フェミニストから保守派、主婦や働く女性まで...。アイスランドの9割の女性が参加した「女性の休日」ムーブメント。成功のカギはなんだったのか

1975年10月24日にアイスランドで起こった女性のストライキ「女性の休日」を振り返るドキュメンタリーが公開される。7年かけ取材・制作したアメリカのパメラ・ホーガン監督に話を聞いた。
映画『女性の休日』より
映画『女性の休日』より
©2024 Other Noises and Krumma Films

今から50年前ーー。1975年10月24日、アイスランド中の女性の約90%が仕事や家事をストライキし、男女平等の実現のために立ち上がった。

首都レイキャビクには当時の人口の10%以上の2万5000人以上が集まり、全国20カ所以上で集会が開催された。

この大規模なムーブメント「女性の休日(Kvennafrídagurinn)」を振り返るドキュメンタリー『女性の休日』が、10月25日から日本で公開される。

監督は、これまで女性視点のパワフルなドキュメンタリー作品を数多く手がけ、エミー賞受賞の経験もあるアメリカ人のパメラ・ホーガンさんだ。

パメラ・ホーガン監督
パメラ・ホーガン監督

なぜ背景も立場も違う女性たちが団結し、ここまで大きなムーブメントを実現することができたのかーー?

7年かけて同ドキュメンタリーを制作したホーガン監督に話を聞いた。

アイスランドも昔から男女平等な訳ではなかった

アイスランドは、世界経済フォーラムが各国におけるジェンダー格差の状況をまとめた「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」で、2025年時点で16年連続1位を記録。

2025年現在、大統領、首相ともに女性が務めるジェンダー平等先進国だ。

しかし、アイスランドももともとそうだった訳ではない。ムーブメントが起こった当時も男性優位な社会で、映画でも描かれているように「家事は女性が担うもの」だというジェンダーロールや、「女性は農場夫として認められない」といった職業や賃金の不平等が蔓延していた。

平等実現の大きな一歩となったのが、まさにこの「女性の休日」ムーブメントだった。

映画『女性の休日』より
映画『女性の休日』より
©2024 Other Noises and Krumma Films

とはいえ、スマホやSNSなどなかった時代に、どうやって9割もの女性たちをストライキへの参加に突き動かすことができたのだろうか。

映画の制作開始時、ホーガン監督も強く疑問に思ったようだ。

「信じられないですよね。それがまさに、私たちが探っていた謎の1つでした」

「政治に関心のある女性たちだけでなく、主婦や漁業工場で働く女性など、フェミニズムの集まりに1度も行ったことのない人たちまでもが一斉に行動を起こしたのですからーー」

その答えの1つは、8人の女性からなる実行委員会の存在だったという。

「映画にも登場しますが、実行委員の女性たちはとても賢明で、アイスランド全土のさまざまな団体...漁村の編み物グループや裁縫クラブ、そして男性のグループにまで呼びかけました」

映画『女性の休日』より
映画『女性の休日』より
©2024 Other Noises and Krumma Films

アイスランドでは1年のうち寒く暗い期間が長いため、地域にはつながりを保つためのこうした小さな集まりがあり、国全体に「小さなコミュニティのネットワーク」が存在しているのだという。

実行委員会はそのネットワークを利用してチラシを配り、人を派遣し口コミでメッセージを広げていった。

「すべてがとても自然な形で広まっていったのです。そのメッセージを広めるのに完璧なタイミングだったのです。過激なものではなく、『私たちが普段していることを1日やめてみよう。そうすれば、国は女性なしでは社会が止まってしまうと理解するだろう』という、とてもシンプルで誰もが共感できるメッセージでした」

また、ストライキの当日が暖かく晴天だったことも多くの人の参加を可能にし、ムーブメントの成功に繋がったという。

その日、男性たちは

まだ「家事は女性が担う」時代だった当時。女性たちのムーブメントを脅威に感じた男性たちは強く反発していた。また、多くの女性が夫と対立したという。

しかし女性たちはユーモアをもって抵抗し、主張を続けた。

映画『女性の休日』より
映画『女性の休日』より
©2024 Other Noises and Krumma Films

女性が普段の仕事や家事を辞め「休日」という名のストライキを行っていたその日、アイスランドの日常はどうなっていたのだろうかーー。

映画ではこう語られている。

「ベッドは整わず、皿は洗われず、電話は繋がらない」

「欠航便が相次ぎ、学校は閉鎖」

男性たちは子どもたちの面倒を見ながら仕事に行き、国を回さなければならなかった。

「ニュース放送の背景に子どもの泣き声が聞こえたという話もあります。つまり男性たちは、いつも通りの仕事をしながら、同時に女性の仕事も担わなければならなかったのです。多くの女性が夜中まで帰らなかったので、男性たちはどうやって夕食を作ればいいのかを必死に考えていたようです」

