アジアのグローバル企業で世界進出を目指す足がかりとして注目されて久しいシンガポール。そんなシンガポール国内の上場企業数が増える中で、適切な投資判断を行うために公開データの需要は高まっているようだ。
シンガポール最大のメディア企業、シンガポール・プレス・ホールディングス(SPH)はこのほど、上場企業の公開データの自動で収集し相関マップを作成するアプリ「Handshakes」を開発する地元スタートアップ「DCフロンティアズ」に200万シンガポールドル(日本円にしておよそ1億8千万円)を出資した。
DCフロンティアズのサービスは、どのように投資判断に役立つのか。また日本市場に進出する考えはあるのか、創始者のDaryl Neo氏に、サービスの内容と今後の展望について話を聞いた。
Daryl Neo氏
DCフロンティアズ共同創始者。2009年よりシンガポール証券取引所(SGX)にて勤務。2011年に当時の先輩であったCharles Poon氏とともに市場データのキュレーションアプリ「Handshakes」を立ち上げる。今年、シンガポール大手通信社のシンガポール・プレス・ホールディングスが20パーセントの株を取得。200万シンガポールドルの資金調達を行い注目を浴びる。
アジア市場のデータはニーズが高い
-もともと、お二人は証券取引所の同僚だったそうですね。
会社を立ち上げたのは、今から4年前。私が26歳、共同創始者のCharles Poon氏が35歳のときです。その頃、私とCharles氏はシンガポール証券取引所(SGX)で働いていて、後輩と先輩の関係でした。私も彼も、SGXの業務において非効率さを感じることがあったんです。
というのは、取引所では常に、上場企業からの膨大な量のアナウンスメントが公開・更新されています。その中から必要な情報を見つけ、関連性のある企業や人物まで探し出すのは大変な作業です。
おそらく問題は、情報開示の仕組みでしょう。情報を公開すれば、あたかも誰もが知っているように見えますが、実際は、本当に知りたい情報を見つけるためには注意深く精査する必要があります。自分たちの業務上、非効率な部分をなんとか解決したいと思い、データ分析のシステムを考え始めました。そして最終的にSGXを離れ、自分たちのサービス開発に全力を注ぐことにしたのです。
-それが、株式市場のビッグデータを活用したキュレーションアプリですね。
昨年初めに、上場企業の開示データなどを分析するためのアプリ「Handshakes」をローンチしました。企業から公式に発表された開示データを集積し、企業情報や取引関係、人事、人物同士のつながりなどを知ることができるサービスです。現在、シンガポール市場とマレーシア市場、香港市場をカバーしています。
-具体的には、どのような情報が得られるのでしょうか?
例えば、企業Aに投資したいと考えている投資家がいるとします。これまでは証券会社などに依頼し、企業Aの企業情報や取引先などを調査してもらうのが一般的でした。しかし、先ほど話したように、一つの企業を調査するだけでも、過去にさかのぼり膨大なデータから情報を集め分析しなければいけません。それには途方もなく時間がかかり、生産性も低いものです。手数料もかかります。
ほんの数分で、ブラウザ上に必要な企業や個人間の関係性がマッピングされる。
「Handshakes」では、調べたい企業名や個人名を入力すると、それらに関連する企業や人物がマッピングされ、企業間の関係性などを一目で見ることができます。過去に違法な取引をした企業や人は赤色で表示されるので、ハイリスクな企業や個人はすぐにわかります。例えば3年前に、シンガポール市場のメインボードの上場3銘柄の株価が暴落するという大きな出来事がありましたが、アプリを通してこれらの企業を見ると、いかに密接な関係性があったかがわかります。
-投資家の他にも、データ分析のニーズは高そうですね。
現時点で私たちのサービスは、シンガポールとマレーシア、香港の3カ国の市場をカバーしていますが、ユーザーはこれらの国にとどまりません。アジア市場に注目する企業の社長やエグゼクティブ、銀行員、顧問弁護士、個人投資家、金融ジャーナリストなど、世界中に広がっています。
市場データ分析、特にアジア市場のデータのニーズは今後も高まるでしょう。アジア市場は成長期にあり、世界の企業や投資家が注目しているからです。しかし、いざアジア市場に参入しようとしたときに問題となるが言語です。
中国語、日本語、韓国語、タイ語、ベトナム語など、アジアには本当にたくさんの言語があります。また各国によって上場企業の公開データの種類や役員の肩書なども異なってくるので、それらを調査・分析するのは至難の業です。シンガポール市場に詳しいベテランの銀行員や証券マンであっても、他国の市場まで網羅できる人は少ないでしょう。そこに私たちのサービスの価値があります。今後は、アジアすべての市場データを集約していく予定です。
先輩の知識は当てにならない!?
