TOKYO 2020
2021年08月10日 09時34分 JST | 更新 2021年08月10日 09時57分 JST

『勝つことが一番』の日本「スケボーから変える」。堀米雄斗のコーチが問う、勝利だけでは得られないもの

東京オリンピック新競技のスケートボード。選手たちの姿勢が、スポーツマンシップとは何かを教えてくれる。

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お互いを讃えあう堀米雄斗選手(右)ら

「僕ら実際、順位とかこだわらないんで。いい技が出せればそれで満足なんですよ」

スケートボード男子ストリートでこの種目初代の金メダリストになった堀米雄斗のコーチ、早川大輔さんから聞いた話だ。

大会で高難易度の技に失敗した選手に対し、観客や他の選手までもが「カモン!」と声をかける。「もう一度やって見せて」と再びのトライをリクエストするという。

このスケートボードの文化は、8月8日に閉幕した東京オリンピックでも垣間見えた。 

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堀米雄斗選手

スポーツマンシップを垣間みた瞬間

2人の10代が表彰台に上ったパーク女子。

金メダルの本命とみられていた世界ランキング1位の岡本碧優は最終滑走で空中で1回転半する大技「540」(ファイブフォーティ)を成功させたものの、最後の技で着地に失敗。涙をためてうなだれていると、他国のライバル選手たちが次々と駆け寄り、肩を叩くなどして慰める場面があった。

選手たちは、岡本のパフォーマンスと難しい技に挑んだスピリッツを称えていた。これぞスポーツマンシップと言いたくなる風景だった。

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岡本碧優選手を担いで労うほかの選手たち

その後、よく似た場面に遭遇する。

女子ゴルフで世界ランキング28位の稲見萌寧と、同11位のリディア・コ(ニュージーランド)は、銀メダルをかけたプレーオフへ。少し距離のあるバーディーパットが決まれば、稲見の銀が決まる場面だった。

稲見の打ったボールがカップへ向かうと、コはまるで「入れ」というように手を揺らし応援した。パットが外れると、悔しがるような表情まで見せたのだ。結局、その後にコがパーパットを外し、稲見の銀、自身の銅が決まった。コはこの時のみならず、普段のツアーでも一緒に回る選手に「ナイスショット!」と拍手を送る。同じ組の選手に対し、そうそうできないふるまいだ。

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お互いを労うゴルフの稲見萌寧とリディア・コ

このようなスポーツマンシップあふれる行動をする選手は、楽しみながら互いに最高のパフォーマンスを追求する空気感を大切にする。勝ち負けだけではないところに価値を見出している。

今年4月に行われたゴルフのマスターズでも、初優勝を飾った松山英樹と最終日の3日目を一緒に回ったザンダー・シャウフェレ(アメリカ)は、ジョークでその組の雰囲気を和ませた。コが稲見にしたのと同様、「グッドショット!」と松山に声をかけていた。ゴルフは同伴者に恵まれることで良いパフォーマンスを出せることもある。

勝利だけを狙うなら、自分のプレーに集中すればいいだろう。けれど、世界レベルの選手ほど「勝ち以外の価値」を追求するのだ。

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マスターズで同じ組を回る松山英樹とザンダー・シャウフェレ

「勝つことが一番」の日本

一方で、日本のスポーツは「勝つことが一番の価値」とすることで、発展してきた。

スポーツは、気晴らしや遊び、楽しむといった意味を持つラテン語の「deportare」が語源と言われているが、その意味合いから外れて勝負事や勝ち負けが重視されてきた。プロやトップアスリートのみならず、小中高校生のカテゴリーでも、その傾向が強い。

その背景にあるのが、トーナメント方式の全国大会だ。小学生年代からあらゆる競技で、全国一を決める大会が頻繁にひらかれているのは、日本特有の光景だ。

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アメリカの高校バスケでは、各州内の地区でリーグ戦をして、各リーグの代表チームがトーナメントで対戦する形式をとっている。チャンピオンも州ごとに決めるだけだ。

一発勝負のトーナメント方式では、負けたら終わりのため、その試合に勝つことが最も重視される。リーグ戦であれば、より長期的な視点で、勝利だけでないチームや個人の成長や経験などを意識することができる。

また、アイスホッケーでは、レベルに応じてリーグ分けがされており、実力の近いもの同士が競い合うことで、より成長を促すことも期待できる。

日本の高校野球を見ると、テレビ局や新聞社が主催、後援し、情報発信されることもあって、保護者や指導者、学校が一丸となって勝利や日本一を目指す。総じて幼少期から「スポーツは勝つためにやるもの」という価値観が刷り込まれてしまいがちだ。

