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2018年10月01日 14時25分 JST | 更新 2018年10月01日 14時27分 JST

新卒で山奥に移住した私は、なぜ「職人が作った鎌」を探すのか。

「自分の作ったものがどこでだれに使われているか全く知らない」と職人さんは言った。

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日本の伝統や技術を残すかどうかという問いは難しい課題です。

周りの人が残したいといっても当の本人が「もう残す気はない」といえばそこで終わってしまうことも多いのではないかと思います。

人口減少で担い手の不足が叫ばれる今の日本においてそうした課題を抱えている地域や伝統産業にかかわる人は日本にたくさんいるのではないでしょうか?実は、私もそのなかの一人です。

■私が新卒で荻ノ島集落に移住するまで

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ここで少し私の略歴をのべさせてもらいます。私は新卒で大阪から新潟県柏崎市の山奥にある荻ノ島(おぎのしま)という人口60人ほどの小さな集落に移住しました。現在は移住2年目で23歳です。

移住のきっかけは大学4年の夏に荻ノ島集落で行われていた1か月のインターンです。インターンの内容は集落で80年以上生きるお母さんたちのインタビュー冊子をつくるというものでした。

野菜づくりの話、ものづくりの話、今の暮らしや戦争時代の話など、見ず知らずの若者にもかかわらずたくさん話をしてくれました。

そしてこの1か月間で私は話を聴くだけでなくたくさんの恩や気持ちをもらいました。家に帰ると食べきれないほどの野菜が下宿先の玄関に置いてあったり、お話を聴くと必ず手料理をごちそうになったり。そうした都会ではあまりみられない温かさに惚れ込み、私は「大学を卒業したら移住しよう」と決めました。

私の周りにも何人かいますが「田舎に移住するのは老後になってから」もしくは「新卒で企業に就職して5年、10年働いてから」と考える人が多いかもしれません。

それを否定する気は全くありません。ですが、集落の知恵や技を少しでも多く残すにはいま移住するしかないんじゃないか。5年、10年働いているあいだにお世話になったお母さんたちは何人か亡くなってしまうんじゃないか。そのことに気づき私は移住することを決めました。

■1人で鎌を作り続ける職人の言葉

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新潟に移住して2年目。新潟のことをもっと知らないといけないと思い、私は「燕三条ローカリストカレッジ」という人材育成事業に参加しました。

この事業は洋食器や金物のものづくりの産地として有名な燕三条で活躍する未来人材を増やそうというもので、まちづくりの勉強になると思い参加した。

その事業の一環で三条市にあるとある工場を見学させてもらったときのこと。わたしは悲しい思いをすることとなる。

その工場では職人さんが1人で鎌を作っていた。話を聞くと日本の伝統工芸士にも選ばれているすごい方のようだ。だが、その方は「販売は問屋さんに任せているので自分の作ったものがどこでだれに使われているか全く知らない」というのだ。確かに昔はそれが当たり前の姿だったのだろう。作る人と売る人は別にいて、その仲介をする人もいて。職人は作ることに没頭する。それでよかったし、いまもこの工場の方はそうしている。

でも、自分が汗水流しながらつくったものを誰がどんなところで使っているのか「切れ味がすごくいいね!」と言っていることを知らないというのはとても悲しい。もったいないなと感じた。

何とかできないかと考えたらすぐに答えは出た。

「ぼくが使って写真を撮って見せればいいんだ」

幸い私は山の中で暮らしていて鎌を使う機会がたくさんある。なので使っているところを見せられると気づいた。

■職人の手作りした鎌はどこにあるのか

さっそくこの工場で作られている鎌を買おうと「燕三条地場産業振興センター」というところへ行った。ここには燕三条の商品がたくさん置いている店があるのでここに行けばこの工場の商品もあるだろうと思った。

しかしいくら探せどなかった。いや、よく見ればそれらしいものはあったのだが商品タグにその工場の名前はなく、ただ小鎌と書いてあるだけなので本当にその工場のものなのかは判別がつかなかった。