-サービス開発にあたり、何が一番の原動力となったのでしょうか?
SGXでは、私は3年、Charles氏は10年のキャリアがあったのですが、入所3年目の私は、お客さまから何か相談されたときに、情報収集をするのにかなり苦戦していたのを覚えています。
一方で、それなりのキャリアがある先輩は、経験上、持っている知識が豊富にあるため、お客さまの要望にすぐに応えられます。若手である私は先輩に質問することも多かったのですが、先輩も人間なので、たまには間違えることもあるし、忘れている情報もあるんです。もし担当である私自身も大切な情報を見落としてしまったら、お客さまの信頼を失ってしまいますよね。
より信頼できる情報を、より早く、キャリアに関わらず提供したいと思い、このサービスを考えました。きっと若手のみなさんも同じような経験があると思います。先輩は持っている知識や経験からお客さまの信頼を得られるのに、新人だとなかなかそうはいかないことに「そんなの不公平だ!」と思ったのがスタートアップのきっかけになりました(笑)。
-若手時代のフラストレーションが原動力になったと。
新入社員や若手社員がクライアントのことを理解するために「Handshakes」を使っている企業もあります。既存クライアントや営業先の企業の動向や、他社との関係性などを即座に知ることができますから。
「多様性」と「パートナーシップ」が必須な理由
-先日、シンガポール大手通信社からの資金調達で地元メディアでも取り上げられました。
私たちの強みは、誰にもまねできない独自のサービスだということです。人同士のコネクションがわかるFacebookやビジネス版SNSであるLinkdinと比べられることもありますが、「Handshakes」の特長は、公式な開示データのみを扱っているので、信憑性が確かな点です。また、株価などの数字的な分析サービスはあっても、人事や企業間、人同士の関係性まで網羅しているサービスはありません。
アプリ開発を始めたのが2011年。サービスのローンチまでに少し時間がかかりましたが、私たちのような若い会社にとって、国内有数の大手企業からの投資は、今後のビジネス展開における大きな布石となるはずです。先方も、サービスの希少価値と今後の事業拡大に大きな期待を寄せてくれているので、頑張りたいですね。
-では最後に、今後の展望を教えてください。
全アジアの市場のデータを徐々に集積していく予定です。そのために、ダイバーシティ企業として成長したいと考えています。現在は、シンガポール本社の他、タイとベトナムに支社があり、全体で50名の社員が働いているのですが、社員の出身国はスリランカ、マレーシア、香港、イスラエル、フランス、イギリス、アメリカなどさまざまです。
データ分析は人工知能でもできますが、取引所のレギュレータ(監督当局)など専門家が使えるクオリティーにまでレベルを高めるには、最終的に人の手に頼るしかありません。全アジアの市場データを網羅するためには、各市場に精通した人が必要であり、会社はあらゆる文化・価値観を柔軟に受け入れることが求められます。そのため、今後も、グローバル展開に強いチームを目指して、国際色豊かな人材の採用に力を入れていきます。
そして、アジア各国でのパートナーを積極的に見つけていきたいですね。アジアの市場データは、インドネシア、タイ、オーストラリアに加えて、市場規模の大きい日本やインドなどもニーズは高いです。しかし日本のように、言葉も商習慣も独特な国の市場に進出するのなら、その市場をよく知る現地パートナーとタッグを組むことも必要でしょう。弊社と同じように、その国の企業データを蓄積しサービス展開している企業を見つけ、お互いのスキルやデータを相乗し合えるようなパートナーシップを組んでいけたらと。そして世界中の方に「Handshakes」を使ってもらい、アジア市場がより盛り上がることを期待しています。
(2015年6月29日「HRナビ」より転載)