心理的安全性の高さはなぜ必要か。「マイノリティ」の新入社員が、働く上で感じていること

目指す社会を、ともにつくる。苦しくても、心の蓋を開けられたから

知的障害のあるアーティストたちと契約を結び、著作権管理のIP(知的財産)ビジネスを手掛ける福祉実験カンパニー「ヘラルボニー」が、より人にフォーカスした事業を担う「ウェルフェアチーム」を立ち上げた。

チームメンバーは2人。5月に入社した菊永ふみさんは、一般社団法人「異言語Lab.」の代表で、生まれつき耳が聞こえない。6月に入社した神紀子さんは、世界一周を経てソーシャルビジネスを志した。

全く違うキャリアを重ねて出会った2人が、スタートアップ企業で目指すものは?

菊永ふみさん(右)と神紀子さん
photo by Naoko Kawamura
菊永ふみさん(右)と神紀子さん

──ウェルフェアチームでは、どんなことをしているのでしょうか。

神さん主に就労支援継続B型事業所(※)の開設に向けた準備と、企業向けの研修事業を開発しています。企業研修では(菊永)ふみさんのつくるコンテンツを使ったワークショップをスタートしています。

菊永さん)参加者の一部に、視野を狭くするメガネや耳栓などをつけてもらい、「聞こえにくい」「見えにくい」役をつくり、マイノリティとマジョリティが協力してミッションをクリアするゲームをつくっています。自分にとっての当たり前が他人のそれとは違うこと、価値観を押し付けず認め合ってプロジェクトを成功させるのに必要なことや喜びを体感してもらうワークショップです。

代表をつとめる「異言語Lab.」は、ろう・難聴者の仲間たちと立ち上げた社団法人で、手話という視覚言語を使う「聞こえない」人たちと、音声言語を使う「聞こえる」人たちが、体験型エンターテインメントを通して「異なる」を楽しみながら通じ合い、同じ目標に向かう場をつくってきました。

「異言語Lab.」が手掛ける「異言語脱出ゲーム」のワンシーン。参加者が手話で話しかけ、ろう者のキャストが手話で答えたのを理解しないと謎が解けない
「異言語Lab.」提供
「異言語Lab.」が手掛ける「異言語脱出ゲーム」のワンシーン。参加者が手話で話しかけ、ろう者のキャストが手話で答えたのを理解しないと謎が解けない

※就労継続支援B型事業所...障害者総合支援法における就労系障害福祉サービスのうち、一般企業に雇用されることや雇用契約に基づく就労が困難な人に対して、就労機会の提供及び生産活動機会の提供を行う事業所

──お互いにどんなふうにコミュニケーションをとっていますか?

神さん)文字起こしアプリや筆談、簡単な手話です。2人で一番最初に「こんなことをやりたいね」と夢を話し合いました。

──どんなことですか?

神さん)私は子どもたちの教育に関わっていきたくて、いつかは、障害のあるなしに関わらず、それぞれの違いや文化を尊重しながら混ざり合う学校をつくりたい。いま考えている就労継続支援B型事業所は、障害のある人が働く場所に子どもたちが気軽に来て、一緒に遊べるようなカフェです。障害のある人と共に過ごすことが自然な環境で育てば、偏見や怖れは生まれない。例えば電車の中で、障害のある人が大きな声を出していたときに、ちょっと怖いな、と避けてしまうのは、知らないから。そういう特性なんだ、と身近に知ることが大切だと思っています。

手話を交えて菊永さん(右)と話す神さん
photo by Naoko Kawamura
手話を交えて菊永さん(右)と話す神さん

障害のある子どもたちが希望を持てる社会に

菊永さん)私は、障害のある人がリーダーになれる、やりたいことにフェアに向かっていける環境設計を考えていきたい。

障害があると、健常者と同じスタートラインに立つまでにたくさんのハードルがあります。学びたい気持ちがあって、いろんな人や世界と繋がって成長したい、と思っても、アクセスするハードルが高くて難しい。

私の周りでは、ろう者や難聴者の多くが、ろう・難聴者のコミュニティの中で先輩から仕事を含めた生き方を学びます。そこでは安心して、自分たちの言語で、自分なりのやり方で働き、自己肯定感を高めていくことができる。

