不可解な「米朝首脳会談」裏側の真実:NSC開催なし、内部対立、大統領メモ廃棄--春名幹男

トランプ大統領は自分が使った文書類や新聞の切り抜きの上に書き込みをしたり、○で囲んだりした後、捨ててしまう。
Bloomberg via Getty Images

 ドナルド・トランプ米大統領が先頭に立って、北朝鮮は「非核化」すると前評判を煽り続け、否が応にも期待感を高めた米朝首脳会談。結果を見て、がっかりした人が多かった。

 トランプ大統領は、過去のどの米大統領もなし得なかったことを実現する、と公言してはばからなかった。マイク・ポンペオ米国務長官も、完全かつ検証可能、不可逆的な非核化(CVID)だけが「唯一受け入れ可能な結果」と胸を張っていた。

 ところが発表された共同声明は北朝鮮側が「朝鮮半島の完全非核化への確固で揺るぎのない約束を再確認した」としか書かれていなかった。そもそも両国は「非核化」の概念で一致していないので、核弾頭からミサイル、プルトニウム、核施設まですべてを廃棄するのか、一部だけなのか、まったく不明。具体性を欠くこんな言葉だと、可能な限り多数の「核」を残したいと考える北朝鮮側の「勝利」は明らかだ。

 あの首脳会談の裏で一体何があったのか。

過去の米朝合意問題も確認せず

 トランプ政権のだらしない成果に、クリントン政権からブッシュ(子)、オバマ政権まで、対北朝鮮交渉を担当した高官らから一斉に猛批判が浴びせられた。

 1994年クリントン政権が交わした「枠組み合意」では、使用済み核燃料の軍事転用が目的の黒鉛減速炉および関連施設の「凍結」「解体」が明記された。

 ブッシュ政権の6カ国協議で最初に達成された2005年の合意で、「すべての核兵器と既存の計画の廃棄」が決まった。また北朝鮮は、6カ国協議ではすべての核施設について記した大量の文書を提出し、一時は核廃棄に向けて相当な進展を示した。

 しかし調印式で、トランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が署名した共同声明の内容はあいまいで、北朝鮮側の具体的な義務は明記されなかった。それだけではなく、トランプ大統領は「米朝対話中の米韓合同軍事演習の中止」や将来の「在韓米軍の縮小や撤退」にまで言及するサービスぶりだった。まさに金委員長の「勝利」(『ワシントン・ポスト』社説)は明らかだった。

 ブッシュ政権で国務次官補として6カ国協議を手がけたクリストファー・ヒル現デンバー大学国際研究大学院学長は首脳会談の「すべてが奇妙だ」と言い切った。トランプ大統領は恐らく、過去の合意の問題点などもきちんと確認していなかったと見られる。

「発言の要点」を作成しなかった

 歴史的に見て、通常アメリカ政府はこれほど重要な首脳会談では、事前に何度も閣僚級および次官級の米国家安全保障会議(NSC)を開催する。

 そこに、米国家情報会議(NIC)や米国家情報長官(DNI)、米中央情報局(CIA)など情報機関から数々の報告書が提出される。こうして、北朝鮮の核開発の現状を分析し、対策を練り、「非核化」計画を立案し、北朝鮮に対する要求と交渉戦略を決める。

 米国立公文書館で過去の米政府文書を読み解くと、おおよそそんな手続きが想定できる。

 北朝鮮との交渉に臨むため、ポンペオ国務長官は総勢100人以上の専門家から成る省庁間チームを結成、「北朝鮮の各種兵器の解体に関する問題を検討している」と明らかにした。

 そのチームには、エネルギー省の研究所から博士号を持つ数十人の核兵器専門家、情報コミュニティから北朝鮮担当の専門家が加わっている。北朝鮮の生物・化学兵器、ミサイル問題を担当する専門家もいる。

 しかし、これら専門家はあくまで裏方だ。

 北朝鮮側と交渉で対峙する基本方針や戦術は通常、NSCで検討する。しかし、検討作業を行った形跡が見られない。明らかにNSCは司令塔の役割を担っていなかった。

 また、通常NSCは、首脳会談に臨む前に、大統領が相手側に対して発言する要点を記した「トーキング・ポインツ」(Talking Points)を作成する。大統領は一言一句その通りに発言しなくてもいいが、要点は押さえておく必要がある。

 ビル・クリントン氏のような若くて頭の回転が速い大統領は1995年当時、筆者を含めた3人のインタビュアーと会った時、直前に報道官から20分程度、要点の説明を受け、的確に回答することができた。

 他方、故ロナルド・レーガン大統領は正確を期すため、中曽根康弘首相との日米首脳会談でも、カードのような紙片を手にして、要点を確認しながら発言していた。

 しかし、トランプ氏は、金正恩党委員長との1対1の会談の際に何も持っていなかった。自信家のトランプ氏は、テレビの番組宣伝さながらに、会談前から雰囲気を盛り上げ、会談が始まると相手を気遣う所作を繰り返した。「テレビマン」と同じような振る舞いで、場を取り違えていたように見えた。