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「スケボーから五輪カルチャー変える」

冒頭で、順位にこだわらないスケートボードの世界を教えてくれた早川さんは、日本の選手が国を背負い、「勝たないと競技が文化として根付かない」と勝利によって競技を普及する役割を求められることに、違和感があるという。

オリンピックという枠組みに組み込まれたことで、「(他競技と)同じように、勝たなくては意味がないという価値観にならないとは限りません。そうなったら、スケボーがスケボーではなくなってしまうんです」

堀米の優勝後、筆者の取材に対応した際、こう話した。

「東京オリンピックで初めて採用されたスケートボードですが、僕らにとってはとにかく楽しむことが重要なんです。僕らのそういうスタイルをみて、逆にオリンピックが変わってほしい。スケボーからオリンピックのカルチャーを変えてやる。そのくらいの気持ちでやっています」

そのスピリットがあるから「今回(日本代表チームの)コーチを引き受けた」と言う。「選手は楽しいからやっている。僕らもそれを見ているのが楽しいから一緒にやる。指導してるなんて書かないでくださいね。一応コーチの肩書ですが、スケボーにはコーチはいないので」

指導じゃない。ただ、選手に寄り添って、そこにいる。早川さんが強調した、選手との関係性こそが「楽しみながら最高のパフォーマンスを追求する」スケートボード界の礎だろう。

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堀米雄斗選手

「敵」じゃなくて「相手」

スポーツ原論において、スポーツは「Good Gameを目指して自らプレーする身体活動」と広義されている。スケートボードの楽しみながら追求する姿勢は、スポーツマンシップに通ずるものだ。

そう考えると、「スポーツマンシップは日本に根付いているのか?」という疑問が頭をもたげる。例えば、ある競技の日本戦で、解説者が「敵」を連発。SNS上で問題視されていた。

「どうして、敵という言葉を使うんだ?うちのクラブでは、子どもが誰かが『敵』と言ったら、『敵じゃなくて相手だろ』と注意する」 

「スポーツマンシップを知らないのか」

この対戦相手を「敵」と呼ぶ習慣は、テレビのアナウンサーなどにも残っているようだ。実は筆者がスポーツ紙の記者だった1990年前半、デスクから「原稿のなかで、“敵”と表現しないように。スポーツは戦争ではないから。相手とか、相手チーム、相手選手、と書くように」と口酸っぱく言われたことを覚えている。

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それなのに、フェアプレーやスポーツのインテグリティ(高潔さ、品位)が叫ばれるいまの時代に、この習慣が残存している。無論、解説者やアナウンサーの個人的な瑕疵(かし)ではない。小さいころから、そのように呼ぶことが習慣で、選手、指導者と道のりを経ても変わっていないことの表れだ。

日本スポーツマンシップ協会副会長で岐阜協立大学経営学部教授の高橋正紀さんも「解説者たちが悪いわけじゃない。日本のスポーツの空気感にまだまだ勝利至上主義が色濃いことの象徴でしょう」と話す。

高橋さんによると、90年代のサッカーの教本には、英語で言うところの「オポーネント」が、「相手」ではなく「敵」と翻訳されていたという。ただし、現在は日本スポーツ協会の公認指導者ライセンス取得の際は、「敵ではなく相手」と伝えられているそうだ。

「その勝利至上主義が色濃い日本で行われたオリンピックで、スケートボードやサーフィン、BMXフリースタイルといった新種目の競技で、スポーツマンシップの本質を感じられるシーンが多かったのは収穫だと思います。見ていると、彼らはメダルを取れなかったらどうしよう?とは考えていないことがテレビ画面からも伝わってきます。競技そのものを楽しんでいるし、何より悲壮感がない」

この新しい価値観が、五輪種目になって失われるのではないかという危惧も確かにある。ただ、それを守ろうと決意している早川さんのような関係者がいることは心強い。

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BMXフリースタイル、男子パーク決勝

「感動の燃焼」で終わらせないために

このコロナ禍で、五輪を見ること、語ること、感動することに罪悪感を抱いた人は少なくなかっただろう。筆者の知人には、根っからのスポーツファンなのに一切テレビ中継を見なかったという人たちもいた。五輪バイアスに苦しんだ人は少なくないのだ。

その一方で、難しい時間のなかで語り尽くせない熱量で準備してきた選手たちの頑張りや、挑戦は私たちの魂を揺さぶった。完全燃焼してくれた。

だが、そのことを感動の五輪などという簡単な言葉でくくりたくはない。多くのリスクを払って開催した東京2020から私たちが何を学ぶか。それは各競技団体がどうリフレクション(内省、反映)するかにもかかっている。これから何を変えるか。開催した意義を語るのであれば、「メダルラッシュ後」の行動が肝要だろう。

「感動の燃焼」で終わらせてはいけない。

(取材・文:島沢優子 / 編集・濵田理央

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東京オリンピック閉会式