では「増税派」「経済成長派」どちらの主張が正しいのか

安倍晋三首相が来年10月に予定されていた消費税率の再引き上げを見送ったことで、「増税派」と「成長派」のつばぜり合いが再び激しさを増している。

 安倍晋三首相が来年10月に予定されていた消費税率の再引き上げを見送ったことで、「増税派」と「成長派」のつばぜり合いが再び激しさを増している。方やこのままでは日本の財政は破綻し、国債は暴落しかねないとして早期の増税を主張。安倍首相の先送り判断を批判する。こなた、まずは経済を成長させることが第一で、成長によって税収が増えれば増税しなくても財政再建は可能になると主張する。もちろん、景気に配慮した安倍首相の判断は正しかったと見る。両者の主張は真正面から対立して相容れない。なかなか国民には理解しにくい議論だが、いったいどちらが正しいのか、どう考えれば良いのだろうか。

消費税を35%に!?

 10月下旬、経済学者の小林慶一郎・慶應大学教授と社会学者の橋爪大三郎・東京工業大学名誉教授の共著『ジャパン・クライシス』が筑摩書房から刊行された。その2人に話を聞く機会があった。

 この本の副題には、「ハイパーインフレがこの国を滅ぼす」とある。このままアベノミクスの大胆な金融緩和を続けていたら、何かのきっかけで国債が大暴落し、手の付けられないハイパーインフレ、つまり凄まじい物価高騰がやってくる、というのだ。

 確かに日本の財政状態は危機的である。

 日本政府が抱える借金は昨年、1000兆円の大台に乗った。一方で、毎年の税収よりも歳出の方が大幅に多い状況が続いており、単年度赤字を垂れ流し続けている。国債の償還や利払いなどを除いた一般歳出と税収がトントンになるプライマリー・バランス(基礎的財政収支)にほど遠い状況が続いているのだ。

 さらに、少子高齢化によって年金や健康保険など社会保障費の国庫負担も毎年1兆円前後のペースで増え続けている。このままの状態を放置し続ければ、早晩限界がやって来るとしている。

 家計に例えてみれば分かりやすい。1000万円の借金を抱えているうえに、毎年収入が足りなくて50万円ずつ借り増ししているようなものだ。借金がどんどん膨らんでいくわけである。

「ハイパーインフレになれば、せっかくの資産も一瞬にして失われ、年金制度も破綻。企業や銀行も次々と倒産し、多数の国民が路頭に迷う」

『ジャパン・クライシス』はそう指摘する。

 それを避ける方法も両教授は示している。消費税率を35%に引き上げるというのだ。

 今の消費税率は4月に5%から引き上げられ、やっと8%になったところ。それでも消費の減速などが叫ばれている。安倍首相はそうした影響の大きさを捉え、8%を10%にするのを躊躇した。

 そんな状況にあって35%という税率は凄まじい。欧州諸国でも20%弱といったところだ。「高福祉高負担」の典型例として日本でしばしば紹介される北欧諸国ですら25%である。世界最高水準の消費税率にしないと、日本の財政は再建困難だというわけだ。

「税収を増やす」では一致

 こうした「危機」を一笑に付す人物が高橋洋一・嘉悦大学教授である。経済成長をすることでプライマリー・バランスを黒字化することは十分に可能で、増税なしに財政再建できると主張する。実際、小泉純一郎政権から第1次安倍政権にかけて、あと一歩で黒字化するところまで迫ったという具体例を示す。高橋教授は財務官僚出身で、古巣の官僚たちから蛇蝎のごとく嫌われている。財務省の主張をことごとく批判し、論破してきたからだ。

 そんな高橋教授を、ジャーナリストの田原総一朗氏が司会を務めるBS朝日の番組『激論! クロスファイア』が、11月22日にゲストとして招いた。増税推進派の増田寛也・野村総研顧問と激論を闘わせていたが、番組には私もコメンテーターとして出させていただいた。

 では、どちらの主張が正しいのか。順を追って考えてみよう。

 まず、税収を増やさなければならない、という点については、ほぼ両陣営の意見は一致している。現在のように100兆円近い一般会計歳出があるのに、歳入が50兆円では話にならない。もっとも、税収を増やすための手段が異なる。増税派は、税収を増やすには税率を引き上げるのが先決という考えなのに対し、成長派は、税率を引き上げても、それで景気が悪化すれば税収は増えないと主張する。過去の消費税増税の例などを引いて、税率引き上げがむしろ税収減になる可能性すらあるとしている。

