フランスの栄光の日々は続く。昨ステージはフランス人が今大会初の区間勝利を上げた。革命記念日の前夜には、フランス人がマイヨ・ジョーヌを手に入れた。フランス人にとって1年で1番誇らしい日に、つまりフランス人が、黄色の素敵な上着でツール・ド・フランスを走るのだ!
どこからどう見ても100%エスケープ向きのステージだった。スタートから道は上り始め、スタートから大規模のアタック合戦が巻き起こった。そんな中で、チーム ユーロップカーが、とてつもない賭けに出る。
総合リーダーのピエール・ローランは、すでに総合で7分34秒差を喫していた。スプリントリーダーのブライアン・コカールは、ポイント賞争いで総合2位につけるが、首位ペーター・サガンにはすでに111ptもの大差をつけられている。第2ステージでペーリ・ケムヌールが、第4ステージでトマ・ヴォクレールが、第7ステージでアレクサンドル・ピショが大逃げにトライしたが、ヴォクレールが敢闘賞を手に入れただけ。第2ステージではピエール・ローランが、第8ステージではヴォクレールとシリル・ゴチエが終盤にアタックをかけたが、いずれも実を結ばなかった。第7ステージではそれでも、チーム区間首位の栄光を味わったけれど......。だれもが胸の奥で、フラストレーションを感じずにはいられなかったはずだ。
「昨日はゴールまで行くエスケープに入り損ねた上に、ボクがタイムを失った。だから正直にいうと、ホテルでの夕食は、みんな、苦々しい顔をしていたよ......。だから、ボクは、リーダーとしてみんなに言ったんだ。『顔を上げて行こう。みんなで逃げを打とう。ボクも前に行く。そして戦線に復帰しようじゃないか』って」(ローラン、ゴール後インタビューより)
こうして大会が始まって9日目、フランスで迎える初めての日曜日、緑のフレンチチームはいつも以上に激しくスタートから攻め立てた。
フィニッシュ地アルザス地方で生まれたヴォクレールが、口火を切った。すぐに25人の集団が出来上がると、ヴォクレール+ケムヌール+ゴチエの3人が滑り込んだ。この企みは飲み込まれ、代わりにトニー・マルティンとアレッサンドロ・デマルキが飛び出した。すると再び、ユーロップカーは必死の作業に取り掛かった。こうして出来上がった28人の追走集団に、ピエール・ローラン+ケムヌール+ゴチエ+ピショ+ケヴィン・レザと......ユーロップカーが5人!
「トマ(ヴォクレール)と、ピエール(ローラン)と、シリル(ゴチエ)がとにかく乗れたらいい、っていう指令だったんですけど......。みんなどんどん行っちゃって!!」(新城幸也、ゴール後インタビューより)
結局のところはマルティンとデマルキの2人組に、いや、正確に言えば世界選手権タイムトライアル3連覇中の怪物に、追いつくことはできなかった。コース上には厳しい上りが6つ控えていたけれど、つまりは高速ダウンヒルのチャンスも6回あったということだ。上りでは淡々と高速リズムを刻み、下りでは危険を恐れず、2vs20人以上という数的ハンデをまるでものともせずにリードを順調に開いて行った。
しかも1級マークシュテインの上りで......、つまり、ゴールまでいまだ59kmを残した地点で、猛烈なアタックでデマルキを振り切ると、大好きな独走態勢へと切り替えた。幸いにもラスト20kmはほぼ完全なる平地。マルティンはただ、いつもの通りに、規則正しくペダルを回すだけでよかった。
「自転車界で、こんなことができる選手は、そうたくさんはいないと思うよ。でも、ボクはこんな風にしかできないんだ。だってボクはビッグアタックや駆け引きのできる脚を持っていないから。むしろ距離を開いて、タイム差をつけてからが、ボクにとってレースの時間なんだ!」(マルティン、チームリリースより)
これまでのツール区間2勝は、いずれも個人タイムトライアルでの勝利だった。つまり大逃げでは、初めてのツール区間勝利。もちろん山岳賞ジャージだって初めての経験だ。かつてドイツの領地だったこともあるミュールーズは、今大会5つ目のドイツ人ステージ優勝を迎え入れた。そしてマルティンの快挙から約6時間後、遠いブラジルの地で、ドイツサッカー代表が4つ目のワールドカップを天に突き上げた。
