第38回東京国際映画祭の公式プログラムであるケリング「ウーマン・イン・モーション」のトークイベントが、11月2日に都内で開かれ、高畑充希さん、中島健人さん、アメリカのキャスティング・ディレクターのデブラ・ゼインさん、プロデューサーの福間美由紀さんが登壇した。
2026年のアカデミー賞で「キャスティング賞」が新設されることを受け、映画作りにおけるキャスティング・ディレクターの役割や重要性、また女性が働く環境について議論が交わされた。
クレジットされなかったキャスティング・ディレクターの仕事
グッチやサンローランなどのラグジュアリーブランドを展開するケリングが主催する「ウーマン・イン・モーション」は、フランスのカンヌ国際映画祭で発足し、今年10周年を迎えた。映画業界における女性を取り巻く環境に光を当てるプログラムで、東京国際映画祭でも俳優らを招き、日本の映画界のジェンダーギャップや、働く環境について意見交換を重ねてきた。

第一子妊娠中の高畑充希さんは「これまで女性だから働きづらいと感じたことはなかったが、これから出産・子育てと続く中で、試行錯誤したり壁にぶちあたったりすると思うので、このイベントがいいきっかけになれば」と、登壇への思いを語った。中島健人さんも「今はインティマシー・コーディネーターができたり、子どもがいる方も働きやすい環境に変わり始めている。女性が力を発揮できる環境をどうしたら作れるか、自分の世代の感覚で語っていきたい」と話した。
今回のトークで大きなテーマとなったのは「キャスティング」だ。2026年開催の第98回アカデミー賞では、キャスティング・ディレクターを表彰する「キャスティング賞」が新設される。キャスティング・ディレクターは、監督やプロデューサーなどから依頼を受け、出演候補となる俳優を提案・キャスティングする役割を担う。
トークの前には、ロバート・レッドフォードさんやグレン・クローズさん、ロバート・デ・ニーロさんなどの名優を見出した伝説的なキャスティング・ディレクター、マリオン・ドハティさんのドキュメンタリー「キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性」(2012)が特別上映された。

高畑さんは本作の感想として、「自分の場所を掴み取っていくバイタリティに感銘を受けた」とコメント。一方で、自身の出身であるミュージカルでのキャスティングをめぐっては、「ミュージカルはお客さんに来てもらうことがスタート。役に合った人の前に、『お客さんに来てもらえる人』をキャスティングすることにちょっと重点が置かれてしまうタイミングがあるように感じていて。それを突きつけられるところもあり、身が引き締まる思いでした」と、葛藤があることも明かしていた。
是枝裕和監督の「ベイビー・ブローカー」や、石川慶監督の「遠い山なみの光」に携わってきたプロデューサーの福間美由紀さんは、「(キャスティング・ディレクターがいなければ)個性的な俳優が埋もれたままだったかもしれない。目利きや発見する人の重要さを実感した」と述べた。
「オーシャンズ」や「猿の惑星」などを手掛けてきたデブラ・ゼインさんは、大先輩にあたるドハティさんについて、「世界中の俳優について辞典のような幅広い知識を持ち、その中から一番適切な人を提案してきた」と紹介。

キャスティング・ディレクターは、制作初期から関わることが多く、主役・準主役はもちろん、セリフが一言だったりなかったりする役でも俳優を提案するという。「キャスティングの最終決断は監督だが、多くのコラボが生まれる作業で、さまざまな提言がいかされる。監督の直感と反するかもしれないが、クリエイティブのためには闘う場合もある」と明かした。
オーディションを受ける立場として、高畑さんは「10代の時はダメだった時は自分が否定されたようで落ち込んだ。でも、今は、自分自身を見せて役にハマるかどうか見てもらう、という考え方が変わり、選ばれるという感覚を捨てました」と心境の変化があったことを明かした。
中島さんは、Huluオリジナルの国際ドラマ「コンコルディア/Concordia」にビデオセレクションを通じて出演が決まったという。「プロデューサーのフランク・ドルジャーさんが、Netflixのインタビューで僕が英語を使ってる映像を見てくれ、とてもセリフの長いエンジニアの役をもらいました」とし、現場での苦労を乗り越えて全編英語セリフに挑戦した背景を明かした。

キャスティング・ディレクターは、今では映画のエンドロールの序盤に名前が出てくることも多い。しかし、「キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性」では、キャスティング・ディレクターの仕事が軽視され、長い間クレジットされなかったこと、また90年代にはキャスティングにも「経済性」が持ち込まれて「お金になる役者」が重宝され、キャスティング・ディレクターの意見が通りにくくなったなどの歴史的な動きも解説されている。
ゼインさんは、「以前はキャスティング・ディレクターは秘書的な存在とされ、技術として評価されていなかった。しかし、多くのキャスティング・ディレクターたちが監督や俳優に、なぜ受賞に値する価値があるのか説明する活動をしてきた」とアカデミー賞新設の背景を説明した。
女性たちが働きやすい環境を作るために
トークは映画で描かれる女性表象の変遷にも話が広がった。
ゼインさんが「映画は時代を反映するもので脚本によるものが大きい。女性がスーパーヒーローや大統領になり、リーダーを果たす様子をスクリーンで見られる機会はどんどん増えている」と指摘。中島さんも「プロミシング・ヤング・ウーマン」や「バービー」など近年のフェミニズム映画に言及し、「主体的で力強い作品が増え、時代に順応した作品が作られている」と感想を語った。

福間さんは、是枝裕和監督が韓国で制作し、赤ちゃんポストを題材にした「ベイビー・ブローカー」を例にあげ、「母親と女性刑事の葛藤やリアリティを濃く深く描いた。実は韓国側からは、社会的に弱い立場である若い女性が怒るところをしっかり描いてほしい、というリクエストもあった」と裏話を明かした。フランスなどとの国際共同製作を多く手掛けてきたため、日本の制作環境とのギャップも実感しているという。「日本では、生活を犠牲にせざるを得なかったり、キャリアをギブアップしなきゃいけないところがあるが、変わらないといけないと強く思った。今、託児所を作ったり、女性同士が課題を話し合う場が生まれているので、意識をアクションに変えていきたい」と話した。
日本の労働環境の課題については、高畑さんも「これから、自分が当事者として『ここがもっとケアされると働きやすい』という部分が出てくると思うので、我慢しなきゃと思わないで提案を声に出して、女性たちが働きやすい環境を作るための一つの動きになっていきたい」と抱負を述べた。
(取材・文=若田悠希/ハフポスト)