でも、例えば「医師になりたい」「パイロットになりたい」とキャリアを描いたときには、ろう・難聴者の世界と聴者の世界の両方を行き来する必要がある、と私は考えています。そうしたときに十分に能力を発揮するには、自分たちのやり方で仕事を進めていける環境がなければいけません。

障害のある大人たちが、いろんな場所でウェルビーイングに働いている姿を見ることで、障害のある子どもたちは、将来はこういうことができるんだ、と希望を持てるはずです。

菊永さん(右)
photo by Naoko Kawamura
菊永さん(右)

マイノリティへの無意識の圧力

──菊永さんは入社して、困難を感じましたか?

菊永さん)入りたての頃は、すごく悔しかった。何か問題が起きたとき、他の人は電話1本で解決できても、私は連絡手段を考えることから始めなきゃいけない。スピード感が全然違う。雑談で何を話しているのか分からなかったり、仕事のやりとりが抜け落ちたり、些細なことが、どんどん積もっていく。

マジョリティによるマイノリティへの圧力は、無意識であることがほとんどです。理不尽さや改善を訴えて変えていくにはエネルギーが必要で、自分自身を消耗してしまうので、普段なら「もういいや」と諦める。心の蓋を閉じるんです。

でもヘラルボニーは、障害福祉を変えることをミッションに掲げています。入社した以上、感性のアンテナを張って、自分が感じた違和感や悔しさを、ごまかさずに自分でちゃんと受け止めて伝えよう、それが私のいる意味だと思いました。だから余計に苦しかった。

──どうやって乗り越えていったのですか?

菊永さん)気持ちを伝えたときに、ヘラルボニーの仲間たちは「じゃあどうすればいいだろう」と一緒に考え、行動してくれました。すべてを肯定してくれる。尊重してくれるから、心の蓋をひとつずつ開けていけた。

社内にDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン:多様性・平等性・包括性)チームをつくって、手話通訳の手配を担ってくれたり、社外の人とのやり取りでは、ゆっくり話すなどのルールを事前に示してくれたり、話したことをリアルタイムで表示する透明字幕ディスプレイ「シースルーキャプションズ」の導入も進んでいます。仕事の面では、私の考えを聞いて、信頼して任せてくれています。

配慮や支援をされるだけでは、当事者のウェルビーイングは実現できません。挑戦できる場が必要です。

──神さんは入社して、どう感じていますか?

神さん)私は小さい頃、両親が共働きで、周りに支えられて育ちました。友達の家でご飯を食べさせてもらったり、参観日にクラスメイトのお母さんが私の勉強も見てくれたり。そういう原体験が、ヘラルボニーのミッションへの共感につながっています。支え合う世界が当たり前であってほしい、違いを認め合える優しい世の中になってほしい。

新卒で入った企業を辞めて世界一周に出て、帰国後は、社会課題の解決に携わりたい、とNPOでプロボノをしたり、転職して働きながらMBAを取得したりしてきました。営業や新規事業開発、研修事業、会計知識など、これまでの経験のすべてが、今の仕事で活きています。

──二人とも、働くことが楽しそうです。

菊永さん)働き方もチームで相談しながら決められる自由さがあります。スタートアップ企業の(組織拡大を阻むといわれる)「50人の壁」にあたるところですが、会社全体で、みんなが働きやすい環境を考えています。

神さん)私には3才になる子どもがいるので、18時から22時は仕事をブロックしています。家族との時間があるから仕事を頑張れる。私にとってはその両輪が大事です。

ウェルフェアチームは、社内のDE&I推進も担っていて、いろんなチームの人に加わってもらい、障害のある社員はもちろん、働く全員の心理的安全性を考えています。活動の中に手話があったり、育児中の働きにくさの解消があったり、部門間の交流を増やすなど、社員が増えていく中で生じる課題の解消に取り組んでいます。

自分の育った環境もそうですが、マイノリティな部分は誰にでもあって、そこに目を向けることが大切だと思っています。ヘラルボニーでは自分らしく、互いを尊重しながら同じミッションに向かっていける。やりがいを感じています。

(取材・文=川村直子/ハフポスト日本版)