日本アニメ3.5兆円、急成長する世界戦略に潜む「落とし穴」

【第一回:グローバルで成長できるか、日本アニメの光と影】日々の仕事においてはグローバルにおけるアニメビジネスの可能性に胸踊らされることが多くある一方、ひとたび業界外の方と話をすると、「Anime is Global」のイメージが実態と大きく乖離していると感じる場面に度々遭遇します。

アニメビジネスに詳しいコンテンツアナリスト、尾形拓海さん(株式会社Haru代表)が、日本のアニメ産業の世界戦略と向かうべき方向について考えます。初回は、好調と報じられるアニメ産業の「落とし穴」について。

第一回:日本アニメ3.5兆円、急成長する世界戦略に潜む「落とし穴」(今回)

世界のコンテンツ市場は135兆円を超え、石油化学市場や半導体市場を超える規模になっています。日本発のコンテンツも海外での売上が順調に成長しており、現在その規模は5.8兆円にのぼります。これは鉄鋼産業や半導体産業の輸出額に匹敵する規模です。※1

その中でも、今後の成長分野として特に注目されているのがアニメです。「アニメ産業レポート2024」によると、2023年のアニメ市場は3兆3,465億円と過去最高に到達し、前年比で14.3%成長しました。そのうち海外売上は1兆7,222億円であり、約51.5%を占めています。

同期間のグローバルにおけるビデオゲームの成長率が0.5%※2、音楽の成長率が9.8%※3、2024年から2030年にかけてのテレビドラマの年間成長率予測が7.9%※4であることを踏まえると、アニメ市場の成長率が他のエンターテイメントコンテンツと比べても高いことがわかります。

このような将来性の高さから、映画会社やテレビ局をはじめとする日本のコンテンツ企業の多くが、アニメを成長戦略の要に位置付けています。

例えば、Sonyは「アニメは中期の成長ドライバーとして期待している」と明言しています。2025年1月にはKADOKAWAへ約500億円出資し、株式保有比率を約10%に増加させました。これは、傘下のAniplexが有するプロデュース力とCrunchyrollが有するリーチ力を補完する「原作調達力」を強化することで、アニメ・ゲーム事業におけるシナジー効果を高めることが狙いと考えられます。

東宝は、アニメ・IP事業を映画・演劇・不動産に並ぶ「第4の柱」として独立させることを宣言し、社員数も現在の60名から2032年までに120名へ増やす計画を発表しました。

かく言う私も、一時は1クールに20作品視聴していた程のアニメファンです。海外留学時に顔を出したアニメサークルやAnime Expoでの熱狂に圧倒され、社会人になってからは現場・戦略レイヤーの両輪からグローバルのアニメビジネスに深く関わってきました。

市場規模の年間成長率(22-23年)
市場規模の年間成長率(22-23年)
尾形拓海
Anime Expo2019の開場待機列(尾形拓海撮影)
Anime Expo2019の開場待機列(尾形拓海撮影)
尾形拓海

シンガポールでは、世界で初めてアニメNFTを開発したスタートアップにおいてアニメグッズのライセンシングや海外販売を担当したり、Netflixでは多数のアニメ作品を買い付け全世界へ配信する仕事をしていました。

Sonyでは、本社の戦略部門においてSony PicturesやCrunchyrollの幹部とアニメビジネスに関するディスカッションを重ねました。

日々の仕事においてはグローバルにおけるアニメビジネスの可能性に胸踊らされることが多くある一方、ひとたび業界外の方と話をすると、「Anime is Global」のイメージが実態と大きく乖離していると感じる場面に度々遭遇します。

日本アニメ産業「瞬間ヒット」の先へ行くには

市場規模の力強い成長率や輝かしいヒットコンテンツの登場など華々しい側面ばかりが強調され、客観的なデータを収集し分析することで見えてくる、それ以外の要素も含めた全体像の理解が不足しがちなことに違和感を覚えています。

正しい戦略は正しいファクトを土台として築かれるものであるため、土台が崩れると戦略自体が機能しなくなってしまいます。

そのうちの一つが、『海外で人気があるアニメ作品には大きな偏りがある』ということです。

現在、日本では年間約300本のアニメ作品が制作されています。どれもクリエイターが心血注いだ素晴らしい作品ばかりですが、海外市場でも人気があると言えるのは、各クールのトップ1、2作品に限られています。

しかも、そういった覇権レベルのヒット作品であっても、続編やスピンオフを継続的に投入し、新作配信がない間はグッズやキャンペーン施策等の関連コンテンツを供給し続けないと、すぐに視聴者の関心が薄れてしまいます。

その結果、強力なIPとして継続的にファンを獲得・維持するまでには至らず、「瞬間的なヒット」に留まることが少なくありません。

このような中、海外におけるアニメ人気を実質的に支えているのは、『ドラゴンボール』や『NARUTO』等の昔からの名作か、『鋼の錬金術師』や『進撃の巨人』等の大型原作のアニメに代表される「レジェンダリータイトル」であるのが実情です。

グローバルにおける人気アニメの構成イメージ
グローバルにおける人気アニメの構成イメージ
尾形拓海

「海外のアニメ市場規模は日本を超えている」「アニメは成長産業であり、多くの企業が投資を増やしている」といった現象だけ見ると、海外でも日本と同じようにアニメの熱狂が巻き起こっていると思ってしまいますが、その実態は一部のレジェンダリータイトルに偏重した人気なのです。

業界の中にいるとこういった実情はリアルに見えてくるのですが、業界の外にはあまり正しく伝わっていません。

この連載では、アニメ、特にグローバルにおけるアニメ業界に焦点をあて、私の経験談と客観的なデータを元にその実情を解き明かし、グローバルでアニメが成長していくために本当に重要なアクションアイテムは何なのか、を5回にわけて考察していきます。

※2 Global Games Market Report 2023

※3 Recorded music market 2023

※4 Verified Market Reports

(このコラムは、尾形拓海さんによるハフポスト・オピニオンへの寄稿です。内容は必ずしもハフポスト日本版編集部やBuzzFeed Japanの意見を反映するものではありません)

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