ドイツ人トニーが圧倒的強さを見せた2分45秒後には、フランス人トニーが歓喜の時を迎えた。聖人カレンダーによれば「聖アントニオの日」(つまり聖トニーの日でもある)は6月13日。1ヶ月前に終わっていたはずなのだが......。
「数日前から実は、可能性があるかもしれない、って考えていた。そして今朝、自由にエスケープに行っていい、ってチームマネージャーから言われた。だから逃げに乗るために、必死に喰らいついたよ。決して調子は良くなかった。ただ、これまでの自分の努力が、徐々に報われ始めているような気はしてた。あとはアスタナが許してくれるかどうか、それだけが問題だった」(トニー・ギャロパン、公式記者会見より)
ユーロップカーの5人と、3分27秒差で総合11位のギャロパンが滑り込んだエスケープには、複数の好選手が紛れ込んでいた。マルティンと並ぶ世界最強ルーラーとして知られるファビアン・カンチェラーラに、本来は総合トップ10入りを狙える実力を持つホアキン・ロドリゲスやダニエル・ナバーロ。また総合で6分07秒遅れ20位につけるティアゴ・マシャドや、10分23秒遅れブリース・フェイユーには、ギャロパンやローランと同じように、後方メインプロトンからタイムを稼ぐ理由があった。
そして、唯一の問題だった、アスタナの許可も、どうやら得られたようだ。黄色のヴィンチェンツォ・ニ―バリを支える水色軍団は、メインプロトン先頭で制御は続けるも、決して本気の追走モードには入らなかった。
「ここまでボクらチームはたくさん仕事をしてきた。でも、これ以上は、難しい状況だった。決して他のチームは手助けしてはくれなかったからね。だからマイヨ・ジョーヌを一旦返還することにした。自分たちでそう仕組んだようなもんだ。ちょっとほっとしているよ」(ヴィンチェンツォ・ニ―バリ、ゴール後TVインタビューより)
前を行くマルティンを捕らえることはできなくても、追走集団は決して力を落とさなかった。ユーロップカーのアシストたちは自己犠牲の精神で、ローランを引っ張り続けた。そのローランは「同じフランス人として、フランス人マイヨ・ジョーヌを後押ししてあげたかった」(ゴール後インタビューより)と、2011年トマ・ヴォクレール以来のフレンチイエロージャージ実現に向けて協力を惜しまなかった。
「ロット・ベリソルから1人で逃げに乗っていたボクを、まわりのフランス選手たちが助けてくれた。ユーロップカーの選手たちも、コフィディスの選手たちも......。エスケープ内では、フランス選手が真に団結し合っていることを、ひしひしと感じられた。本当にありがたかった」(ギャロパン、公式記者会見より)
最終的に18人に小さくなった追走集団から、5分01秒遅れで「元」マイヨ・ジョーヌ集団はフィニッシュラインへとたどり着いた。1分34秒リードで「現」マイヨ・ジョーヌに昇格したトニー・ギャロパンは、区間勝利のポディウムガールから、特別なキスを贈られた。もちろん彼女こそは長年の恋人マリオン・ルスで、実のところはロット・ベリソルレディーズの選手で、2012年フランスチャンピオンでもある。トレックファクトリーレーシングのチームカー内では、監督のアラン・ギャロパンが大泣きしたと言う。監督してではなく、叔父として――。
一緒に最後まで逃げたマシャドは2分40秒差の総合3位に昇格。ローランは4分07秒差の総合8位へとジャンプアップし、チームメートに宣言した通り見事に「戦線復帰」を果たした。しかも「ローランに総合順位を戻されてしまった」と名指しで指摘する総合2位ニ―バリとは、2分33秒差でしかない。しかもアルベルト・コンタドールを総合で1秒上回った!
ちなみに山岳ポイント収集のために何度か山頂スプリントを見せたロドリゲスは、ゴール後にはっきりと「山岳ジャージ獲り」宣言を出した。プリトもまた、違った形で、戦線復帰を果たすつもりだ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
(2014年7月14日「サイクルロードレースレポート」より転載)