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2018年06月08日 14時18分 JST | 更新 2018年06月08日 14時18分 JST

「炎の男」「ケープペンギン」「食肉加工場」――世界「最前線」報道写真家が捉えた「今」--フォーサイト編集部

じっと写真と向かい合えば、その向こう側にある「ストーリー」が必ず見えてくる。

blackred via Getty Images

 燃え盛る炎が今にも男を飲み込もうとしている。必死に逃げる男。その顔がガスマスクで覆われているのは、どういう訳か——。

 この写真、東京都写真美術館で開催される「世界報道写真展2018」(6月9日~8月5日まで)の目玉作品なのだが、一見しただけでは、何時、何処で、何を撮影したものなのか分からない。

 かつては「即時性」と「分かり易さ」が1番に求められた「報道写真」に、変化が起きている。スマホとSNSを使えば、誰でも「カメラマン」になれる今日、改めて問われているのが「報道写真とは何か」ということだ。

約7万3000点から選りすぐりの160点

 世界報道写真財団(オランダ・アムステルダム)が毎年、行っている「世界報道写真コンテスト」の入賞作品を披露する同展は、今年で61回目。アムステルダムを皮切りに約45の国と地域を巡回し、日本では2002年から同展を開いてきた東京都写真美術館の他、4ヵ所を回るという。

「今年は125の国と地域から4548名が参加し、約7万3000点の応募がありました」

 とは、展覧会の主催者である朝日新聞社文化事業部の金内薫さん。

「応募作品の多くが前年に撮影されたものなので、コンテストには前年に起きた出来事が反映されます。今年はイスラム国からのイラク・モスルの奪還やミャンマーのロヒンギャ問題、アメリカの人種差別問題を扱った写真が特徴的でした。そこから毎年1~2月にかけて、10数名からなる審査員団が入賞作品を選考するのですが、メンバーは毎年、入れ替わります。主に報道記者や雑誌の写真編集者など、コンテストの各部門の専門家ですね」

 コンテストは、「現代社会の問題」「環境」「一般ニュース」「長期取材」「自然」「人々」「スポーツ」「スポットニュース」の全8部門。さらに、「長期写真」を除く各部門が単写真(1枚の写真)と組写真(複数の写真を1つのテーマで組み合わせたもの)に分かれている。

 それぞれの部門で単写真、組写真の上位3作品、計45作品が入賞し、最優秀作品に大賞が贈られるというわけだ。

 今回、展覧会には、大賞作品を含む選りすぐりの約160点が集結する。

近年増える「一捻りした写真」

 その中で印象に残った作品について、東京都写真美術館の伊藤貴弘学芸員に伺った。

「今回、自然部門と環境部門で4つの作品が入賞したトマス・P・ペシャクさんの写真ですね。彼は『ナショナルジオグラフィック』のカメラマンで、自然部門の常連だったのですが、今年から出来た環境部門にも進出しました。特に面白かったのは、自然部門2位と環境部門3位の単写真。どちらもペンギンを撮ったものなのに、全く趣が違います。自然部門の方は、イワトビペンギンの跳ぶ瞬間を捉えたストレートなドキュメンタリータイプの写真なのに、環境部門の方は一捻りした作品になっているのです」

 ケープペンギンの生息地として知られるアフリカ南西部ナミビアのハリファックス島で撮影されたもの(右)が、それだ。

「手前に見えるのは、1890年代後半に同じ場所で撮影された写真です。かつてこの場所には10万羽以上のケープペンギンが生息していたそうですが、今では絶滅危惧種に指定されている。過去と現在の対比によって、如何にケープペンギンの数が減り、生息範囲が狭まっているかということを、分かりやすい形で表しています」(同)

 このような「一捻りした写真」が近年、増えてきているという。

「例えば、一昨年、人々の部門の組写真で1位に入賞した日本の小原一真さんの作品です。彼は、チェルノブイリ原発事故が起きたウクライナの町に残っていた期限切れのフィルムで、体内被曝をした女性のポートレートを撮影しました。期限切れのフィルムを使っているので、像はどこかぼやけています。でも、それこそが過去と現在、つまり女性の生きてきた年月を表している。報道写真の本筋からは外れているかもしれないけれども、確かに伝える力がある。だからこそ世界報道写真コンテストで評価されたわけですが、今回、トマス・P・ペシャクさんが環境部門でも一風変わった手法を用いたことが新鮮でした」(同)

現代美術に通じる手法

 所得水準が急上昇している中国の食糧事情を10枚の組写真で伝えたこの作品も、「一捻り」あるという。現代社会の問題・組写真で2位になったアメリカのジョージ・スタインメッツ氏の作品だ。

「大量の丸鶏が吊るされている食肉加工場の作業ラインや、屋外に並んだ無数の食事テーブルなど、とにかくスケール感が異様。テーブルの写真は、パッと見ただけでは円状のものがたくさん並んでいることしか分からないのですが、実は江蘇省のザリガニ祭りの来場者が食事しているところを、ドローンで空撮したもの。こういった大スケールで人間社会の"ちょっと、おかしいよね?"というところを捉えるのは、現代美術に通じるものがあります」 

