1月6日の「水爆実験」と称する核実験に対する国連安保理による追加制裁が定まっていない中、2月7日に北朝鮮は衛星を搭載した新たなロケットの打ち上げを実行した。2006年から連綿と続く安保理の北朝鮮制裁決議では「弾道ミサイル技術を用いた活動」は全てミサイル活動に含まれており、今回の「衛星の打ち上げ」も弾道ミサイル技術を用いているため、明らかな安保理決議違反である。
国際社会――とりわけ米中の間――で、北朝鮮への追加制裁に合意できない状況が続く中、北朝鮮の暴挙は留まるところを知らない。かつての金正日体制であれば、少なくとも中長期的には、核開発やロケットの打ち上げを「手段」として、米国との直接協議や六者会合での交渉を優位に進めるという「目標」があるように見えた。しかし、現在の金正恩体制では、そうした方向性が見えてこない。それだけに国際社会は北朝鮮とどのように向き合ってよいのかが分からなくなっている状態にある。
北朝鮮は何を目指しているのか
少なくとも、技術的な観点から見れば、1月の核実験は「水爆」を開発することを目的としていると見られる。水爆は原爆よりも小さな質量で巨大な破壊力を発揮する兵器である。また、核兵器を小型化することにつながるため、ミサイルの弾頭として設置するのに近づくものでもある。
また、今回の衛星打ち上げは、ロケットの大きさは2012年に行われた前回の銀河(Unha)3号の打ち上げとほぼ同じ大きさではあるが、第1段、フェアリングの落下にかかる時間が以前よりも短くなっており、その点から見ると、2012年よりも高い性能を持ったエンジンを搭載したロケットになっているものとみられる。ロケットエンジンが改良されたということは、将来、北朝鮮が大陸間弾道弾を開発した場合、より遠くへ運搬する能力が高まったということを意味する。
また、韓国の国家情報院は衛星の重さが2012年の前回打ち上げの時は100キログラムと公表されていたが、今回は200キログラムだと推定しているようである。そうなると、以前よりも倍の能力を持つロケットに改良されていると見ることも出来るが、しかし、200キログラムはロケットの能力としてはまだ十分ではなく、小型化した核弾頭を北米大陸まで到達させることは難しいと考えられる。
この3つを合わせて考えてみると、北朝鮮は核を小型化し、ロケット能力を向上させるという技術的方向性を加速させていることは確かであろう。その意図はどこにあるのかと考えると、やはり最終的にはアメリカに向けて核を発射できる能力を身に付けるということ以外に、現状の技術開発の方向性を合理的に説明できるものはない。しかし、それが最終目的だとすると1つ大きな疑問点が残る。
「ミサイル」と「ロケット」の違い
日本と韓国、そしてアメリカは今回のロケットの打ち上げを「ミサイル」ないしは「事実上のミサイル」としている。しかし、今回の打ち上げを「ミサイル」とするには重要な要素が欠けている。それは再突入技術である。
衛星を軌道に投入するためのロケットと、弾頭を地上のどこかに落として破壊するミサイルは、多くの点で共通している。大気圏の外まで物体を運ぶためのエンジン、燃料、機体の設計などなど、両者は宇宙に出るまではほぼ同じ技術と言ってよい。
出典)David Wright, "Trajectory of Satellite Launch vs. ICBM Launch", Union of Concerned Scientists, April 9, 2012
しかし、上の図にあるように、弾道ミサイル(ICBM)と衛星打ち上げロケット(Unha-3)は宇宙に出てから決定的な違いが生まれる。
弾道ミサイルは早期に燃焼を終え、そのまま放物線を描いて高度を上げ、最終的には地球の引力に引き戻される形で大気圏に再突入して目標に到達するように設計されている。
逆に衛星打ち上げロケットは、第1宇宙速度(秒速7.9キロメートル)を獲得するため、燃焼を続け、地球の引力に負けないだけの速度で地球の周りを周回させる。そのため、衛星打ち上げロケットから放出された物体は大気圏に再突入することを目的としておらず、将来的に地球の引力に引き戻されて落下するときも、そのまま大気との摩擦(正確には熱の壁による空力加熱)によって燃えてしまうような作りになっている。
