まるでヤジ馬ワイドショーの再現シーン!フジテレビの「スーパーニュース」の嫁姑カレー報道

民放の記者たちもそれなりに日々の報道のあるべき姿やジャーナリズムの役割を真面目に考えて仕事をしている人々が大半だ。それが時々、視聴率主義や事なかれ主義などでゆがめられてしまう。

驚いた!「スーパーニュース」の"昔のワイドショー"的な再現シーン放映

"民放"のテレビニュース報道などしょせん軽薄なものと考えている人は 世の中には少なくないのかもしれない。

しかし、民放テレビの報道局で働いていた自分の経験で言うと、民放の記者たちもそれなりに日々の報道のあるべき姿やジャーナリズムの役割を真面目に考えて仕事をしている人々が大半だ。それが時々、視聴率主義や事なかれ主義などでゆがめられてしまう。

この1週間ほどのテレビニュースを見て仰天したのが10月24日(金)のフジテレビのニュース番組「スーパーニュース」だった。

それはまるで、昔のワイドショーのような後味の悪い報道だった。

東京・国分寺市で発生した、33歳の嫁による姑(しゅうとめ)の殺人未遂事件を再現シーンを駆使して伝えていた。

殺人未遂の発端になったのが、嫁が作ったカレーのルーを姑が流しに捨てたというものだったという話を6分ほど放送した。

ちょうど「ヤフーニュース(映像)」にも映像や原稿がアップされているので、見てほしい。

●フジテレビの場合

【義理の母親を鍋で殴り殺害しようとした疑い 33歳女逮捕(フジテレビ)】

義理の母親を鍋で殴って殺害しようとした、33歳の女が逮捕された。

そのきっかけとなったのは、カレーだった。

女性は「とにかくわたしは、頭が痛くて痛くて」と話した。

額に貼られた、血がにじんだ、ばんそうこう。

女性を襲ったのは、この家で同居していた息子の嫁だった。

長い髪を垂らし、うつむいているのが、殺人未遂の現行犯で逮捕された33歳の女。

東京・国分寺市の閑静な住宅街に、73歳の女性の家がある。

女性はここで、息子夫婦とその孫と5人で暮らしていたという。

女性は「(お嫁さんとの関係は?)近づかないように。まあ嫁さんだから」と話した。

殺人未遂事件にまで発展した、同居する嫁と、しゅうとめのトラブル。

逮捕された嫁の夫は「(しゅうとめと嫁)どっちも負けず嫌いだな。2人とも負けず嫌い。そこにつきるかな」と話した。

事件のきっかけは、嫁の作るカレーだった。

逮捕された女の供述によると、23日朝、カレーを作るため、鍋の中に具材を入れ、下ごしらえをしている途中、しゅうとめが突然、驚きの行動に出たという。

まだ、カレーのルーが入っていない状態だった鍋の中身を突然、流しに捨てたしゅうとめ。

その行動に、女は「死んでしまえ」と叫びながら、しゅうとめの首を絞め、具材を煮込んでいた鍋で、頭部を数回にわたって殴ったという。

しゅうとめは、すぐに嫁に殴られたと通報。

その場で、女は逮捕された。

しゅうとめは、額を5針縫ったものの、軽傷だった。

(中略)

逮捕された女は、「日ごろから口論が絶えなかった。態度や口のきき方について、日ごろから注意を受けていた」と話し、容疑を認めているという。

出典:ヤフーニュース(映像 FNNニュース)(※現在はリンク切れ)

原稿だけを読んでも何が起きたのか、何がニュースなのかよく分からない。

事実関係は以下のことだけだ。

「33歳の女が殺人未遂で逮捕された」

「女が嫁として一緒に暮らす姑との関係が普段から悪かった」

「女が作ったカレーを姑が流しに捨てたことが発端で女が腹を立てて姑の首を絞めた」

それだけのことに、カレーのイメージ映像、どこかの台所のセットで嫁役の役者、姑役の役者まで登場させて、首を絞める映像や殴りつける映像など、一種の「再現ドラマ」で放映している。

まず、容疑者を「33歳女」というだけで「匿名」にしている。

容疑者が精神障害を持っている場合など、何らか差別などにつながりかねないケースを別にすれば、実名報道していない、ということは実名で報道するだけの重大性はないニュース、という判断をフジテレビ側がしていることを意味する。

通常、よほどの凶悪事件などでない限り、匿名の事件を6分間も長々と伝える、などということをテレビ局はしない。

重大事件でないのであれば、

では、なぜフジテレビは報道したのだろう?

