中国の『中央テレビ』によると、習近平主席は4月12日、トランプ大統領と電話会談し、北朝鮮問題について「平和的問題解決」の必要性を強調した。
フロリダで長時間会談した習近平主席が、1週間もしないうちに電話会談をするのは異例のことだ。中国側が米国側の対応に危機感を抱いていたことを窺わせる。
習近平主席がトランプ大統領を説得
トランプ大統領は11日、『FOXビジネス』とのインタビューで、空母カール・ビンソンなどの空母打撃群を朝鮮半島に向かわせたことについて、「強力な艦隊を派遣した。空母よりずっと強力な潜水艦もある」と北朝鮮を威嚇した。
そして翌12日には記者会見で、北朝鮮問題で習近平主席が「正しいことをしたいと考えている」と述べ、中国の動きを肯定的に評価した。
だが、これに対して中国の王毅外相は4月13日、「武力で問題は解決できない。中国は朝鮮半島で混乱や戦争が起きることに反対する」と米国の動きをけん制した。
同日、トランプ大統領はホワイトハウスで記者団に、「北朝鮮は問題だが、問題は解決される」とし、習近平主席が「非常に熱心に取り組む」と語り、中国の働き掛けで問題を解決する自信を示した。
この動きは、習近平主席が4月12日の電話会談でトランプ大統領を説得したような感じを与えた。
一方、北朝鮮の韓成烈(ハン・ソンリョル)外務次官は4月14日、平壌でAP通信のインタビューに応じ、6回目の核実験は、最高指導部が適切と判断した任意の時刻、場所で行われるだろうと語り、北朝鮮への圧迫を強める米国などを牽制した。
「圧迫」と「関与」
こうした中で複数の米メディアは4月14日、米国の新たな北朝鮮政策が約2カ月の討議を経て、北朝鮮の非核化に向けて「最大限の圧力と関与」で臨む方針を決めた、と報じた。
前回記事の冒頭で指摘したように、米国は軍事力により金正恩(キム・ジョンウン)政権を転換することから、北朝鮮を核保有国として認めることまで幅広い政策を討議してきたが、最も強硬な「体制転換」や、最も柔軟な「核保有国認定」は外し、圧力と外交で非核化を目指すという常識的な線で落ち着いたとみられる。
これは4月に米国家安全保障会議(NSC)で決まったとされ、ティラーソン国務長官の4月9日の柔軟な発言は、この新たな対北朝鮮政策を受けてのものだった可能性がある。
米国が「体制転換」を当面の政策から外したことは、北朝鮮への大きなメッセージになり得る。
但し、この「体制転換」を外したことが武力行使をしないということと同義なのかについては、明確ではない。
体制転換につながるような大規模軍事行動は取らないが、部分的な軍事行動は容認する可能性があるのかどうか。
この点に関してマクマスター大統領補佐官は4月16日、『ABCニュース』とのインタビューで「すべての選択肢がテーブルの上にある」としながらも、「平和的な解決のため、武力行使には至らないあらゆる行動を取る」と語り、武力衝突は避けたいとの意思を示した。
「最大限の圧力」については、中国の協力を重点に置いた圧迫政策とみられる。
注目したいのは、「最大限の圧力」とともに「関与」が政策手法として掲げられたことだ。
「最大限の圧迫」が金正恩政権の崩壊などの「体制転換」を求めないのであれば、「最大限の圧迫」で北朝鮮を対話に導くというプロセスは残ったことになる。
簡単に言えば、従来の「アメとムチ」の政策から「ビフテキとハンマー」に変わったのかもしれない。圧迫と関与にメリハリを付ける政策である。
かつてペリー元国防長官は、北朝鮮問題の解決について「ペリープロセス」を提示した。それは「平和共存」と「封じ込め」の2案を北朝鮮に提示して解決を迫るものであったが、その手法は今日もまだ有効であるかもしれない。
「日本本土・沖縄・グアム」米軍基地が照準
中国の王毅外相は4月14日、朝鮮半島情勢について「一触即発の危険な局面であり、高度な警戒に値する。
後戻りできない事態となる前に、挑発や脅迫をやめるよう呼び掛ける」と述べ、6回目の核実験も辞さないとする北朝鮮と、空母を朝鮮半島周辺に向かわせた米国を強く牽制した。
『中国中央テレビ』は同日、中国国際航空が15日から北京―平壌便の運行を取りやめると決定したと報じた。
利用客が少ないためとしたが、中国による北朝鮮への圧迫強化の一環ではないか、という見方も出た。ところが4月24日になり、中国国際空港は同便の運行を5月5日から再開するとした。中国側の意図が読めない措置だ。
一方、北朝鮮の朝鮮人民軍総参謀部は4月14日、「委任により」とした上で報道官談話を発表した。「委任により」は、明記は避けながらも金正恩最高司令官の「委任」を示唆したものだ。
談話は、韓国の「烏山、群山、平沢をはじめとする米軍基地と青瓦台(大統領官邸)を含む悪の本拠地をただの何分間かで焦土化することを隠さない」とした。
