「女性として生まれた。でも振袖は着たくない」Xジェンダーが“メンズスーツ”を作り、成人式を開くまで

性別ごとに決められた服装が原因で、成人式の参加を諦める人も少なくありません。そんな若者に向けて、自分が本当に着たい服で参加できる成人式イベントが開催されました。
自分らしい格好で参加できるイベント
自分らしい格好で参加できるイベント
Takeru Sato / HuffPost Japan

大人になる節目を迎える年を、仲間と再会し、一緒に祝う成人式。

人生で一度きりの晴れの日ですが、参加できない人もいます。背景の1つが、振袖やスーツなどの服装。性別ごとに指定された格好をしたくないという思いやセクシュアリティなどから、参加を諦める人も少なくありません。

そんな若者に向け、「女性」の体に合うメンズスーツをオーダーメイドで販売する『keuzes』(クーゼス)が1月7日、東京都の代官山で成人式イベント『SEIJIN-SHIKI』を開催しました。

約130人の新成人らが、メンズスーツや振袖、カジュアルスタイルなど、従来の「普通」にとらわれない、自分らしい格好で晴れの日を祝福。

振袖を着るのが嫌で成人式を諦めた経験から、このイベントを開催したというkeuzes代表の田中史緒里さんは「本当に着たい服で参加できる成人式はまだ、珍しいと思いますが、これが普通である社会を少しずつ作っていけたら」と目を細めました。

◆「振袖を着たくない本音」否定して生きてきた

新成人代表の挨拶をする小野心優さん
新成人代表の挨拶をする小野心優さん
Takeru Sato / HuffPost Japan

「みんなと同じように振袖を着たいと思える日が来るかもしれない。そうやって、本音を自分で否定するような、封印するような考えを無意識にするようになりました」

この日、スーツを身にまとった新成人代表の小野心優さん(20)は、成人式の参加を諦めようと思っていた過去をこう振り返りました。漠然とした孤独や自分への嫌悪感がありましたが、女性の体にも合うメンズスーツの存在を知り、自分自身の可能性やこれからの光が見えたといいます。

その経験から、「自分自身が好きなものや姿をなんの抵抗もなく表現できる、そして表現できるような道を作っていく人になれますように」と抱負を述べました。

会場には小野さんと似たような思いをしてきた人も少なくありません。本当にしたい格好で、写真撮影をしたり、未来の自分への手紙を書いたりしました。

◆成人式に結婚式…フォーマルな場での服装に悩んだ

参加者らと記念撮影をする田中史緒里さん(右)
参加者らと記念撮影をする田中史緒里さん(右)
Takeru Sato / HuffPost Japan

小野さんのあいさつを聞いて、田中さんは過去の自分を重ね合わせる部分があるといいます。

田中さんは、生まれもった性は女性で、特定の性別を自認しない「Xジェンダー」です。幼い頃からかっこいいものが好きで、赤いランドセルや制服のスカートのなど、「女の子らしい」ものは苦手だったといいます。

高校生になり、成人式のために髪を伸ばし始める友人たちを見て、「振袖は絶対に着たくないな…」と考えるようになりました。

女性らしい体のラインが強調されるレディーススーツも嫌だと感じ、メンズスーツが欲しいと思いましたが、「店員さんにどう反応されるんだろう」という怖さも。「フォーマルな場での服装選びって、難しいんだな」と感じ、成人式に行くことは諦めました。

スーツらしいアイテムを揃え、友人の結婚式に参加した田中さん
スーツらしいアイテムを揃え、友人の結婚式に参加した田中さん
keuzes

ですが20代になり、友人に結婚式に招待されたことで、再び「何を着ていけば良いんだろう」という壁にぶつかりました。ファストファッションのお店を回って、スーツっぽい上下別々のジャケットとパンツを揃え、乗り切りました。