原稿を読む限り、これしきのことで逮捕すべき事案だったのか、という問題提起をしたいわけでもないらしい。

では、なぜ?

「発端がカレーだし、カレーなどを再現シーンで伝えれば面白いのでは?」と記者やデスクが考えたからだろう。

確かに、再現すれば「画になる」ニュースではあった。

事実、フジテレビ「スーパーニュース」はそうした発想からか再現を交えたVTRを作って放送した。

それから被害者である姑の話を取材することができたこともあって長く放送していい、という判断をしたのかもしれない。

ところで上記のVTRの前後のスタジオ部分にはこんなやりとりがある。

●見逃せない!笑いながらのフジテレビのキャスターコメント

安藤優子キャスター

「さて続いてはまさに殺人未遂の事件にまで発展してしました。嫁と姑内のバトルです」

生野陽子アナ

「義理の母親を鍋で殴って殺害しようとした33歳の女が逮捕されました。

 そのきっかけとなったのがこちら...」(とコンロの上の鍋のフタを開く)

「カレーでした」

【VTR】(上記の「ヤフーニュース(映像)」と同じ)

(VTRが終わって、スタジオで)

安藤(笑いながら)

「話を聞いていると積もり積もったものがうわっと行ったのかなという感じがするんですけど。

 なんかカレーを流しに捨てるあたりはまだ冷静さが残っていたのかなあ」

江上剛キャスター

「生野さんは新婚だけど、姑さん、気つかいます?」

生野

「いや、そんなに...」

江上

「ああいいですね。よかった」

安藤

「でも間に入った夫がいけないんじゃないですか?」

江上

「すみません。あまりウチの方は大丈夫です」

(終始、出演者は笑顔)

殺人未遂事件を笑いながら伝えるキャスターたち。

重大な凶悪事件ならばこういうことはしないだろう。

だとすれば、なぜこのニュースに6分も時間を使ったのか。

私はテレビ記者の出身で、いまは大学でジャーナリズムを教えている立場だ。

「テレビジャーナリズム」について良い報道は良いと褒め、悪い報道は悪いと指摘するのが、社会における役割だと自負している。

テレビ報道が伝えるべきことを伝えているのか、取材や報道のルールやモラルを守っているのか、記者が適切な言葉を吟味して伝えているかなどを日々チェックしている。

最近、テレビ報道の担い手である、記者やデスク、プロデューサーらの「劣化」が目につき、機会があれば改善を求めるように努めている。

そんなニュースを放送して良いのか?と若手に指摘する「口うるさいおじさん」。

そうした人たちが局内にいなくなっているのではないかと感じるからだ。

ちなみにこの10月24日は、ニューヨークで男性医師にエボラ出血熱の陽性反応が見つかったり、カナダの議会襲撃事件の続報など、ニュースはそれなりにあった日だ。それなのに、フジテレビはこのニュースに6分間も放送時間を費やした。ニュース番組のなかでの6分間というのはその日に放映するニュース項目でも1、2を争うほど力を入れたニュースだといえる。

