なぜ、猛暑のニュースで地球温暖化に言及しないのか?テレビで天気情報を伝えていた気象予報士が考察

SNS上で「日本のメディアは、猛暑についての解説でも、頑なに温暖化について触れようとしない」という疑問の声があがっています。その理由を、東京キー局に出演経験のある気象予報士が考察します。

今年も日本を猛暑が襲っています。日本だけでなく世界中で暑さが厳しく、グテーレス国連事務総長は「地球沸騰化の時代が来た」と警告しました。

そんな尋常ではない暑さの中、SNS上では「日本のメディアは、猛暑についての解説でも、頑なに温暖化について触れようとしない」などの意見が出ています。

なぜ猛暑のニュースで地球温暖化に触れないのか、テレビに出演していた気象予報士の立場から、考えていきます。

天気コーナーは誰が作る?

天気コーナーで伝えられる内容は、気象予報士の一存で決まると思われがちですが、放送制作はチームプレイです。放送する内容を事前にプロデューサーやデスク、ディレクター、他の出演者と話し合います。気象予報士の多くが契約キャスターで、立場はあまり強くありません。個人的な感覚ですが、地方局や自分のコーナー尺が短いほど自由にできます。一方、東京キー局や長い尺の場合、色々な人と調整が必要です。

天気コーナーの制作に携わる人々
天気コーナーの制作に携わる人々
Yuriko CHIKUSA

気象予報士が局から期待されている役割

現状、テレビ局やラジオ局にいる気象予報士はあくまで「天気予報」や「防災」の情報発信を担うことを期待されていると思います。地球温暖化を伝えてほしいという番組側や上層部からの直接的・継続的な要求を、少なくとも私は聞いたことがありません。

私自身は、自分のコーナーで伝えたいという思いをいつも持っていました。しかし、天気コーナーの尺は限られており、多くの人が気になる明日の天気を伝える時間を削ってまで伝えることか?という葛藤がありました。

また、ワンマンプレイで温暖化との関連を伝えた場合に視聴率が落ちるなどすれば、自分に対する叱責があり出演が危うくなるのでは?という心配もありました。日々の業務にも忙殺され、温暖化との関係を放送する交渉を進めることもできませんでした。

東京キー局に出演していた時代の筆者
東京キー局に出演していた時代の筆者
Yuriko CHIKUSA

専門に忠実であろうとする気象予報士

テレビ局やラジオ局で働く気象予報士は、自分の専門である“気象”に科学的に忠実な印象があります。気象予報士は日々気象を予測しているので「気象」の専門家ではありますが、厳密には「気候」の専門家ではないのです。

「気象」と「気候」の予測は、計算方法は似ていますが、結果の見方が異なります。「気候予測」は、ある程度長期間(数年~数十年)の平均値を予測しますが、「気象予測」は、ピンポイントである1日の降水量や気温を予測します。

気候と気象の違い
気候と気象の違い
Yuriko CHIKUSA

猛暑の要因は温暖化だけではない

そもそも猛暑には様々な要因があります。よく気象的要因で説明されるのは「チベット高気圧と太平洋高気圧が重なって」「フェーン現象で」などです。

それに加えて「ヒートアイランド現象」そして「地球温暖化」があります。猛暑とはそのように複数の要因によって起こっているということを、気象予報士は一通り理解しています。

そして、この中で気象予報士が専門といえるのは、「高気圧」や「フェーン現象」といった気象要素です。

チベット高気圧と太平洋高気圧が重なった気圧配置のイメージ
チベット高気圧と太平洋高気圧が重なった気圧配置のイメージ
Yuriko CHIKUSA

今年の猛暑に対して、地球温暖化がどれくらい影響しているのか?科学的に厳密に言うためには、“気候”専門家の解析が必要です。近年は解析の時間を短くする研究も進められているものの、それでもまだ時間がかかります。

もし「今すぐに」伝えたいのであれば、先行研究を読み一般論として伝えることになります。多くの研究が、人為的な要因による温暖化の影響で、陸域での猛暑が頻発するようになったと結論づけています(たとえば*1, *2, *3)。人為起源の地球温暖化が、2013年や2022年の日本の猛暑の発生確率を高めたという研究もあります(*4, *5)。

過去の研究をみると、地球温暖化は猛暑に影響していると考えるのが自然なのですが、勉強する時間がなく、浅い知識で発言することはできないと思っている気象予報士の方が多いのかもしれません。また、短い尺で正確に全てを説明しきることも難しく、放送で扱うことを諦めている場合もあります。

温暖化を報道するためには?