さらに「原子力空母を含む図体が大きい目標が近くに接近すればするほど、殲滅的打撃の効果は大きくなるであろう」「日本本土と沖縄、グアムをはじめとする太平洋地域内の米軍基地はもちろん、米本土までわれわれの戦略ロケット軍の照準鏡の中にあることを肝に銘じなければならない」と威嚇した。
さらに北朝鮮は、金日成(キム・イルソン)主席誕生105周年の4月15日には、軍事パレードでICBM(大陸間弾道ミサイル)とみられるミサイルなどを多数登場させて、国際社会を威嚇した。これについての詳しい分析は後述したい。
そして翌日の4月16日、北朝鮮は再び新浦付近から弾道ミサイル1発を発射した。
発射実験は失敗と見られた。このミサイルの種類については明らかではない。
米政府当局者は、4月5日に失敗したミサイルとともに、移動式発射台で発射する液体燃料を使った1段式の新型ミサイル「KN17」ではないか、という新たな可能性を指摘した。米国は、この「KN17」はスカッドミサイルを改良した新型の対艦ミサイルではないかとみている。
中国外交のトップである楊潔篪国務委員は4月16日、ティラーソン米国務長官と電話会談し、朝鮮半島情勢について意見交換した。北朝鮮のミサイル発射について協議したとみられる。
北上していなかった空母「カール・ビンソン」
日本時間の4月18日、驚くべきニュースが飛び込んできた。米軍事専門誌『ディフェンス・ニューズ』が現地時間前日、朝鮮半島に向かっていたはずの空母カール・ビンソンが同15日時点で朝鮮半島から約5600キロ離れたインドネシア周辺を航行していた、と報じたのだ。
同誌によると、カール・ビンソンはシンガポールを出港したが、朝鮮半島に向かわずインド洋でオーストラリア海軍との演習に参加し、4月15日になってインドネシアのジャワ島とスマトラ島の間にあるスンダ海峡を通過したという。
韓国の『聯合ニュース』は4月11日、韓国軍関係者の話として、カール・ビンソンは4月15日頃朝鮮半島近くに到着するとみられる、と報じていたのにもかかわらず、である。
トランプ政権のお粗末ぶりが露呈したというしかない。
『CNNテレビ』はホワイトハウスと国防総省との連絡ミスだとしたが、そんなことがあり得るのだろうか。
マティス国防長官は4月11日の会見で、オーストラリアとの演習は中止されたと語っており、これも虚偽だったことになる。
トランプ大統領は「強力な艦隊を派遣した。空母よりずっと強力な潜水艦もある」と北朝鮮を威嚇していたが、それは実態のないものだった。
ホワイトハウス報道官は19日の会見で、「カール・ビンソンがすぐに朝鮮半島に行くと言ったことはない。朝鮮半島に向かっているのは事実」などと抗弁しているが、危険極まりない弁明だ。
一部では、トランプ大統領特有の不確実性を駆使した戦術とか、北朝鮮の挑発を抑え込むための意図的な戦術とする見方も出ているが、これも極めて危険な発想だろう。
米軍やホワイトハウスの発表に虚偽があり得ることが前提になれば、米国の信頼性は失われてしまう。また北朝鮮が、米国の威嚇が「張り子の虎」と誤った判断をすれば、今後、偶発的な衝突を招く危険性が出てくる。
「テロ支援国」再指定を検討
ペンス米副大統領は4月16日から韓国、日本、中国を歴訪し、月17日には南北の軍事境界線がある板門店を視察した。
その上で「すべての選択肢を検討している」と述べ、軍事的選択肢も排除しない考えを改めて示し、「北朝鮮は同盟国を支える米国の決意を読み誤ってはならない」と話した。
同日午後、ソウルで黄教安(ファン・ギョアン)大統領代行と会談した後の共同会見では、「戦略的忍耐は終わった」「北朝鮮はトランプ大統領の決意や米軍の力を試すべきではない」と強い警告を発した。
さらにティラーソン米国務長官が4月19日、国務省で会見し、北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定することを検討していると明らかにした。
北朝鮮は1987年の大韓航空機爆破事件によって翌1988年にテロ支援国に指定されたが、ブッシュ政権下の2008年に解除された。
マレーシアでの金正男(キム・ジョンナム)氏の殺害などを受け、米下院は北朝鮮をテロ支援国に再指定するよう国務省に求める超党派の法案を、4月3日に賛成多数で可決した。
米国は北朝鮮に既に厳しい制裁を課しており、テロ支援国に再指定されたからと言って具体的な不利益が増えるわけではないが、「不良国家」としてのレッテルを貼られることになる。(つづく)
平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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(2017年5月2日フォーサイトより転載)