そもそも、このカレーが発端の嫁による姑殺人未遂事件は前日あたりに警視庁記者クラブで公表したものだろう。

同じ日、他のテレビ局もニュースにしている。

ちなみにテレビ朝日もニュースで報道している。それも映像で見ることができる。

●テレビ朝日の場合

【「死んでしまえ」カレー捨てられ嫁が姑の"首絞め"(テレビ朝日)】

東京・国分寺市で、調理中のカレーを捨てられたことに腹を立て、義理の母親の首を絞めて殺害しようとした疑いで33歳の女が逮捕されました。

舘林純子容疑者は23日、国分寺市の住宅で、同居する義理の母親(73)に「死んでしまえ」と言って両手で首を絞め、鍋で何度も頭を殴り、殺害しようとした疑いが持たれています。母親は額を切るなど軽傷です。警視庁によりますと、舘林容疑者は台所でカレーを作っていましたが、母親が鍋に入った具材を流しに捨てたことに腹を立て、犯行に及んだということです。取り調べに対し、「普段から口の利き方が悪いと悪口を言われ、口論が絶えなかった」と容疑を認めています。警視庁は、以前から義理の母親との間で日常的にトラブルがあったとみて調べています。 舘林純子容疑者は23日、国分寺市の住宅で、同居する義理の母親(73)に「死んでしまえ」と言って両手で首を絞め、鍋で何度も頭を殴り、殺害しようとした疑いが持たれています。母親は額を切るなど軽傷です。警視庁によりますと、舘林容疑者は台所でカレーを作っていましたが、母親が鍋に入った具材を流しに捨てたことに腹を立て、犯行に及んだということです。取り調べに対し、「普段から口の利き方が悪いと悪口を言われ、口論が絶えなかった」と容疑を認めています。警視庁は、以前から義理の母親との間で日常的にトラブルがあったとみて調べています。

出典:テレ朝ニュース

こちらも映像が見られるが、再現シーンはまったくない。

通常の事件のニュース映像と同じで、「東京・小金井署に連行される容疑者」の映像と「事件のあった現場(容疑者の自宅)の映像」だけで放送している。

通常の事件報道と同じく、容疑者の氏名も実名にして「実名報道」に徹している。

これがオーソドックスなテレビニュースのスタイルだ。

事件が起きた現場などの映像に徹し、再現などを使わない報道は信頼感を持てる。

ただ、24日夕方の「スーパーJチャンネル」で報道する時には、映像そのものは変わっていないが、情報は「匿名」に変わっている。「33歳女」となっているのだ。

これはいったいどういう判断なのだろうか? 実名で報道するほどの重大な内容ではない、ということならば、じゃあ、なぜ放送するのか、という問題になってくる。

TBSは前日のニュースとしてネットにアップしている。

●TBSの場合

【カレー捨てられ義母の首絞め鍋で殴る、容疑の主婦逮捕 (TBS)】

東京・国分寺市の住宅で、73歳の義理の母の首を絞めた上、鍋で頭を殴り殺害しようとしたとして、主婦の舘林純子容疑者(33)が23日警視庁に逮捕されました。

舘林容疑者がカレーを作っていたところ、義理の母が、突然、鍋の中身を流し台に捨てたことから口論になったということです。

舘林容疑者は「死んでしまえ」と言いながら首を絞めていて、「日ごろから叱責され頭にきていた」と、容疑を認めているということです。

出典:TBS NEWSi

映像は事件現場の建物の映像だけ。

報道も「実名」だ。

ところがTBSも翌日夕方の「Nスタ」での放送では、カレーライスを料理する再現映像を使って報道している。

フジテレビの「スーパーニュース」とは違って、殺害未遂の行為そのものの再現やカレーを捨てるシーンなどはなく、カレーを作っている映像のイメージだけだ。

「Nスタ」は実名報道であることに変わりはない。

●ニュースの原則はどうなっている?

ちなみに「実名報道」や「再現シーン」については報道のルールとしてどう扱われているのだろうか?

