トランプの「アフリカ政策」を占う--白戸圭一

トランプ政権はどのような対アフリカ政策を採るだろうか。

筆者が知る限り、米国のトランプ大統領がアフリカについて発言したことは、選挙期間中も就任後もない。

先進諸国の主要メディアや有識者も、トランプ政権の欧州、ロシア、中東、中国、日本、メキシコなどに対する政策については盛んに議論しているが、対アフリカ政策についての議論はほぼ皆無と言って差し支えないだろう。

21世紀に入ってアフリカ経済が成長軌道に乗ったとはいえ、サブサハラ・アフリカ49カ国のGDP(国内総生産)総額が世界のGDPに占める割合は2%程度に過ぎない。

いくら米国が覇権国家だとはいえ、大統領選の過程で対アフリカ政策が話題に上らないことや、新大統領が就任早々アフリカについて何も言及しないこと自体は、それほど不自然なことではない。

しかし、メディアや有識者が話題にしなくても、歴代の米政権は当然ながら対アフリカ政策を有していたし、その重要性は近年、高まりこそすれ低下することはなかった。

ブッシュ・ジュニア大統領は2001年の「9.11テロ」を受けて開発途上地域の安定化の重要性を痛感し、任期中にアフリカ向け援助をおよそ4倍に増額した。

オバマ大統領は、サブサハラ・アフリカの電力普及率を2018年までに倍にするため70億ドルの経済支援と90億ドル以上の民間投資を約束し、ソマリアを中心とする「アフリカの角」やサハラ砂漠では、特殊部隊と無人機を活用したテロ組織との戦いを続けてきた。

短期的な視点に立てば、確かにアフリカには様々な問題があり、現時点では世界の他の地域と比べてビジネスに適した地域ではない。

だが、人口爆発によってアフリカが巨大市場となる可能性があり、テロ対策を中心とする安全保障問題の最前線でもあることを考慮すれば、超大国の指導者が何らかの施策を講じることはほとんど必然である。

「アフリカ成長機会法」への姿勢

一体、トランプ政権はどのような対アフリカ政策を採るだろうか。米紙ニューヨーク・タイムズが入手した文書は、この問題を考える有力な手掛かりになる。文書は、アフリカに関して国務省の専門家に質問するために、トランプ氏の政権移行チームによって大統領就任前に作成されたものだ。

まず、AGOAに関する政権移行チームの認識を見てみよう。

AGOAとは、米国の国内法である「African Growth and Opportunity Act(アフリカ成長機会法)」の略称で、同法で定めた一定の条件をクリアしたアフリカの国の産品は、米国に無関税で無制限に輸入される。

アフリカ諸国の産業育成を図る狙いでクリントン政権時代の2000年に施行された法律で、これまでにアフリカの39カ国が対象に指定されている。

AGOAの施行後、政権はブッシュ・ジュニア(共和)、オバマ(民主)と変わったが、政権与党が変わっても法律は生き続けてきた。

AGOAによって、2000年には総額約200億ドルだった米国とアフリカの貿易総額は、2008年には1000億ドルと5倍になったものの、2015年には約360億ドルにまで急減した。

AGOAの下で米国がアフリカから無関税で輸入していた産品の9割方は、実は原油だった。このため米国内でシェール・オイルの採掘が本格化すると、アフリカからの原油輸入は2009年ごろを境に急減したのである。

トランプ氏の政権移行チームは、AGOAについて、国務省に次のように問うている。その質問の仕方には、AGOAを廃止したいトランプ政権の本音がにじみ出ている。

「AGOAの輸入品の大半は石油製品であり、利益は(アフリカの産油国の)国営石油企業に行っている。なぜ我々は、腐敗した政権に多大な利益を与えなければならないのか」

エイズ対策に後ろ向き

ニューヨーク・タイムズの記事は、AGOAによって米国内にも12万人分の雇用が創出されているとの見方を紹介しているが、「米国第1」を掲げるトランプ氏からみれば、外国製品の無税無制限輸入を認めるAGOAなど即時に撤廃すべき法律かもしれない。

ナイジェリアやアンゴラなどアフリカの産油国がオイルマネーを原資とする汚職に蝕まれていること自体は事実であり、AGOAがアフリカにおける非石油産業の育成にどの程度貢献したかについても検証が必要だろう。

AGOAの意義について政権移行チームが提起した疑問には、傾聴すべき部分もあると筆者は考える。

だが、人道・開発援助と安全保障分野について政権移行チームが羅列した質問の内容を見ていくと、米国の「国益」を極めて狭い範囲で解釈し、米国の短期的経済利益につながりそうな政策以外に関心を持たないトランプ政権の独特な性格が浮かび上がってくる。