男性たちはその日を「長い金曜日」と呼んだという。

小さな妥協が大きな成功の鍵に

このムーブメントは「女性の休日(Women’s Day Off)」として知られ、同映画のタイトルにもなっている。

なぜ「ストライキ」ではなく「休日」と呼ばれているのか。映画でもその背景が描かれているが、ホーガン監督にとっても強く印象に残っているポイントのようで、興奮した様子でこう語った。

「それがこの出来事の核心でした。この『呼び方の変化』によって、誰もが参加できる運動になったのです」

「フェミニストたちは当初、革新的な『ストライキ』を主張していましたが、実際にアイスランドの女性の90%がストライキをするのは無理でした。仕事を失うリスクがある上、『ストライキ』という言葉自体が過激すぎたのです」

1975年は国連が定めた国際婦人年であり、アイスランドでもアクションを起こそうという気運が高まっていた。その議論には、急進的なフェミニストだけでなく、保守派、労働組合など、フェミニズム運動には無縁と思われたさまざまな立場の女性たちも集まっていた。

議論がまとまらず、ムーブメントを牽引していた女性団体「レッド・ストッキングス」のメンバーが危機感を抱く中、保守派の1人の女性がこう提案した。

「ストライキではなく“休日(day off)”と呼んではどうでしょう」と。

「急進的なフェミニストたちは、れっきとした『ストライキ』を求めていました。でもその呼び方を受け入れたのは、それが全員で合意できる唯一の道だったから。そしてその『妥協』こそ、史上最高の決断だったのです。その妥協が成功したことによって、多様な立場の女性たちを含む実行委員会を作り、アイスランド中の女性に呼びかけることができたのです」

映画『女性の休日』より
映画『女性の休日』より
©2024 Other Noises and Krumma Films

そしてこの「妥協」は、映画を見た人たちにも大きな学びを与えている。

「この映画を世界各国で上映したとき、中には国の家父長制について考える若い女性たちもいました。その多くの人が『妥協』という言葉に注目してメモを取る姿をよく見ました。対立を続けるよりも、中間に歩み寄ることで実際に変化を起こす――それがこの出来事から学べる教訓だと思います。そして見ての通り、それがアイスランドを変えたのです」

アイスランドから私たちが学べること

日本では10月21日、自民党で保守派の高市早苗氏が首相に選出され、日本初の女性総理大臣が誕生した。

高市氏は選択的夫婦別姓に慎重であり、同性婚にも反対。ジェンダー平等の推進に積極的とは見られていない。

高市氏は総裁選の所見発表演説で「北欧の国々に比べても劣らないほど女性がたくさんいる内閣や役員会(をつくる)」と発言していたが、新内閣に選出された女性閣僚は、片山さつき財務相と初入閣の小野田紀美経済安全保障担当相の2人にとどまった。

日本で初の女性首相に選出された高市早苗氏=2025年10月21日、東京
日本で初の女性首相に選出された高市早苗氏=2025年10月21日、東京
Anadolu via Getty Images

一方、女性総理が誕生したことにより、諸外国に比べて大変低い「ジェンダーギャップ指数」の改善に寄与する可能性もある。

アメリカ人のホーガン監督に、これから日本が政治的立場の違いを乗り越え、ジェンダー平等実現において前進していくために、何が必要と思うかを問うと、こう語った。

「アイスランドでは、女性の政界進出が進んだことが変化を及ぼしました。自治体から国会まで、全ての役職でより多くの女性を選出すること、影響を及ぼせるだけの人数を集めることが必要です。それができた時、変化が始まると思います。革新派も保守派もいますが、一緒に女性の問題を考えることで変化があるのです」

アイスランドではこの「女性の休日」ムーブメントをきっかけに、翌年に同一賃金法が可決された。アイスランドの女性の政治参画の扉が開かれ、1980年にはヴィグディス・フィンボガドゥティル氏が民主的な選挙によって選出され、世界初の女性大統領となった。

映画『女性の休日』にも出演しているヴィグディス・フィンボガドゥティル氏
映画『女性の休日』にも出演しているヴィグディス・フィンボガドゥティル氏
©2024 Other Noises and Krumma Films

その後もアイスランドの女性たちは、同一賃金や労働条件、子育て環境の改善や性暴力撲滅などを訴え、計6回のストライキを行っている。2023年の「女性の休日」では、1975年以来の終日ストライキが実施され、約10万人が集まった。

『女性の休日』ビジュアル
『女性の休日』ビジュアル
©2024 Other Noises and Krumma Films

映画『女性の休日』は、10月25日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー

注目記事