ここまでは「気象予報士が天気コーナーで温暖化に触れづらい理由」という、後ろ向きな実情を中心に話してきましたが、天気コーナー以外のニュースでも同じことが言えると思います。

ニュースはこれまでと同じような論調や作り方を繰り返すことが多く(私はこれを以前「前例踏襲型の、定型文の報道文化」と表現しました)、地球温暖化に触れようとするならば、デスクやプロデューサーとの調整が必要でしょう。

その工程を踏んでまで地球温暖化を報道しようという人は、残念ながら、そう多くないように感じます。そもそもニュースは尺の奪い合いという点や、他にもさまざまなハードルがあります。

強い日差しの中、日傘を差して銀座を歩く人たち。東京都心(千代田区)では35.3度の猛暑日となった=7月16日午後、東京都中央区
強い日差しの中、日傘を差して銀座を歩く人たち。東京都心(千代田区)では35.3度の猛暑日となった=7月16日午後、東京都中央区
時事通信

しかし、街中で皆さんの会話を聞いていると「昔はこんなに暑くなかったよね。温暖化だよね」という声が聞こえてきます。このような素朴な感想に対して、科学的な説明をしていくのも、報道機関の役割ではないでしょうか。

マスコミ内での意識醸成やチーム編成の見直しも必要ですが、組織改革には時間がかかります。「温暖化についてもっと触れるように」という指示がトップから現場に下るような流れを作ることも必要ではないかと思います。

一般の方でもサポートできる事はあると思います。それは推し活に似ていて、お客様センターへのメールも一案です。テレビ局の人々はお客様センターへのメールをしっかり見ている印象があります。

視聴率ではない別の指標で評価を

気候変動の番組作りに努力する民放職員は以前とあるシンポジウムで「視聴率のとれるモデルをつくらないと」と語っていました。

気候変動や温暖化は視聴率がとれないというのは、私も現場で聞いたことがあります。統計をとっていないので、本当かどうかはわかりません。しかし新聞社でも気候変動の記事はなかなか広がらないという悩みを抱いている記者もいるようです。

これに対して私が思うこととしては、現行のビジネスモデル(視聴率)の中で戦おうとしているから限界があるのだと思います。たとえば放送時間中に占める気候変動問題に触れた分数やコーナー数をカウントして発表するなど、社会貢献的な視点に立った独自のサステナビリティ指標を設定し、社会に与えるインパクトを株主や広告主、視聴者の評価軸にしてもらう仕組みづくりが必要ではないでしょうか。

<参考文献>
(*1) Jones, G. S., P. A. Stott, and N. Christidis, 2008: Human contribution to rapidly increasing frequency of very warm Northern Hemisphere summers. J. Geophys. Res., 113, D02109, doi:10.1029/2007JD008914.

(*2) Christidis, N., and P. A. Stott, 2014: Change in the odds of warm years and seasons due to anthropogenic influence on the climate. J. Climate, 27, 2607–2621, doi:10.1175/JCLI-D-13-00563.1.

(*3) Shiogama, and Coauthors, 2016: Attributing historical changes in probabilities of record-breaking daily temperature and precipitation extreme events. SOLA, 12, 225–231, doi:10.2151/sola.2016-045.

(*4) Imada, Y., H. Shiogama, M. Watanabe, M. Mori, M. Kimoto, M. Ishii, 2014: The Contribution of anthropogenic forcing to the Japanese heat waves of 2013. Bull. Amer. Meteor. Soc., 95, S52-S54.

(*5)文部科学省,気象庁気象研究所(20221年9月6日)令和 4 年 6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温に地球温暖化が与えた影響に関する研究に取り組んでいます。―イベント・アトリビューションによる速報― https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_01104.html

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