例えば、ブッシュ・ジュニア政権が導入したアフリカでエイズ(後天性免疫不全症候群)と戦うためのPEPFERと呼ばれる資金拠出プログラムについて。

PEPFERは「The President's Emergency Plan For AIDS Relief(大統領緊急エイズ援助計画)」の略称である。

イラク戦争開戦時の大統領として評判の悪いブッシュ氏だが、在任中に9.11テロに遭遇した彼は、テロと戦うためには軍事力だけでは不十分であり、広範な貧困対策に取り組む必要性は理解していた。

様々な外交文書を見ると、ブッシュ氏が敬虔なキリスト教徒として、病に苦しむアフリカの貧困層を助けたいという気持ちを強く持っていたことは事実のようで、PEPFERをブッシュ氏の功績として評価する援助関係者も少なくない。

そのPEPFERについて、トランプ政権移行チームは国務省に次のように問う。

「アフリカに数多くの安全保障上の懸念が存在する中で、PEPFERは多額の投資を実施するに値するものなのか。PEPFERは大規模で国際的に認められたプログラムなのか」

「人道に対する罪」にも無関心

ウガンダ北部で誕生した武装勢力「神の抵抗軍(LRA)」の最高指導者ジョゼフ・コニーの身柄拘束に向けて、オバマ政権が米特殊部隊を顧問団としてアフリカに派遣していることに対するトランプ政権移行チームの質問は、さらに興味深い。

1987年ごろから反政府武装闘争を開始したLRAはウガンダ北部で、住民の殺害、強姦、略奪など暴虐の限りを尽くしてきた。20年間で推定6万人を超える子供を拉致したことでも知られ、オランダのハーグにある国際刑事裁判所は2005年、指導者のジョゼフ・コニーに対して人道に対する罪などで逮捕状を発布した。

コニーは現在、側近たち200~300人と近隣国の南スーダンか中央アフリカ共和国に潜伏しているとみられ、オバマ政権は2011年、ウガンダ、南スーダン、中央アフリカ、コンゴ民主共和国の4カ国に特殊部隊を派遣し、コニーら幹部の身柄拘束に向けて各国政府に助言と訓練を与えている。

トランプ政権移行チームの質問文書には、次のように記されている。

「何年もコニーを拘束しようとしているが、努力するに値することなのか?」

「LRAが米国の権益を攻撃したことはないのに、なぜ我々が面倒を見なければならないのか? 莫大な金を支出するに値するのか?」

安全と繁栄の基礎

国際政治学者のサミュエル・ハンチントンは「対外援助の理論的根拠は、たえず問われ続けている」と言っている。

なぜ我々は他国を援助しなければならないのか、援助によって何が達成できるのかといった疑問に対する答えは、実は理論的に明確にはなっていない。

「豊かな国(人々)は貧しい国(人々)を援助すべきだ」という人道的・道義的責任を主張する人もいるが、道義論だけでは、どのような援助を優先すべきか、どのくらいの金額を投入することが妥当なのかといった政策体系を構築できないし、何よりも援助の原資を提供している納税者(自国民)を説得しきれない。

援助にはそもそも、そうした理論的根拠の弱さが付きまとっているため、自助努力の思想が社会に根付いている米国では、納税者である国民に援助や軍事介入の必要性を説明するために、援助と介入の是非と在り方が常に問われ続けてきた。

その作業自体は極めて健全であり、必要だろう。

しかし、モノ、カネ、ヒト、そして情報が短時間で世界を巡る今日、自国の安全と繁栄を担保しようと思えば、安全と繁栄の基盤となる要素を国際社会の中に何らかの形で埋め込んでおかざるを得ない。

軍事作戦や経済支援によって破綻国家の再生を支援し、テロ組織から拠点を奪うことが重要なのは、それが結果的には「こちら」の安全にもつながるからである。

あるいは、今は貧しく市場にはなり得ない国に経済支援を施すのは、「貧しい人がかわいそう」だからではなく、支援を梃子に経済発展を遂げた相手国が有望な輸出市場に変貌する可能性があるからでもある。

かつて日本が東南アジア諸国や中国に盛んに経済支援を供与した理由の1つは、まさにこうした考え方であった。

当面はこちらの「持ち出し」ばかりで経済的利益がゼロであっても、中長期的で戦略的な視野からみれば利益になる......。

そうした思考が自然にできる国家は繁栄するし、個人であれば成功するだろう。

トランプ政権の対アフリカ政策はまだ見えないが、政権移行チームが発した質問には、そうしたしたたかな戦略性がうかがえないのである。

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白戸圭一

三井物産戦略研究所国際情報部 中東・アフリカ室主席研究員。京都大学大学院客員准教授。1970年埼玉県生れ。95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。同年毎日新聞社入社。鹿児島支局、福岡総局、外信部を経て、2004年から08年までヨハネスブルク特派員。ワシントン特派員を最後に2014年3月末で退社。著書に『ルポ 資源大陸アフリカ』(東洋経済新報社、日本ジャーナリスト会議賞)、共著に『新生南アフリカと日本』『南アフリカと民主化』(ともに勁草書房)など。

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(2017年2月8日フォーサイトより転載)

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