 確かに、その作品に3億円もの値が付くドイツの現代写真家、アンドレアス・グルスキーは、幅3メートルを超える巨大な写真に、数多のお菓子や人や道路を収める。

「報道写真家がこういった現代美術に似た手法を取り入れたり、一捻りある写真を撮るようになった背景には、やはり昨今のスマートフォンとSNSの波及があるのだと思います。誰もがスマートフォンで写真を撮るなり、SNSで発信できる今日、そうした写真との違いを際立たせるためには、報道写真の本筋である即時性や分かり易さ、正確性だけでなく、自分たちの意図や狙いを込めたものを撮らないといけないのでしょう」

 先の金内さんが続ける。

「毎年、報道写真とは何かという定義も多少、移ろいながら来ているなと感じます。ただ撮れば良いのか、報道写真とは何なのか、という問題意識が様々な方向性で現れる。そういう変化がありますね」

男女で分かれた配給の列 

 今年ならではの作品もご紹介しよう。

 一般ニュース・組写真で1位に入賞したアイルランドのイヴォール・プリケット氏は、昨年1月から9月にかけてイラク北部の都市モスルを取材。イラク政府がイスラム国からの奪還を宣言した後もなお戦闘が続き、市民が犠牲になっている現実を捉えた。

「この作品は10枚の組写真で、自爆テロ攻撃の現場や街の荒廃、配給の行列など、全体としてモスルの状況をよく表しています。こういった場所でも当たり前のように暮らしてる人たちがいて、彼らの日常と地続きで戦闘が起こっているのだという現実が伝わってくる。そういった点が評価されたのでしょう」

 市民が列をなして支援物資の配給に並んでいる写真は、色鮮やかなブルカと彼らの置かれた状況との明暗、コントラストが際立つ。

「いかに彼らが水と食糧不足に苦しんでいるかということだけでなく、この土地の文化をも物語っています。女性がかぶっているブルカ。その色の鮮やかさ。そして男女別の列。"あれ?何だろう?"と見る者に思わせるような、考えさせるようなポイントがあることも、評価に繋がったのでしょう。その背景にはイスラム圏の宗教や慣習にもとづく男女格差があり、簡単に論じることはできませんが、彼らが抱えている問題の1つです。恐らく現代社会が孕む問題には、明確な1つの答えというのがない。だからこそ、自分なりの答えが大事であり、自分の頭で考えるきっかけを与えてくれるような写真が評価されるのだと思います」

「ニュースを見て終わり」じゃない

 そんな「答え探し」に最適なのが、今年の大賞作品。冒頭でご紹介した「炎の男」である。

 スポットニュース・単写真で1位になったこの写真は、ベネズエラのロナルド・シュミット氏が昨年5月3日、独裁色を強めるニコラス・マドゥロ大統領への抗議デモで撮影。AFP通信に提供した。

「デモの様子を撮りたいなら、デモ隊と警官隊が向き合っている構図が一番分かり易いですが、それだと『デモの写真』で終わってしまう。対してシュミット氏の作品は、プリケット氏の写真と同様、"あれ?"という疑問が先ず浮かんできますよね。キャプションを読まないと、何の写真なのかも分からないでしょう。でも、だからこそ、見た人の想像力を広げられる。色んなストーリーを見た人なりに引き出せる。自分で考えたことで、最終的に事実に辿り着いた時に深みが増す。そういった面が、インパクトや炎の色合い、構図といったところと合わせて評価されたのだと思います」

 このデモでは、参加者の多くが頭巾や仮面、ガスマスクを着用し、放火や投石を行った。男性は、オートバイの燃料タンクが爆発した際、衣服に引火。その後、一命を取り留めたという。

「撮影されてから時間が経っても、人々に考えさせる力を持ち続ける写真というのが、世界報道写真展に展示されている作品の特徴です。ニュースを見て終わりではなく、もう1度、美術館に足を運んで、世界で起きたこと、これから起こることを考える。世界報道写真展は、そういう機会になる」

 金内さんが続ける。

「"ベネズエラのデモなんてあったっけ?"というのが、日本人の一般的な反応でしょう。日本と心理的、物理的距離が近い国の事柄に報道が偏りがちですかからね。でも、世界報道写真展には、世界中の色んな国や地域で撮影された写真が集まっている。日本にいただけでは分からないような世界の状況を知ることできます」

 展覧会では、スマホでの「答え探し」は禁止して、キャプションを読むのもしばし待とう。じっと写真と向かい合えば、その向こう側にある「ストーリー」が必ず見えてくる。

「世界報道写真展2018」

会場:東京都写真美術館

会期:2018年6月9日~8月5日

巡回:大阪・ハービスHALL

   大分・立命館アジア太平洋大学

   京都・立命館大学国際平和ミュージアム

   滋賀・立命館大学びわこ・くさつキャンパス

関連記事 (2018年6月8日フォーサイトより転載)