上では機能上全く必要のないものです。

シンプルで、より安価の大量生産の服が数着あれば構わないはず。でもだからこそ、服が溢れかえっているこの時代に「必要のないもの」をあえて作っている自分は人や世の中に何を提供できるのか、そこに責任と使命感を感じながら作っています。

ブランドとして、今後も本当の意味でカッコよくありたい。そのことを踏まえて、可愛い、そしてカッコいいと思えるデザインを提供したいと思っています。

デザイナーとしての目標は、ブランドを立ち上げてからも変わらず「人の自信や幸せを、ファッションを通じて作っていくこと」だと話す進さん。最後に今後への思いを聞いた。

より、その人らしく生きていけること。私の作品との出会いがその刺激になれたり、自信や勇気を与える事が出来れば本望です。

そして、誰もがただ自分のために自由なファッションや自己表現ができるための環境や、空気感、そしてカルチャーをゆっくりと醸成することも、デザイナーとしてのこれからの自分の使命だと感じています。生涯をかけて、それらを少しでも残していけたら嬉しいです。

(文・取材/小笠原 遥

注目記事