12月上旬からニューヨーク、ワシントンに10日間余り滞在し、2016年米国大統領予備選挙及び本選挙の展望について民主党系、共和党系の関係者や元米国政府関係者、シンクタンクの米国政治の専門家、コンサルタント、あるいは、大統領予備選挙を担当しているメディア関係者らとの意見交換を重ねて帰国の途に就いた。民主党の大統領候補指名獲得争いはヒラリー・クリントン前国務長官の優勢が揺らがないため、ほとんどの意見交換では圧倒的に多くの時間が共和党について費やされた。
とりわけ、共和党を支持している関係者との意見交換では、共和党による8年ぶりのホワイトハウス奪還に関する楽観的見方はほとんどなされず、反対に、現在の共和党の混乱ぶりに対する困惑や懸念が相次いでしめされた。
穏健派有力政治家らの不振
筆者は半年前の6月上旬から中旬にかけてもニューヨーク、ワシントンで意見交換を重ねていたが、当時は出馬表明を行ったばかりのジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事が各種世論調査で20%を上回る支持率を獲得して優勢に選挙キャンペーンを始動させていた。父、兄が大統領を務めたためにブッシュ家が築いてきた共和党内の主流派や経済界との強固なネットワークに支えられ、ブッシュ氏の政治資金集めも極めて順調に推移していた。その時点でブッシュ氏の「フロントランナー」としての地位は盤石に映っており、2016年大統領選挙はブッシュ氏とクリントン氏の直接対決になるとの見方が専門家の間でも支配的であった。
だが、あれから半年が経過し、現在のブッシュ氏の選挙キャンペーンはまったく精彩を欠いている。8月以降、5回にわたり行われた共和党大統領候補テレビ討論会でも、実業家兼テレビパーソナリティのドナルド・トランプ氏やマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州選出)、テッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出)らと比較すると、ブッシュ氏は優れたディベート能力を有権者に示すことができず、そうした選挙キャンペーンを反映して政治資金集めも次第に低調となり、現在、まさに瀬戸際にまで追い込まれている。
このまま1桁台前半の低水準での支持率に改善が見られず、第4四半期(10~12月)の政治資金集めも芳しくないことが判明した場合、アイオワ州党員集会を待たずに自ら撤退を決断せざるを得ない可能性を共和党系の米国政治専門家は指摘していた。
当初は有力と見られていた候補者が選挙キャンペーンで不振に陥っているのは、ブッシュ氏だけではない。クリス・クリスティ・ニュージャージー州知事、ジョン・ケーシック・オハイオ州知事といった、現在2期目を務めている北東部や中西部の実績のある穏健派の現職知事2人も厳しい選挙キャンペーンを強いられている。こうした現・元州知事の不振は、現在の共和党系有権者の間で「反エスタブリッシュメント」、「反既成政治」といったムードが根強く、既成政治に対する不満がいかに強く渦巻いているかの証左であると考えられる。
共和党の混乱状態を反映した候補乱立
今回の共和党大統領候補指名獲得争いには現時点で14名が出馬しているが、これだけ多くの候補が出馬しているのは、合衆国憲法修正第22条で大統領の3選禁止が規定され、現職であるオバマ大統領が出馬できないために「オープン選挙」となったことだけが理由ではない。むしろ、共和党という政党が同質性を失って分裂しつつあり、それが「候補乱立」という形となって表れていると筆者は分析している。
半年前にニューヨーク、ワシントンでの意見交換を終えて帰国したが、ワシントンを離れる前日にトランプ氏がニューヨーク・マンハッタンにあるトランプ・タワーで出馬表明を行っている。メキシコ系不法移民やシリア難民の受け入れ拒否、イスラム教徒の米国入国拒否をはじめとする数多くの発言で物議を醸してきたトランプ氏は、出馬表明直後の7月から現在までの5カ月間、共和党の大統領候補指名獲得争いで「フロントランナー」の地位を依然として維持し続けてきている。
前回の2012年共和党大統領候補指名獲得争いでは、ハーマン・ケイン氏やミシェル・バックマン下院議員(ミネソタ州第6区選出、当時)が注目を集め、各種世論調査でトップに躍り出たことがあったが、それは一時的であった。今回はトランプ氏だけではなく、元神経外科医のベン・カーソン氏も一時高支持率を集めて注目を浴びる存在となったが、公職経験が全くないこれら2候補が共和党系有権者の過半数以上の支持を獲得してきたこと自体、共和党の過去の大統領候補指名獲得争いを振り返っても極めて稀有である。
共和党候補に目立つ「ネガティブ主張」
意見交換を通じて数多く交わされたのは、「共和党とは一体何か」との議論である。不法移民対策や対「イスラム国(IS)」掃討戦略をはじめとして、各候補の訴えには大きなばらつきが顕著である。しかも、党内の「不満」や「怒り」が表面化し、オバマ政権や与党民主党に対する「批判」や「攻撃」ばかりが目立ち、ポジティブな主張よりネガティブな主張が目立つようになっている。トランプ氏に象徴される一連の共和党候補の発言は、共和党の政党としてのイメージに既に大きな傷をつけている。
トランプ氏「共和党離党」の可能性
こうした中で、共和党関係者が異口同音に懸念を示していたのが、指名獲得争いが長期化する事態が生じることである。
トランプ氏は、米国経済の先行き不安や安全保障上の不安を抱く低所得層を中心に支持を広げている。クルーズ氏は社会的保守派勢力の間に支持を広げており、とりわけ、キリスト教保守派勢力の支持が強固であるアイオワ州や南部諸州での善戦が予想されている。他方、ブッシュ氏に代わる「エスタブリッシュメント候補」として、クリントン氏に勝利できる可能性が高いとの各種世論調査結果が明らかになっているルビオ氏への共和党系有権者の支持も広がりつつある。トランプ、クルーズ、ルビオという3人の候補で「三つ巴」の争いが展開された場合、指名獲得争いが長期化する可能性があり、そうした事態は党内の分裂状況を露呈することになりかねない。
いずれの候補も指名獲得に必要となる過半数の代議員を獲得できないまま、2016年7月18日からオハイオ州クリーブランドで開催される共和党全国党大会を迎える事態が生じると、共和党にとっては悪夢である。そうなれば全国党大会は膠着状態に陥り、共和党の混乱状態を有権者に印象づけることになる。
共和党にとりさらに深刻なのは、ポール・ライアン下院議長(ウィスコンシン州第1区選出)ら共和党主流派がトランプ氏のイスラム教徒の米国入国禁止発言を厳しく批判し始めているが、こうした展開に対して、トランプ氏が共和党を離党して無所属からの出馬を決断する可能性があることである。そうなった場合、一定の共和党支持者がトランプ支持へと流れることになる。このままでは、共和党は予想以上の厳しい事態に直面する可能性がある。
足立正彦
住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。
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(2015年12月18日フォーサイトより転載)