 確かに、税率を引き上げても、景気が悪化して税収が減る可能性は十分にある。だが、経済成長だけで増税は不要というのは、なかなか確証が持てない。外部要因があったとはいえ、小泉・安倍政権でも結局はプライマリー・バランスを達成できなかった。

3本柱を同時に実行

 では、どうすれば良いか。

 財務省を辞めて学者になった小黒一正・法政大学准教授の近著『財政危機の深層』では、「(現在の)危機的な状況を脱却するには、『経済成長』『歳出削減』『増税』の3つを同時に行っていかなければならない」「どれか単独の策で財政を立て直すのはムリ」だとしている。

 3つを同時に、というのはバランスの取れた主張だろう。経済成長を追求しながら、歳出削減もやり、増税もする。これで早期のプライマリー・バランスを目指すというのは正しいだろう。

 家計に置き換えてみても、月々赤字を垂れ流しているとしたら、まず支出を減らすことを考えるだろう。歳出削減を考えるのは当たり前のことである。増税で収入を増やすという方法ももちろんあるが、増税はなかなか国民の理解を得られない。また、前述の通り、税率引き上げが税収増に直結するわけでもない。

 消費税率で35%が必要、というのも机上の計算だ。現実に消費に35%の税率をかけたら、消費が激減するのは間違いない。

 昔、イタリアの観光地で買い物をした時、キャッシュで買って領収書はいらないと言ったら、2割以上安くなった。仮に店がその売り上げを申告しなかったとすれば、消費税分は値引きしても店に損はない。税率の高い欧州諸国では、消費が総じて低調なだけでなく、消費経済がアングラ化している。

 日本で仮に35%の税率を課したら、誰もまともに店で商品を買わなくなるだろう。日本人の事だから、すぐに物々交換サイトが立ち上がるなど、課税を逃れる"取引"が一気に広がるに違いない。そう考えると、税率35%というのは現実的ではない。

 余談だが、「ハイパーインフレがやってくる」というのも現実的ではないように思う。戦争などで生産手段がすべて破壊でもされない限り、圧倒的なモノ不足は起きない。むしろ購買力が落ちてモノ余りが続けば、価格が一気に上昇するとは考えにくい。さらに、世界経済は相互に連関しあっているため、世界の工場である中国の経済が麻痺でもしない限り、高いインフレが発生する可能性は低いのではないか。

 国債の価格にしても一方的に壊滅的な価格まで下落したり、デフォルトするとは考えにくい。世界的なカネ余りが続いていたとすれば、日本国債の価格が低下(利回りは上昇)すれば、割安感から買い物が入ってくる。それが市場原理というものだ。

公務員ボーナスは21%増!

 では、1000兆円という借金を減らすにはどうしたらよいのか。

 この方法は明らかだ。まずは、プライマリー・バランスを黒字化して、これ以上赤字を増やさないこと。そのうえで、借金を返すために、資産を売却することだ。まだ政府はJT株も保有しているし、日本郵便グループの株式も持つ。借金を減らさなければ破滅がやってくるというのであれば、否応なしに保有資産を売らなければならないだろう。それが、民間の家計では当たり前のことだ。

 高橋洋一氏は著書で、1000兆円を超す借金の反対側に650兆円の資産がある、と主張している。本気で借金を減らすのならば、一気にスリム化して借金を返すべきだろう。政府が保有するものの中には、プレミアムを付けて高く民間に売れるものも、まだまだある。

 以上のように、成長だけで借金が返せるという"バラ色"の絵を描くのでなければ、やるべきことは(1)毎年垂れ流している赤字を止める(2)資産を売却して一気にスリム化する――この2つを取り急ぎやることだろう。

 これは民間の感覚からすれば、当たり前の事だ。赤字垂れ流しを止めるには、支出すべての見直しが不可欠だ。12月10日には国家公務員のボーナスが支給されたが、その額、1年前に比べて21%の増加だった。東日本大震災や財政悪化を理由とする減額措置を2年間で終了させた結果だ。赤字垂れ流しが続いているのに、給与やボーナスが大きく増えるというのは、民間の感覚で言えば信じられないことだ。逆に言えば、それほど本気で財政を立て直そうとしていないのではないか、と疑ってしまう。

 政府保有株の売却や政府機関の見直しなどもほとんど行われていない。そうした、民間ならば当然やるべき事を放置したまま、税率だけを引き上げるというのでは、国民はとうてい納得しないだろう。

 財務省出身の小黒氏ですら、日本の国の会計状況は複雑で分かりにくいと指摘している。ともかく実態を把握し、そのうえで、どうやれば借金が減らせるのかを真剣に考えていくことが不可欠だろう。

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磯山友幸

1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)などがある。

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(2014年12月12日フォーサイトより転載)

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