籠池「逮捕直前」最後の咆哮:安倍政権「凋落」ならば本望だ!--伊藤博敏

「私は逮捕されるが、そのことで国民が、安倍政権をますます見放すことになれば本望だ」

「安倍(晋三首相)さんの正体が見えてきた。(自民党総裁の)3選はとても無理だし、あの人にやらせたら大変なことになる。私は逮捕されるが、そのことで国民が、安倍政権をますます見放すことになれば本望だ」

7月上旬、大阪市内のホテルで行った2時間以上に及ぶインタビューの最後を、籠池泰典・森友学園前理事長(64)は、こう締めくくった。実際、そうなった。

高支持率を背景に、菅義偉官房長官らによる危機管理能力も高く、磐石に思えた安倍政権が、都議選大敗と支持率の急落に揺さぶられている。このままでは、大願の憲法改正どころか前提となる3選も危うい。

そのきっかけを作った籠池前理事長だったが、大阪地検特捜部は7月27日の1回目に続いて7月31日、2回目の任意聴取を行い、そのまま籠池前理事長と妻の諄子(じゅんこ)容疑者(60)夫妻を逮捕した。容疑は、国や大阪府の補助金を不正受給したという詐欺の疑い。今後は、森友学園に対して国有地を8億円あまりも安く払い下げた財務官僚らの捜査も控えており、「忖度させたのは誰か」を含め、安倍政権も無傷ではいられない。

「安倍さんしかいない」

諄子容疑者の天衣無縫の強烈なキャラクターと、安倍夫妻に100万円を返そうとする籠池容疑者の摩訶不思議なパフォーマンスなどもあって、ワイドショーで"きわもの"扱いされていた感はある。だが、籠池容疑者の行動力と事態に対する反射神経、粘り強く交渉し、流れを引き寄せようとする精神力はただ者ではない。

私が、籠池容疑者をインタビューしたのは2度。最初は、3月23日の国会証人喚問で、昭恵夫人との関係と100万円授受について気後れすることもなく明確に語り、説明能力の高さを見せつけた直後だった。

この時も2時間半に及ぶロングインタビューだったが、2月9日の事件発覚から2カ月も立っておらず、しかも財務官僚の「10日間ほど身を隠せ」という指示に従ってホテルを転々とし、その後、顧問弁護士の「(瑞穂の國記念小學院の)認可申請を下ろした方がいい」という言葉通りにしたら、ますます窮地に立つなど、いろんな勢力に翻弄され、誰が敵で誰が味方か、何を行うのが正しいことかが明確には見えていない状態だった。

しかし、それから3カ月――。「濁流のなかの当事者だから、すべてが見えてきた」(籠池容疑者)という。

「神風が吹いた、と言って過言ではないほど小学校の認可と建設は順調に進んだ。ところが、それに関与した人たちが、今年の2月下旬以降、掌返しで離反していき、その結果、中断に追い込まれてしまった。誰が、そう仕向けたのか。財務省理財局や大阪府の松井一郎知事を動かせるだけの力を持っているのは、安倍さんしかいない」(同)

安倍批判はとどまるところがなかった。

「靖国神社に行かない。北朝鮮の拉致問題に本気で取り組まない。TPP(環太平洋経済連携協定)を推進、大企業にばかり目を向けて農業を推進しない。対米追従はカモフラージュで、いずれ日本をいい方向に持って行くと思っていたら、その気はない。共謀罪を強引に通し、国民生活を息苦しくさせている......」

自身にかけられた容疑と批判の声はそっちのけで、舌鋒鋭くまくし立てていた。愛情が強ければ強いほど、離反した時の憎しみは深くなる。

「教育勅語」との出会い

2006年9月に第1次安倍政権が誕生し、最初の1年で外交、防衛で多くの仕事をこなし、著書『美しい国へ』(文春新書)で、「日本を自信と誇りをもてる国にしたい」と訴え、その文脈のなかで教育基本法の改正に踏み込んだ安倍首相に対し、籠池容疑者は「いよいよホンマもんが出てきた」と思ったという。

その時、既に小学校建設を構想していたが、多くの難問を抱えていた。第1に、大阪府では幼稚園法人に小学校の運営を認めていなかった。第2に、小学校建設には運動場を含む広大な土地を確保する必要があった。そして第3に、用地代を含めると20億円に達する資金調達にかからねばならなかった。