明らかに準備不足

 まして、今度の会談相手は異形の独裁者。CIAはこれまで、素顔の金正恩氏を知るすし職人藤本健二氏のテレビ・週刊誌での発言はすべて英訳、元プロバスケットボール選手、デニス・ロッドマン氏からも事情聴取して、正恩氏の心理プロファイリングに努めた。2度にわたるポンペオ氏の訪朝にも心理分析の専門家を同行させた。

 しかし、トランプ氏は、こうした分析を参考にしたのかどうか。

 会談後ご機嫌な様子で上気し、1時間以上も記者会見を続けたことから見て、そもそも北朝鮮の「核武装」「非核化」を安全保障の立場からきちんと理解していたとは思えない。

 トランプ政権側は明らかに、準備不足だった。事前の北朝鮮側との協議で反対されたためか、非核化に伴う検証や非核化の対象、期限などを共同宣言に盛り込む意図は最初からなかったのかもしれない。

背景にボルトンVSポンペオ対立

 今度の場合、驚いたことに米朝首脳会談の前に、閣僚級のNSC会議は「1度も開かれなかった」(ウェブ誌『ポリティコ』)というのだ。国家安全保障問題担当米大統領補佐官が大統領と相談して、会議の開催を招集するのだが、ジョン・ボルトン補佐官はまったく動かなかったというのだ。

 米朝首脳会談に向けた準備作業は、CIA長官から国務長官に昇進したポンペオ氏が終始主導した。だが、ボルトン氏は自分の主張を抑えて自分のライバルの作業を後押しするような人物ではない。

 前月の本欄(2018年5月23日「『リビア・モデル』を口実に北朝鮮が態度硬化:中国の意を受け『非核化』の条件で対立」)で指摘したように、ボルトン氏はそもそも北朝鮮に当てはめるのは場違いな「リビア方式」に基づく非核化を主張して、北朝鮮側の強い反発を招いた。北朝鮮側が首脳会談開催の「再考」を指摘して、トランプ大統領を怒らせ、大統領がいったん「キャンセル」を決断した5月23日夜、ボルトン氏は大統領に電話したと伝えられている。

 ところが、6月1日にホワイトハウスで行われた大統領と北朝鮮実力ナンバー2といわれる金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長との会談に、ボルトン氏は欠席、12日の米朝首脳会談には出席、とその後の行動はニ転三転した。

 他方、ポンペオ氏は首脳会談前日の11日シンガポールで行った記者会見で、米国は「CVID」しか受け入れないと断言、共同声明にCVIDが盛り込まれる可能性に期待が高まっていたが、結局は実現しなかった。

 実は、ポンペオ氏はボルトン氏との対立について、自ら事実上認めている。6月7日の記者会見で「北朝鮮をめぐる国家安全保障問題担当補佐官との不一致について説明してください」との質問に対して、ポンペオ氏は、一度は「フィクションだ」と退けたが、最後に微妙な事実を白状した。

「絶対に言えることは、ボルトン氏と私は常に意見が一致しているわけではないということ。大統領は2人に対してそれぞれの見解を提出するよう要求している」というのだ。

 あれほど「CVID」にこだわっていたポンペオ氏が、大統領に対して共同声明にCVIDを入れるよう主張した可能性は十分ある。しかし、大統領は何らかの理由があって、却下したと見ていい。

 この2人の対立は、今後のトランプ政権の外交安保政策に深い影を投げかけている。

文書をちぎって捨てる大統領

 また、トランプ大統領が在任中、どのように考え、どのように判断したのか、後世にその史実を残すための文書がきちんと記録されていなければならない。だが、それも難しいかもしれない。

 実は、大統領の記録文書については「大統領記録法」という法律がある。この法律に従って、ホワイトハウスは大統領が書いたすべてのメモや書簡、eメール、文書の類を保存しなければならない。全米各地に散在する過去の大統領の記念図書館には「手書き文書」も多々残されている。

 しかし、トランプ大統領の癖は過去の大統領とまったく違っていた。彼は自分が使った文書類や新聞の切り抜きの上に書き込みをしたり、○で囲んだりした後、捨ててしまう。紙吹雪の紙片のように細かくちぎってゴミ箱に捨てることもよくあるという。

 これら紙片の復元は、ホワイトハウスの「記録管理分析官」の仕事だ。デスクの上に広げて透明テープを使って「ジグソーパズルのように」つなぎ合わせていた。しかし、そんな仕事に耐えきれず、2人の分析官が上司に相談すると、解雇されたと『ポリティコ』は伝えている。今ではこうした紙片は捨てられている可能性がある。

春名幹男 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

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(2018年6月20日
より転載)

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