写真:ⓒJapan In-depth編集部
「企業のグローバル化」が叫ばれて久しい。日本企業が直面している課題、グローバル化を進めるために必要なことは一体何か。ソニーの社長・会長を経て、クオンタムリープを代表取締役として率いる出井伸之氏に、Japan In-depth編集長安倍とフライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社社長の田中慎一氏が聞いた。
-(安倍)「日本の企業が直面するグローバル化の課題とは?」
企業のグローバル化とは何か定義しておきたいが、単に輸出比率が高いだけではグローバル企業とは言えず、海外で作り海外で売る比率が高い企業が真にグローバルな企業と言えるだろう。
問題になるのはコーポレートガバナンスだ。日本企業のM&Aが盛んだが、日本の外で価値を生み出している企業を買収した際に買収した企業を日本でどうガバナンスしていくか。日本の企業はオペレーションについてはある程度理解しているものの、そもそも基本的なコーポレートガバナンスや、アメリカ型のコーポレートガバナンスとヨーロッパ型のコーポレートガバナンスの違いなどを理解している会社は非常に少ないと感じる。
日本の会社が海外の会社を買収した際、会計基準の違いから日本で利益が出ていないものが海外で利益が出ているとなった場合、一体どちらが正しいのかという問題が出てくる。対応するにはバランスシートの管理という範囲を超えたグローバルなマネジメントに対応出来る人材や体制が必要になるし、東京からガバナンスするのでは全体像が見られないと感じる。
日本企業の中でもワールド・ヘッドクオーターを海外に置く例が増えているが、全体を見るにはニューヨークかロンドンに拠点を置くのがふさわしいのではないか。
もう一つの問題はコミュニケーションだ。コーポレート・コミュニケーションには広告・宣伝やPRだけでなくIRも入るが、日本企業のIR担当者は機関投資家向けに特殊な金融用語で話していることが殆どだ。しかし株主は機関投資家だけでなく個人投資家も存在するのだから、企業経営や個々の経営判断について一般の投資家にも分かるように伝えることが必要になる。だからIRには、営業やマーケティングの経験があってMBAで財務を勉強し、機関投資家と一般の投資家向けに二通りの話し方が出来る人を配置する必要があると思う。
-(田中)「コミュニケーションの拙さによって日本企業の株価は過小評価されているのか?」
もちろんコミュニケーションやその時々のトレンドの影響もあるだろう。しかし株価や企業価値については別の理由を考える必要がある。Google、FacebookやAmazonのようなインターネット企業が、なぜこんなに大きくなっているのか。例えばコンサルティング会社であれば従業員数の規模などで企業価値がある程度決まってくるが、いわゆるプラットフォーム企業にはそれがない。
プラットフォームは利用するユーザーがどんどんユーザーを広げていってくれるので、よりアップサイドの余地があると判断され、たとえ現在の売上は小さくてもその可能性から株価が上がるからだ。しかし、こういった一番値段がつく場所に日本企業はまだ一社もおらず、古いコングロマリットに値段がついているというのが現実だ。
-(安倍)「日本企業はどのようなビジネスモデルを構築するべきか?」
日本企業が今一番やるべきことは、既にあるプラットフォームを真似るのではなく、ユーザーやマーケットに「これはすごい」と思われるものを考え出すことだ。そういった試みはまだ日本から出ていないと思う。それは現在の日本企業でプラットフォーム企業にこれだけ値がついてることの意味を認識している人間が少ないからだろう。
リアルとバーチャルが一緒になって次の時代が来ている今、どういうビジネスモデルが必要か、そこで必要とされるビジネスモデルを新しく概念レベルから作り出すべきだが、そもそも日本の内と外でやっていることが盆踊りとサッカーぐらい違うというのが現状だ。
-(安倍)「そのような状況で日本企業は変われるのか?」
非常に難しいが、結局は日本企業の大量生産型、仕様が決まったものを大量に作るというビジネスモデルが人を抱えすぎて、大企業で安定した仕事をしている人たちが多過ぎるのが問題だ。低ROE、低株価、でもみんな幸せ、というモデルもある程度は続くが、グローバルな競争では通用しない。それが変わるにはあと20年はかかると思う。
その中で生き残る企業は超グローバル企業か、コンパクトな企業の二種類だろう。超グローバル企業は、インターネットの外部性や規模のメリットを享受できるし、コンパクトな企業は細かなアジャスト、アダプトが上手く出来る。ただ、古い人間がいる会社では難しいだろう。
ソニーは今60歳が一番上の役員で、みんな54、5になった。その下にいるのは40代で、もう少しすると本当の変化というか全然違う概念が出てくると思う。デジタルネイティブを、大学生の時にインターネットに触れたかどうかという基準で考えると、ちょうど37、8歳が一番上だ。
とにかく企業に限らず今の日本のシステムはものすごく古い。そして変化を内発的に起こす必要がある。現在2020年のオリンピックに注目が集まっており、それまでは暫く今のやり方で生き残ることが出来るだろうが、オリンピック後の2030年を見据えて、どのような経済・社会システムを実現するのかを検討するべきではないか。
-(田中)「具体的なアイデアはあるか?」
ここ10年アメリカで講演して一番評判が良かったのが、Fortuneのパネルディスカッションでやった、都市のOSを作る「シティOS」という話だった。実は日本は戦後新幹線でいち早く同期型の社会を作りあげたが、次にやることは都市にOSを作ることだと思う。エネルギーやインフラをスケーラブルなOSとして作って、その上でサービスのような個々のアプリケーションを乗せてみてはどうかという話をしたら、名刺交換の列が出来た。
日本社会の活力を生かすためには、「今日本を作ったらどうなるか」ということを根本的に考え直す必要があると思う。例えば、江戸時代の藩というのは日本の地域コミュニティの文化的な求心力があった思うが、廃県置藩のようなことをやって、どうすれば良いコンパクトシティが実現できるのかを考えることが非常に重要だと思う。
【インタビューを終えて:編集長 安倍宏行】
出井氏の視点はグローバルだ。リアルとバーチャルが一緒になり、次の時代のビジネスモデルがダイナミックに生まれている現状を指摘した上で、日本の多くの経営者がそれに気づいていないことに警鐘を鳴らした。全く同意する。残念なことに今成功しているIT・プラットフォーム企業は基本的にアメリカ生まれだ。日本発はない。
そうした中、出井氏は我が国のデジタルネイティブ層に期待をかける。現時点で37、8歳以下の人たちだ。60歳以上の経営者が考えもつかない、新たな概念が生まれる可能性がある、と出井氏は期待する。目先のオリンピックに目を奪われることなく、その先を見通して、グローバル競争に勝ち抜く新たなビジネスモデルを構築する必要がある、という氏の提言を重く受け止めた。