・「実名報道」が原則

・再現シーンも誤解を与えないように必要最小限度で

というのが、テレビ報道の世界での常識だと言ってよいだろう。

たとえば、「NHK放送ガイドライン2012」では、再現シーンについて以下のように書いている。

制作者の意図を映像化するためのさまざまな表現の可能性が存在すると同時に、誇張やゆがめられた事実が入り込む危険性も潜んでいることに注意しなければならない。

使用にあたっては、再現であることがわかるように努め、過剰な演出に陥らないように注意する。

出典:NHK放送ガイドライン2012

民放でもテレビ東京の報道倫理ガイドラインを見ると、「実名報道」を原則とし、「報道における表現は、品位と節度を保つ」とある。

(3) 報道内容の真実性を確保するため、実名報道を原則とする。情報の根拠はできるだけ明示する。匿名報道を条件とした取材は、限定的でなければならない

(4) 取材源は厳格に秘匿する。報道目的以外では、取材で得た情報や番組素材などを使用しない

(5) 事実でないことをあたかも事実のように演出する「やらせ」や行き過ぎた演出はしない。報道における表現は、品位と節度を保つ

出典:テレビ東京 報道倫理ガイドライン

どこの社でも外部に公表しているかどうかは別にし、同様のガイドラインを持っている。

私の経験でいえば、再現シーンは一般的に「行き過ぎた演出」にあたる場合があり、先入観を与えかねないのでニュースではごく限定的に認められる、「品位と節度」を保てない、というのがテレビ報道の記者たちの常識的な線引きだと考える。

TBSの「Nスタ」が今回の事件で「イメージ映像」を使ったものの、カレーライスの映像などにとどめ、実際に首を絞めるシーンなどは「再現」しないで伝えたのは、そうした点で配慮したものだろう。

そういうことを考えると、フジテレビの「スーパーニュース」でのまるでかつてのワイドショーのような再現シーンは私の認識では「品位と節度」を超えたものだと考える。

こうしてそれぞれの社や各番組を見比べてみると、それぞれの社の「見識」が見えてくる。

残念ながらこの日の「スーパーニュース」に「見識」は感じられなかった。

●テレビのニュース番組は「ウィークエンダー」に先祖返り!?

ところで考えるべきは、カレーが発端となった嫁と姑のバトルが背景になった事件のニュースが「アクセスランキング」で上位になっていることだ。

TBSの「Nスタ」でも、10月24日の放送時点でアクセスランキングトップとして、このニュースを伝えていた。

また、ヤフーニュース(映像)でもフジテレビのニュース映像はしばらくトップだった。

ということは、報道倫理の是非は別にして、ネットで見る人たちを引きつけるコンテンツだった、という側面は否定できないということだ。

テレビとネットが融合する時代に突入し、テレビ報道の倫理をどこまでネットに流す映像にも適用させるのか。

「より面白いニュース」を目指していく上で、再現映像によるドラマ的なものが認められるのか。

それはそれだけでも現在のテレビやネットの報道を考える上での重要なテーマになるので、考察するのは別の機会に譲ることにする。

かつて、愛憎が背景になったドロドロの事件をドラマ仕立てで再現する「テレビ三面記事 ウィークエンダー」(1975-84年、日本テレビ系で放映)という番組があった。

実際にあった事件を興味本位の覗き見主義でおどろおどろしく伝える手法がいろいろな議論を巻き起こし、その後、他のワイドショー番組による様々な不祥事も重なってワイドショー批判がわき起こり、現在ではその種の「三面記事」ものは姿を消している。

ところが、今回のフジテレビ「スーパーニュース」での「カレー嫁姑バトル」事件の扱いを見る限り、報道倫理がなし崩しにされ、報道番組、ニュース番組という隠れ蓑をまとった「ワイドショー」が復権していることが露見した。

そのことに私は危機感を覚えている。

報道倫理の問題は、一歩間違うとヤラセや捏造につながりかねない大事な問題だ。

フジテレビの報道局内で、少なくとも議論を重ねた末にこうした報道を許しているのであればまだいい。

問題は、誰も問題だと思うことなく、こうした「ウィークエンダー」的な報道がニュース番組の中にまで広がってしまうことだ。

ネットとテレビの融合する時代が現実のものになっている今、テレビの報道スタッフはもっとしっかりしてほしい。

(2014年10月29日「Yahoo!個人」より転載)

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