スウェーデンも、かつてはジェンダー平等「遅れた」国だった。90年代の「サポートストッキング運動」と私たちが今後すべきこと。

従業員の権利はどうして守られているのか?女性が働き続けられるのはなぜ?スウェーデンが、労働環境の改善に力を注げた理由

この夏、スウェーデンの首都・ストックホルムを訪れた。

「労働者天国」「ワークライフバランス先進国」と言われるスウェーデン。その名に恥じず、スウェーデンでは企業の約半数が、8割以上の従業員にフレックスタイム制を導入している。社員の集中力アップや意欲の向上、ストレス軽減による社内の雰囲気の改善という企業のデータが公開されたことで、なんと6時間勤務!も増えているとのこと。

スウェーデンといえば、IKEA、Spotify、Volvo、H&M、エリクソン、アストラゼネカなど世界有数の企業が多く存在する。人口が約1060万人と多くないこともあり、世界で稼ぐことのできる企業を育ててきたというが、これらの大企業が優秀な人材を得ることを目的にして、率先して従業員の働き方や労働環境の改善に力を注いでいる。

教育費、医療費、失業手当、年金などで手厚い保護を受けられる一方で、税金が高いこと(消費税は25%)への不満も聞かれるが、「とにかく休みがとりやすい」「働きながらの子育てがしやすい」と現地の人は言う。

ストックホルム市内
ストックホルム市内
長野智子

日本から見るとうらやましいくらいに従業員ファーストなスウェーデンだが、その背景にある日本との違いの一つは、労働組合がとても強いことだ。スウェーデンでは労働組合に労働者の約70%が加入している。

日本のように政府による最低賃金の保証はないが、労働組合と雇用者団体の集団交渉によって業界別に設定されている。この仕組みで業種によって異なるものの、最低賃金の平均は2500円くらいと日本の1118円よりかなり高くなっている。

私が子どものころは、日本でも国鉄のストライキが頻繁に起きたり、5月のメーデーが大いに盛り上がったものだった。しかし、バブル崩壊後、非正規雇用が増加することで労組が組織化しにくくなったことなどで労組が弱体化する。労働者自らが企業と力強く交渉する場面が時代とともに少なくなった。

そして、もう一つの違いは、女性議員の増加によって改善されてきた子育て・働き方政策だ。

「いきなりクオータ制という言葉を出すと、みんな引いてしまうのよね。だから最初はこそこそ進めるの(笑)」

とお話してくださったのは、スウェーデンのビジネスエコノミストであるカリン・アグニタ・スタークさん(79)だ。スタークさんは1991年に結成された「サポートストッキング運動」の中心メンバーだった。

実はスウェーデンは北欧諸国の中において、ジェンダー平等実現が比較的遅れた国だった。かつては、年配の男性政治家たちが夜に集まってウイスキーを飲みながら、あるいはサウナに集まって物事を決めていたというどこかで聞いたことのあるような政治が展開されていた。

ところが1973年にオイルショックが起き、世界が混乱する中、比較的に人口の少ない北欧諸国が、人口の半分を占める女性進出によって経済成長することへと舵をきった。

1975年には、アイスランドの女性人口の9割以上が仕事や家事を放棄して参加し、女性がいかに社会維持に必要な存在であるのかを可視化したストライキ「女性の休日」が起きた。5月に万博で来日したアイスランドのハラ・トマスドッティル大統領に話を聞いた際にも、

「母たちは家事を一切せず、父や兄弟たちが食事の準備や片付けをしていました。私がそのような役割の逆転を見たのは初めてで、とても強く印象に残っています」

と、大統領自身7歳だった時に経験した出来事が、その後の人生に大きく影響したことを語っていた。こうしたジェンダー平等のいわゆる「北欧ムーブメント」が一番遅く届いたのがスウェーデンだったのだ。

そんなスウェーデンで、「サポートストッキング運動」が始まったのは1991年である。80年代に37%だった女性国会議員の割合が90年代に入って33%まで低下したことへの危機感から結成されたネットワークだった。「男性との同一賃金・権力の半分・女性と子供への暴力終焉」をスローガンにして、94年議会選挙前に活発に活動したが、運動へのバックラッシュを抑えるには工夫が必要だったとスタークさんが教えてくれた。