友人の結婚式は大切な思い出になった一方、「これからの人生でも服装で、こんな大変な思いをするのかな…」と、複雑な気持ちも芽生えました。

そんな悩みを友人たちに話すと、その人たちも就職活動や冠婚葬祭でも服装に困っていることを打ち明けてくれました。

「服装によって何かを諦めている人が、世の中にはたくさんいるかもしれない。そんな人たちの助けになりたい」と思い、23歳の時、「女性」の体に合うメンズスーツのブランドの立ち上げようと決めました。

◆広げたい服装の選択肢、工場は「悩みを知らなかった」

自分らしい格好をして、記念撮影する参加者
自分らしい格好をして、記念撮影する参加者
Takeru Sato / HuffPost Japan

田中さんは早速、インターネットで検索して出てきた50社以上のアパレル工場に「女性のサイズ感でメンズスーツを作りたい」と連絡しました。門前払いが続く中、ある工場の担当者が「なんでやりたいのか」聞いてくれました。これまでの経験を話すと、「服をつくってきたのに、そんな悩みがあるとは知りませんでした」と驚いた様子だったといいます。

服飾についての知識がなかった田中さんは最初、メンズスーツのサイズをただ小さくすれば良いと思っていたといいます。ですが胸まわりや腰など体の厚みが違うため、「女性」が従来のメンズスーツを着ると“ブカブカ感”が出てしまいます。また男性用のスーツはウエストから足首にかけて徐々に幅が狭まっていく作りになっており、骨盤が強調されてしまうこともわかりました。

ウエストから骨盤までのラインを広げたり、ジャケットの着丈を長めに作ったりといった工夫を施して、「女性らしい」体のラインが強調されないスーツが完成。誰にでも選択肢があることを知ってほしいという思いを込め、ブランドを、オランダ語で「選択肢」を表す『keuzes』と名付けました。

◆服だけでなく「場」が必要。だから『SEIJIN-SHIKI』を

参加者が未来の自分に宛てた手紙
参加者が未来の自分に宛てた手紙
Takeru Sato / HuffPost Japan

keuzesのスーツは最も価格を抑えたものでも9万7900円と、決して安くはありません。それでも20歳前後の若い世代からの注文が多いといい、そのきっかけの多くが「成人式でスーツを着たい」という思いだといいます。

田中さんは若い世代から「親のために振袖を着るのか、自分のためにスーツを着るのか」「どうしても参加したい」といった悩みを聞く中で、成人式は人生に1回きりで、重みがあるイベントだと感じるようになりました。

そして、「成人式がこれからの未来で、振り返りたくなるような思い出になると良いよね」などとアドバイスをすればするほど、成人式を諦めた過去が悔しくなっていきました。

またスーツで成人式に参加することはカミングアウトに近い感覚があるといった悩みや、周りにどう思われるか不安になり、会場まで行ったけれども参加せず帰ってきてしまったという話も聞くようになりました。

こうした経緯から田中さんは、人生に一回のイベントに、自分らしい格好で安心して参加できる場を作りたいと考え、『SEIJIN-SHIKI』の開催を決めました。

記念撮影する参加者ら
記念撮影する参加者ら
Takeru Sato / HuffPost Japan

『SEIJIN-SHIKI』の開催は昨年に続いて2回目。大切にしているのは、「自分が好きな服装で、ありのままの自分を楽しむ」コンセプトと、「誰かとつながる場になってほしい」という思い。

実際に、今回参加した人が友人同士になったり、前回の参加者同士でLGBTQコミュニティを作ったという話を聞いたりして、嬉しく思ったといいます。

一方で地元の式では味わえない喜びを感じたり、涙を流したりしている様子を見て、やって良かったと思うと同時に、「(参加者が)これまでどれだけ悩んできたんだろう」と胸が痛む部分もあるといいます。

「まだ、性別ごとに割り当てられた服装ではない、自分らしい格好で参加できる成人式はかなり少ないと思います。でも本来それは、涙を流して喜ばなくても良い『普通』のものになっていくべきだと思うんです」

「だから、スーツだけでなく、自分らしくいられる選択肢を増やしたいという機会、空気を、引き続き作っていきたいと思うんです」

<取材・文=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版>

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