●「街頭インタビュー」ばかりか「資料映像」までも対象にした自民党の要望書
11月20日に自民党がNHKと民放テレビキー局各社に対して出した「要望書」は、与党がこの種のものを出すこと自体が前例がなく、しかも神経質なほど細部にわたるものでした。
「街頭インタビュー」をについて「公正中立、公平」を求めたことは、テレビ局側に「街頭インタビューを使った場合、面倒なことになるかも・・・?」と臆病な気持ちを抱かせ、街頭インタビューという手法そのものに対して慎重な姿勢にさせかねない行為でした。実際、そのせいなのか、要望書の提出以降、選挙に関するテレビ報道から街頭インタビューが姿を消したテレビ局があったことはお伝えした通りです。
ところで自民党の要望書には「資料映像」についての要請も入っていました。
「・・・資料映像等で一方的な意見に偏る、あるいは特定の政治的立場が強調されることのないよう、公正中立、公平を期していただいきたい」
と書かれています。 政党が各テレビ局に対して「資料映像」の使い方まで事前に口をはさんできたのはもちろん今回が初めてのことです。
●「資料映像」とは、どんな映像のことなのかわかりますか?
よくニュースで、農業の統計が出てくるニュースのバックで稲刈りの様子が映し出されて、「資料映像」という字幕が右上か左上に表示されている場合があると思います。
この場合の「稲刈り」の映像が「資料映像」です。
あるいは、日本の工業製品の輸出に関するニュースで、自動車工場で車を生産しているラインの映像が流れる場面を思い出してください。
この場合の「自動車生産作業」の映像も「資料映像」です。
農業の時は農作業、観光の時は観光客、工業の時は工業生産の作業など、「一般的な映像」を指す場合が大半です。「一般的」という意味は、出てきた自動車工場の映像がたとえトヨタのプリウスを作っている生産工程の映像だとしても「資料映像」と字幕をかけることで、「これは特定のメーカーや特定商品にかかわる映像ではなく、一般的な自動車生産の様子の映像です」と言い訳している映像が「資料映像」だとうことになります。
でも、選挙の際に「農作業」や「工場生産」の一般的な映像が出てきても、政党が目くじらを立てるというのは変ですね?
一般的な映像がどれだけ出てきても、あまりどの政党に有利、不利という話にはならないはずです。
実はこうした一般的な映像は、だいたい放送時点よりも前に撮影されているもので「過去の映像」ばかりです。
自民党が「公正中立、公平」に注意しろと言っている「資料映像」というのは、「過去の映像」という意味なのです。
自民党が各テレビ局に釘を刺しておきたかったのは「過去に撮影された映像の使い方について」だということはテレビ報道の関係者ならすぐにピンときます。
●「えひめ丸事件」で首相退陣につながった「過去の映像」
話は2001年にさかのぼります。この年の2月、ハワイ沖で日本の高校生が乗った「えひめ丸」という練習船がハワイ沖でアメリカ軍の原子力潜水艦と衝突し、海に投げ出された高校生ら9人が死亡するという惨事が起きました。日米両政府がからむ国際的にも重大な事故です。ところが事故当時、ゴルフ場でプレーをしていた当時の森喜朗首相はゴルフ場でプレーをしている真っ最中で連絡を受けた後もプレーをしばらく続けたことが発覚しました。森首相はマスコミや野党から激しく批判され、その後、しばらくして退陣に追い込まれました。
その時にテレビのニュースやワイドショーなどで繰り返し使われた映像は、えひめ丸の事故の映像に加えて森首相がゴルフを楽しんでいる映像でした。実際には事故の際のゴルフプレーの映像はどこのテレビ局も撮影していなくて、夏に撮影された森首相のゴルフの様子を「資料映像」として各テレビ局が使っていたのです。
こうした映像の使われ方で、森首相はすっかり「重大な事故の際にゴルフを優先していた」というイメージが定着し、危機管理意識が欠如した指導者、として国民の不信を集めてしまいました。
こうしたことから、自民党が各テレビ局宛の要望書に書き込んだ「資料映像」というのは、この種の、「過去の(自分たちに不利になりそうな)映像」を使わないように、というメッセージを暗に含んでいたと私は考えています。
さて、今回の総選挙にあたって、自民党にとってテレビで強調されると不利になる「過去の映像」とはどんなものだったでしょうか?