「再突入技術」は未完成か
つまり、打ち上がったロケットがミサイルなのか、衛星打ち上げ用のロケットなのかは、大気圏に再突入することを前提としているか、していないかの違いがある。
しかし、北朝鮮は過去に1度も再突入の実験をしていないのである。2012年の衛星打ち上げも一応衛星を軌道に投入したが、それがきちんと機能せず、大気圏に突入して燃え尽きてしまったが、今回も打ち上げた後に物体を軌道上に放出し、地球を周回していることが確認されている。つまり、北朝鮮はミサイルを開発しているとしても、1番大事な再突入の技術が完成しているかどうか定かではない。
故に、前回の2012年の打ち上げも、今回の打ち上げも、ミサイルとしては不完全であり、それゆえアメリカや韓国が「ミサイル」と断定することは不適切であり、日本が「事実上のミサイル」というのも、正鵠を射ているとは言い難いのである。もしミサイルとして打ち上げられたのであれば、再突入することが確認されてはじめてミサイルと呼ぶことが出来るだろう。
では、なぜ北朝鮮は再突入の技術を開発しないのであろうか。これは開発していないのではなく、まだ開発しきれていないと見るのが適切だろうと筆者は考えている。
かつてソ連が大陸間弾道弾を開発する際、再突入技術が確立できなかったが、共産党指導部からの圧力があり、何とか実績を出さなければいけなかったため、再突入が不要な衛星の打ち上げに切り替えた、という過去がある。その時打ち上げられた衛星こそ、かのスプートニク1号であった。それほどまでに再突入の技術は容易なものではないのである。
1957年の時とは異なり、再突入技術はいくつかの国が保有しているが、その管理は厳しく、かりに技術情報だけを盗み取っても、それを実現することが難しいのではないかと考えられる。そのため、当面は衛星打ち上げでロケット技術をマスターし、その上で再突入技術を確立しようとしているのではないか。
安保理は何が出来るか
既に2006年から数度にわたって北朝鮮の核開発、ミサイル活動に関する制裁は強化されてきた。北朝鮮への制裁ではミサイルやロケットの部品や技術を輸出することが禁じられているが、それでも様々な方法でこれらの部品や技術を入手し、また自前で部品を作るなどしてロケットの開発を続けてきた。これを止めるためには従来の制裁だけでは不十分と言えよう。
そうなると、1月の核実験と今回の衛星打ち上げに対して、更に懲罰的な制裁、つまり以前の記事で説明したような金融制裁等による制裁の強化が必要となってくるであろう。
しかし、核実験の後も米中の間で制裁強化策については合意が取れず、1カ月以上ももたもたしている間に今回の衛星打ち上げが実行されてしまった。その意味では、新たに安保理が出来ることは限られているともいえる。
しかし、2月7日(日本時間2月8日未明)に発表された安保理の議長声明では、「安保理は核実験とロケット打上げという、危険かつ深刻な決議違反に対処する措置を含む新たな決議を迅速に(Expeditiously)採択する」となっており、米中共にこの声明に同意している(していなければ拒否権が行使され、議長声明は採択されない)。
今回の衛星打ち上げで、いよいよ中国が重い腰を上げ、北朝鮮をこのまま放置していたら、より状況が悪化するということを認識し、そのために何らかの措置をとることが必要だということが合意されたと見ることは可能である。
安保理議長声明は法的な拘束力があるわけではなく、中国が今後も制裁強化に反対し続ける可能性も残っている。しかし、中国もこのまま何もしなければ、国際的な責任を果たすことができない大国としてのレッテルを貼られる結果となり、グローバルな大国としての立場も傷つくであろう。そのためにも、安保理による制裁強化に同意し、北朝鮮に圧力をかけること以外に中国が真にグローバルなパワーとして生きていく道はないように思える。
鈴木一人
すずき・かずと 北海道大学大学院法学研究科教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。
(2015年2月8日フォーサイトより転載)