6月20日、非常に重要な2つの連邦下院議員補欠選挙が実施された。南部のジョージア州第6区と、サウスカロライナ州第5区である。
ジョージア州第6区は、トランプ政権で保健福祉長官に就任したために下院議員を辞任したトム・プライス氏の選挙区であった。またサウスカロライナ州第5区は、行政管理予算局(OMB)局長に就任して下院議員を辞任したミック・マルベニー氏の選挙区であった。
プライス氏は下院議員在職当時から、オバマ政権が成立させた医療保険制度改革関連法(通称オバマケア)の撤廃を求めていた共和党下院議員の急先鋒であり、政界入りする前は医師であった。
マルベニー氏も、保守派の共和党下院議員から構成される議員連盟「フリーダム・コーカス(Freedom Caucus)」の創設者の1人であり、「小さな政府」の実現を求める財政保守派として知られていた。
いずれも、共和党の牙城のような選挙区であった。
注目されたジョージア州第6区
ところが、今回の2つの補欠選挙は様相が違った。
長年、共和党の勢力が強固だったはずの選挙区で、共和党系有権者がドナルド・トランプ大統領に離反し、野党・民主党候補が番狂わせを起こす可能性が指摘されており、民主党がトランプ政権下で初めて下院の議席を与党・共和党から奪還できるのか最も注目されていたのである。
とりわけ注目されていたのは、アトランタ市郊外の北部に位置するジョージア州第6区決選投票だった。
同選挙区では、1995年1月から1999年1月まで下院議長を務め、ビル・クリントン大統領(当時)と対峙したニュート・ギングリッチ元下院議員も1979年から1999年まで20年間選出され続けており、これも含め40年近く共和党議員が議席を維持し続けていた。
今年4月18日に実施された補欠選挙第1回投票では、同選挙区に居住していなかった落下傘候補のジョン・オーソフ候補(民主党)が48.12%を獲得。共和党のカレン・ハンデル元ジョージア州務長官が19.77%となり第2位に甘んじたが、いずれも第1回投票で過半数を獲得できなかったため、6月20日に第1回投票の上位2名による決選投票が行われたのだった。
決選投票には州外からも多額の政治資金が流入し、連邦下院議員選挙史上最高額の約5500万ドルもの政治献金が集まった。しかも、政治資金調達でオーソフ候補がハンデル候補を上回るという有利な情勢になっていた。
共和党関係者では、トランプ大統領やマイク・ペンス副大統領、ポール・ライアン下院議長らがハンデル候補への支持を訴えるために選挙区入りした。
民主党のオーソフ陣営は、この決選投票を、支持率が30%台半ばまで低下したトランプ大統領の信任投票と位置付けた。しかし、逆にハンデル陣営は、トランプ大統領とは一定の距離を置く戦略を採用した。
この選挙区では、2012年の大統領選挙で、共和党大統領候補であったミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事が、オバマ大統領に対して16ポイントの大差で勝利していた。
ところが2016年の大統領選挙では、トランプ大統領はヒラリー・クリントン民主党候補にわずか2ポイント差以内にまで攻め込まれ、共和党系有権者の「トランプ離れ」が早くから表面化していた。
だからこそ民主党は、補欠選挙の中でも最も重視していたのである。
「善戦」はしたが......
オーソフ候補が勝利した場合、民主党系有権者の「反トランプ感情」はさらに強まり、1年4カ月余り先に実施される2018年中間選挙に向けて、民主党の強い「追い風」となることは確実だった。
対照的に、ハンデル候補が敗北した場合は、共和党系有権者のトランプ大統領に対する不満や不人気が表面化することとなり、大統領の党内での求心力が低下し、そうした有権者の反応を見た共和党議員が大統領を見限る動きにつながる可能性があった。
だが結果は、ハンデル候補が51.9%を獲得し、民主党のオーソフ候補の48.1%を3.8ポイント引き離しての勝利を収めた。
また、サウスカロライナ州第5区の補欠選挙でも番狂わせの可能性が浮上していたが、共和党のラルフ・ノーマン候補が元ゴールドマンサックス幹部のアーチエ・パネル民主党候補を3.2ポイント差で振り切り、こちらも共和党が議席を維持した。
このほか、トランプ政権下ではマイク・ポンペオ下院議員の米中央情報局(CIA)長官の就任に伴うカンザス州第4区と、ライアン・ジンキ下院議員の内務長官就任に伴うモンタナ州全州区の補欠選挙でも、それぞれ共和党が議席を維持している。
結局、トランプ政権で閣僚に指名された4人の下院議員の後任を選出する補欠選挙で、共和党は4勝全勝となった。
いずれの選挙区も、従来は共和党候補が圧勝していたことを考えると、今回の補欠選挙では、民主党候補は共和党候補との得票差を大幅に縮めており、善戦したことは事実だ。
カンザス州第4区でも、2016年11月の下院議員選挙ではポンペオ氏が民主党候補に31.1ポイントの大差をつけて圧勝していた。ところが、今年4月11日に実施された補欠選挙では、勝利した共和党のロン・エステス候補の得票率は52.5%。民主党候補との差は約7ポイントにまで迫られた。
またサウスカロライナ州第5区では、昨年の下院議員選挙でマルベニー氏は20ポイントの差をつけて再選を果たしたのだが、今回の補欠選挙でノーマン候補は、わずか3.2ポイント差で辛くも逃げ切っている。
このように民主党候補は、これまで考えられなかったほど、共和党の支持が強固な「レッドステート(Red state)」の選挙区で善戦したかたちである。
「レッドステート」で勝利できるかが試金石
ただ、これら4つの補欠選挙はあくまで「善戦」であり、1つも議席を奪還できなかったことは、民主党にとって打撃となった。2018年中間選挙に向けて「弾み」をつけることができなかったわけで、新たな課題が浮き上がりつつある。
2016年大統領選挙での敗北後、民主党内には挫折感が漂い、バーニー・サンダース上院議員(無所属、バーモント州選出)やエリザベス・ウォレン上院議員(民主党、マサチューセッツ州選出)をはじめとする左派色の強い政治家の存在が目立っている。
そんな状況で、民主党が2018年中間選挙で、2010年以来8年振りに多数党の立場に復帰するためには、24議席を純増させる必要がある。実際、11年前の2006年中間選挙では、上下両院での多数党の立場を共和党から奪還したという実績もある。
そのためには、ジョージア州第6区やサウスカロライナ州第5区のような共和党寄りの選挙区で魅力的な候補を擁立し、いかに議席を奪還できるかが試金石となる。
そうした選挙戦略を、民主党下院議員選挙キャンペーン委員会(DCCC)が明確に立てられるかどうか。これが、下院での多数党の立場奪還の鍵となる。(足立 正彦)
足立正彦
住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。
関連記事
(2017年6月26日フォーサイトより転載)