そこに至る籠池容疑者の精神史はどのようなものだったのか。

特攻隊の生き残りで「生長の家」の信者だった籠池容疑者の父は、籠池容疑者に対して「国運の発展と国力の増強のために寄与せよ」と、口癖のように言い聞かせたという。

また、「生長の家」の創始者である谷口雅春は、明治憲法復活と占領体制打破を訴える保守的言論活動で知られ、その思想は1960年代、全共闘に抗する民族的な右翼学生運動に受け継がれていた。

そうした環境のなか、籠池容疑者は宗教活動を行いつつも右翼運動にのめり込むようなことはなく、関西大学を卒業後、奈良県庁に就職、県職員となった。教育者になったのは、塚本幼稚園を運営する森友学園創業者の娘・諄子容疑者と結婚したためで、当時、塚本幼稚園は"普通"の幼児教育を行っていた。それを、「教育勅語」を暗唱するような愛国教育に変えるのは、バブル期を経てからである。

「拝金主義が横行し、精神性が失われ、国旗国歌がないがしろにされるなど、このままではマズイ、と危機感を覚えるようになった。そんな時に出会ったのが教育勅語。『朕思うに』の部分は別にして、その徳目には素晴らしいものがあると感嘆した」(籠池容疑者)

それが不惑の40歳を過ぎた頃。塚本幼稚園はやがて愛国教育で有名になるが、15年ぐらい前からは、「塚本幼稚園の教育を小学生へと継続させたい」と、小学校認可に取り組むようになった。同時に、社会活動としては1997年に設立された「日本会議」に参加。後には運営委員となる。

昭恵夫人との人間関係が「神風」

日本の伝統と感性を重んじ、その文化を継承しつつ海外に情報を発信し、日本の名誉と国民の命を守る一方で世界平和にも貢献する、という「日本会議の目指すもの」に反対する人はいないだろう。ただ、それを実現する手段として、靖国参拝による国家の名誉の回復、憲法改正による日本秩序の回復、国家を重んじる人材育成のための教育改革などを訴えられると、異論が噴出する。

だが、「父の教え」に始まる精神史のなかで「神国日本」に行き着き、「教育勅語」を精神的支柱とする教育を行っていた籠池容疑者が、日本会議を活動拠点にするのは自然なことだった。同時に、期待されて船出した第1次安倍内閣の改憲、教育改革、国土と家族と自然を守る保守主義に賛同した。

それが安倍昭恵夫人への接触につながり、来るもの拒まず、スピリチュアルな精神で人とのつながりを持とうとする昭恵夫人は、籠池夫妻の教育方針に感銘する。それは保守性や思想性ではなく、園児が「教育勅語」を暗唱、論語を素読する"可愛らしさ"と、そうさせた夫妻への素朴な共感だった。

この時点で、籠池容疑者に「安倍夫妻利用」の思惑がなかったと言えば嘘になる。実際、当初予定していた「安倍晋三記念小学校」というネーミングと、その名で寄付を集めようとした行為に、相当の思惑が窺える。また、昭恵夫人が「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長に就任。その後、「夫人付き」の経産官僚が籠池容疑者の要望を取り次いだことで、国有地の賃料などで「満額回答」を引き出しており、籠池容疑者にとって、昭恵夫人との人間関係が「神風」となったことも紛れもない事実だ。

「嘘はイカーン!」

「安倍夫妻利用」は、資金繰りの苦しさと関連している。「小學院」の建設は志から発したものだが、資金不足は明らかだった。森友学園が作成した「収支計画・借入金返済計画概要」によれば、2014年度の学園資金は約2億2400万円で、学校建設に使う「第2号基本金」も積み立てていなかった。そのため、「小學院」の認可申請を審査した大阪府私立学校審議会は、2015年1月、「認可適当」を出す際、「財務状況を確認する」などの条件を付けた。

籠池容疑者が期待したのは、全国的に「愛国教育」で有名となった森友学園への寄付、それに学園資産と銀行からの借入金である。資材費高騰もあって、建築費は7億5600万円のつもりが15億5000万円に跳ね上がった。その代わりに、財務官僚が「いくらなら国有地を買えますか」と「忖度」してくれたおかげで8億2000万円値引きされ、土地は1億3400万円で購入できた。