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はっきりとしなかったので、この場所で買うのをあきらめ違う場所で買おうと考えた。だが他に買える場所を知らない。ネットで売ってそうな店を調べてもいまいちわからない。

途方に暮れながら車を走らせていると1軒の昔ながらのまちの金物屋を見つけた。「こういうところのほうが意外とあるかもしれない」と思い、店に入ってみたがその工場の商品はやはりなかった。

職人さんや工場の名前で探しても見つからない。残念ながらこれが現状なのだろうと感じた。店舗で買うことはあきらめ結局ネットで購入することにした。

ネットではそうした職人さんに焦点を当てた販売がされていたので、すぐに見つけることができた。

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購入して商品を手に取ってみる。すごくかっこいい。あの職人さんがこれを鋼の塊から作ったのだと考えると本当にすごいことだなと感じた。

■結局は、やるかやらないか

実際にその鎌を使ってみるとスパスパ切れる。使っているところも友人に写真を撮ってもらった。「この写真をぜひ職人さんに見てもらおう」そう思い電話を掛けた。

電話口では以前、見学に工場を伺い商品を購入させてもらったこと。使っているところの写真をぜひ見てほしいのでまたお会いしたいということを伝えた。

すると、少し驚いた様子だったが快く受けいれてくださった。

電話から1週間後あらためて工場を訪れた。さっそく職人さんに鎌を使っている写真を見せると、「この鎌はネットで7本出してるんだけど、実はこれが初めて、ありがとう。普段はあんまりこうしたことしてないけど鎌買ってくれた大切なお客さんや」と笑顔を見せてくれた。

商品を買うということはその人を応援するということにつながると気づかされた。そこから気づくと2時間も話をしていた。

この鎌をつくる職人さんには後継者がいない。今は1人でもとてもお忙しいようだが、このままいくと後継者がおらず廃業するかもしれない。それなら後継者を見つければいいか?と問われるとそれも難しい問題である。

昔は草を刈るのにみんな鎌を使っていた。だが時代が進み、鎌よりも効率のいい刈掃い機を使う人が増えたり、そもそも農に携わる人が減り鎌を使う人は年々減っているらしい。そんな現状の中で後継者を見つけることが最善な答えなのか?と問われると、答えに困る。だが、それでもこの現状はとても悲しい。

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このような話は私の住んでいる集落でも起きている。集落で住む人はほとんどがお米を作っていた。だが高齢化と後継者の問題でどんどん作る人が少なくなっているというのが現状です。作る人がいなくなると田は耕作放棄地になってしまう。耕作放棄地になると田に戻すのは大変だ。

この問題を防ごうと荻ノ島集落ではお米を作らなくなった人の田をまだ余力のある人が面倒をみている。しかし高齢化とともに作れない人が増え、面倒をみている人の負担が大きくなっているというのが現状だ。

似たような現状はいま日本全国で起こっている気がする。そんな現状に対して、自分にできることはちっぽけなことかもしれない。見て見ぬふりをしてあきらめてしまえばいいのかもしれない。でもそれでも残したいと思う。それは正義でもなく大義名分があるわけでもなくただのエゴなのだろうと思う。残し方や方法は様々かもしれないけれどなくなってしまえばそこで終わりになる。だから残したいから残す。ただそれだけだ。

結局は、やるかやらないかなのだろうと思う。

燕三条では現状を打開するために「燕三条 工場の祭典」というイベントを始めた。今年は10月4日(木)〜7日(日)の期間に、燕三条にある多くの工場の扉が開かれる。

もし工場や鎌づくりの職人に興味を持った人がいたらぜひ足を運んでみてほしい。工場の中をのぞき、普段はなかなか出会うことのできない職人さんと話すことができる。私のように職人さんに話かけてみたら、日本のものづくりが身近に感じられるかもしれない。

※この記事は、燕三条ローカリストカレッジの受講生が取材・執筆した記事です。