「当時はスマホもなかったから、小冊子を作ってね。女性議員が増えるとこんなメリットがあるとか、隣町ではこんな改革が行われて子育てがしやすくなったとかを、手元でちょっとした合間に見られるように配布したの。男性には、もしかしたらあなたのパートナーもサポートストッキング運動に参加しているかもねと伝えることで関心を持ってもらったりと、様々な工夫をしました」 

スタークさんたちは、辛抱強く理解が拡大するのを待って、ついに「既成政党がサポートストッキング運動の主張に救済策を約束しなければ、独自の政党を結成する」と宣言する。

「これは効き目がありました」

94年初頭の世論調査で、有権者の23%が女性政党に投票すると回答する。これによって94年選挙では、社会民主労働党(社民党) が男女比50:50の候補者リストを作成することを宣言し、他の既成政党も後に続くことになったのだ。(スウェーデン議会の議席はすべて比例代表制)

「スタークさんは私のロールモデルです」

というのは、スウェーデン社会民主労働党(社民党)国会議員のアニカ・ストランドヘルさん(50)だ。

左から、水越英明駐スウェーデン大使、ストランドヘルさん、筆者、スタークさん
左から、水越英明駐スウェーデン大使、ストランドヘルさん、筆者、スタークさん
長野智子

「サポートストッキングサポート運動の結果、社民党が党綱領にクオータ制を導入するようになりました」

現在社民党は野党だが、過去に長く政権を担った時期もあり、ストランドヘルさんも社会保障大臣、環境・気候大臣などを歴任してきた。

現在、ストランドヘルさんの所属する社民党の女性議員比率は48.1%、連立政権第一党の穏健党は50%、国会議員全体でみると、44.7%が女性議員である。ちなみにスウェーデンのジェンダーギャップ指数は世界5位だ。

「女性議員が増えたことで、より当事者感覚が反映された政策が打ち出されるようになり、女性も働きながら子育てをしやすくなりました」

スウェーデンでは女性の88%が就業している。ほとんどの女性が出産を経験した後にもキャリアを形成していて、女性管理職割合も世界トップクラスとなった。

育児休暇中の手当も充実し、男性も当たり前に育休を取得している。

「とはいえ、給与格差の是正や女性に対する暴力などまだまだ道半ばの課題もたくさんあります。でも、ジェンダー平等はもう達成されたという意識があり、環境政策などに比べて優先順位が下がってしまうんですよね」

出生率も課題のひとつだという。

1990年に2.13だったスウェーデンの合計特殊出生率はその後減少傾向にあったが、サポートストッキング運動で女性議員が増加したことによって実現した子育て政策の成果により、下降した合計特殊出生率が2000年代に再び上昇した。(2000年1.54→2010年1.98)

子供を産む間隔を短くして出産するほど有利になる「スピード・プレミアム」制度の導入によっても出生率が上がったそうだ。

ところが、2010年に1.98と順調だった合計特殊出生率は、2023年には1.50人と下がってしまっている。

「この背景についてももっと分析して、対応する必要があると思っています」

国は違えど、向き合う課題に共通点が多い。

スタークさんは言う。

「スウェーデンにおいても、各政党は女性議員たちが党の壁を超えて集まることをあまり快く思わないのです。だから女性議員たちは、普段は控えているのですが、これは重要という女性にかかわる課題があるときには超党派で女性議員が連帯してきました」

ジェンダーギャップ指数5位のスウェーデンでも、その道のりは決して楽なものではなく、たくさんの壁を女性たちが連帯して乗り越えてきたこと、そして女性のみならず労働者たちも、政治に頼るだけではなく「連帯」によって自分たちの権利を手に入れてきたことが今回の取材で強く印象に残る。

では日本はどうだろうか。私自身も政治には求めているけれど、どれだけ自分たち当事者、女性や労働者同士がつながって課題解決に向き合い行動しているかというと、そこがまだ足りていないのではないか。今回の取材を通して、どう行動すればだれもが生きやすい社会になるのかを今一度自らに問い直して、大きな連帯を生み出すことの必要性を感じる。

別れ際、ストランドヘルさんから日本に向けてメッセージをいただいた。

「どんなに困難だと感じても、あきらめずに声を上げ続けることがとにかく一番大事なことです。遠く離れた国だけど、抱える問題は同様だということがわかりました。課題に向き合う日本の女性たちに心からの敬意を表するわ。がんばってください」

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