この値引きが、2月9日、『朝日新聞』のスクープによって表面化しなければ、負債は大きいものの、「日本唯一の神道系小学校」としての寄付、銀行融資、そして入学金や授業料などによって回転を始める、というのが籠池容疑者の計算だった。

疑惑発覚当初は、「(籠池氏の)教育に対する熱意は素晴らしいと聞いている」と語った安倍首相は、2月24日、「しつこい人」と掌を返し、それ以降、流れは変わった。大阪地検特捜部は、官邸の意向を受けて捜査着手。「ワルは籠池」を前提に立証する国策捜査とは言え、籠池容疑者らによるごまかしの証拠は、数々残されていた。「小學院開設のための無理の積み重ね」と言えなくもないが、そんな身勝手な理屈が通るわけもなく、逮捕の流れは変えられなかった。

ただ、テレビカメラを自宅に引き入れ、特捜部の家宅捜査の様子を放映させ、即席の記者会見を何度も開いて安倍政権の「歪み」を訴える。さらには都議選の最終日に秋葉原に出向き、「嘘はイカーン!」と声を張り上げるなどのパフォーマンスは、同時期に進行していた「加計学園疑惑」との対比において、確実に官邸主導の歪みを現出させ、安倍政権の支持率低下につながった。

「官邸の力」

籠池は葬り、加計は助ける――。その違いが、安倍政権と安倍首相個人との手前勝手な「距離感」「都合」でしかないことに国民は気付いている。

加計孝太郎氏は一切、口を閉ざしているが、文科省官僚を次々と学園に迎え入れ、下村博文元文科相のもとに学園秘書室長が日常的に出入りして献金をあっせんし、萩生田光一官房副長官を客員教授に迎え入れ、安倍首相とは食事とゴルフを頻繁に行う仲であることも、すでに国民には周知である。

まさに「政商」と言っていい存在で、検察が「政界と政治家を監視する」という本来の機能を発揮すれば、森友学園同様、加計学園疑惑も捜査しなければならなかった。今治市に建設中の新設獣医学部の校舎建設坪単価は、通常の大学病院の倍近い約150万円。逢沢一郎代議士のファミリー企業が受注したことと合わせ、ツッコミどころ満載。建設費の半分が補助金であることを考えれば、補助金詐取を疑うこともできよう。

だが、検察は捜査しない。それも「官邸の力」であり、法務・検察官僚の忖度であることに、国民は薄々気が付いている。支持率低下は、国民を舐めきった国会運営を含めた安倍「一強」政権への大ブーイングである。

ただ、そこに籠池容疑者の言うような、安倍首相の「保守の変節」があったかどうかは議論の分かれるところだろう。そもそも昭恵夫人のワケのわからないスピリチュアルとそれを許す安倍首相に、「真正保守」の魂が宿っていたとは思えない。改憲は、尊敬する祖父・岸信介元首相の遺志を継ぐもので、「美しい国」は、そうありたいと願う国民一般と同じ保守性であって思想ではない。

安倍首相には籠池容疑者に対する感情移入もなく、連帯する気持ちも同調する精神もないから、スッパリと切った。その程度の人間を「小学校」の冠にしようとした我が身の不明を恥じる気持ちが、時に奇矯とも思えるパフォーマンスにつながっているとの思いが、少なくとも籠池容疑者本人にはある。ただ、それが狙い通りに安倍政権の凋落につながっているのだとしたら、籠池容疑者は逮捕と引き換えに"本懐"を遂げたと言えるのかもしれない。

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伊藤博敏

ジャーナリスト。1955年、福岡県生まれ。東洋大学文学部哲学科卒。編集プロダクションを経て独立。とりわけ経済事件の取材に定評があり、数多くの週刊誌、月刊誌、ウェブニュースサイトなどに寄稿。主な著書に『許永中「追跡15年」全データ』(小学館文庫)、『「カネ儲け」至上主義が陥った「罠」』(講談社+α文庫)、『黒幕』(小学館)などがある。

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(2017年8月1日フォーサイトより転載)

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