●私は今回、自民党にとってテレビで強調してもらいたくない、いくつかの「過去の映像」があったとみています。
(1)安倍政権の政策のマイナス面や約束違反などを強調して伝える映像
なかでも民主政権下での2012年11月14日、国会での党首討論での当時の野田佳彦首相(民主党)と安倍総裁(自民党)との議論の応酬の映像は注目されます。以下のようなやりとりがあったのです。
(野田)
「定数削減はやらなければいけない。消費税を引き上げる前にお互いに国民のみなさんに約束したことをこの国会で結論を出そうじゃありませんか。国民のみなさんの前で約束してほしいです。定数削減は来年の通常国会で必ずやり遂げる。それまでの間は議員歳費を削減する。それをご決断いただくならば私は今週末の16日に解散してもいいと思っています」
(安倍)
「定数の削減と選挙制度の改正を行っていく。約束しますよ」
(野田)
「16日に解散をします」
(安倍)
「今、総理16日に選挙(解散)をする。それ約束ですね?約束ですね?よろしんですね?16日に解散していただければそこで国民のみなさんにゆだねようではありませんか。そちらが政権を担うのにふさわしいのか」
こうして2012年の衆議院解散総選挙が実行され、結果として自民党政権になるわけですが、この時の安倍総裁がこの直後の総選挙で首相に返り咲いた後も「定数の削減」は実施されていません。
今回の総選挙前にこのやりとりをくわしく「過去の映像」を使って報道していたのは、TBSの「報道特集」(2014年11月22日)や日本テレビ系(読売テレビが制作)の[ウェークアップぷらす!」(2014年11月29日放送)などごくわずかでした。連日放送されるニュース番組やワイドショーで長く放送したものは見当たりませんでした。当時の映像を使っている場合でも、時間が短く、また「安倍総裁による約束の言葉」の部分は使わないで編集する、などという使い方でした。
この映像は、争点の1つでもあった「自らが身を切る改革」すなわち「国会議員の定数削減」の意義を伝える上でも大事な映像なのですが、
多くの番組があえて使わなかったのは不自然な印象でした。
(2)安倍政権の閣僚の疑惑や辞任など
「政治とカネ」をめぐる、小渕優子前経済産業大臣の疑惑や彼女の辞任会見などの映像。松島みどり前法務大臣の「うちわ」をめぐる騒動や辞任会見などの「過去の映像」は、それぞれの「選挙区事情」を伝える際に短く出したニュース番組はありました。しかし、いずれも「ごく短く」でした。小渕前大臣については辞任会見の映像は放映されましたが、収支報告書や観劇会の会場の映像などは出てきませんでした。
あるいは、「政治活動費」をSMクラブに支出していた宮沢洋一経済産業大臣に関する「過去の映像」(釈明会見、収支報告書など)は、今回の総選挙報道ではどの番組も流しませんでした。また政治資金疑惑をめぐる江渡聡徳前防衛大臣の映像(釈明会見、収支報告書など)も同様に出てきませんでした。
12月2日(公示日)から12月13日(投票前日)までは、選挙期間中ですから、公職選挙法によって特定の政党や特定の候補に有利あるいは不利になるような報道はかなり厳密なところでできなくなります。このため、もし、これまでの政権の下でどんなどんな出来事があったのかを振り返るとすれば解散がほぼ確実になってから公示日までの間の期間に報道しなければなりません。もし、それぞれのテレビ番組が「政治とカネ」も今回の争点のひとつだと考えるならば、安倍政権のこれまでを振り返る意味でも、公示前の期間にまとめて放映するという選択肢があったと思います。
しかし、これらの「過去の映像」は使われませんでした。
「政治とカネ」の他にも、大臣がネオナチ政党幹部と2ショットの写真を撮影した問題など、ニュースになった「過去の映像」で使われなかったものはいくつかありました。もちろん、ここではそうした映像のすべてを放送すべきだと言いたいのではありません。ただ「資料映像」について自民党が前もって要望書を出したことで、使われたはずのものが使われなかったとしたら問題であり、そのことは検証する必要があるということを指摘しているのです。
(3)安倍政権の閣僚の問題発言
同じことは、「大臣の失言や放言」についても言えます。
2014年6月、石原伸晃前環境大臣が福島第一原発事故によって出た汚染土の中間貯蔵施設の受け入れ先をめぐって地元自治体と交渉するなかで、「最後は金目でしょ!」と発言したことは発言当時、大きなニュースになりました。後日、石原大臣は福島県庁を訪れ、多くのテレビカメラの前で知事に謝罪しています。
この発言も謝罪の映像も使われませんでした。
失言といえば、安倍政権のナンバー2である麻生太郎副総理兼財務大臣も公示後ですが、「高齢者よりも子どもを産まない人の方が問題だ」という発言と「この2年間で利益を出していない企業は・・・経営者に能力がないから」という2つの発言をして批判を浴びました。麻生副総理はこの問題で釈明会見を行ったのですが、これを定時のニュース番組で扱ったのを見たのは、TBS「Nスタ」「NEWS 23」テレ朝「スーパーJチャンネル」「報道ステーション」、フジ「スーパーニュース」だけでした。
NHKもふくめて、その他の番組はいったいどうしたのでしょう?
政権ナンバー2という立場を考えると、この発言の持つ意味はけっして小さくありません。事実、海外のメディアでも報道されました。ニュースにしていいテーマです。テレビ局も「過去の映像」を使って麻生氏のこれまでの失言や今回の失言の意味を検証する、という報道手法もあったはずですが、そこまで踏み込んだ番組はありませんでした。
この点、「資料映像」の使い方についても「公正中立、公平」を求めた自民党の「要望書」の影響があったのでしょうか?
それは今後も検証してみる必要がありますが、放送された番組を見る限り、今回の総選挙報道では、「街頭インタビュー」だけでなく[過去の映像」に関しても、テレビ局が抑制的でかつ慎重になっていたことが見てとれます。
ただ、それでは安倍政権のこれまでの2年間を総点検する、という選挙前報道の役割を放棄したのと変わらなくなってしまいます。
テレビの強みは何といっても映像と音声でリアルに伝えられることですから、その武器をあえて使わなかったのだとしたら、本末転倒です。
今回のテレビ報道では伝えるべき情報を有権者に対して十分に伝えることができたのかどうか。
そのことについてはそれぞれのテレビ局で振り返ってほしいと思います。