日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)から、1月24日に開かれる「ジャーナリズム・イノベーション・アワード」へのお誘いがあり、当ブログ「新聞紙学的」を出品させていただくことになった。
このブログでは、海外を中心としたメディアの動向をほぼ週1回のペースでまとめてきた。前身となったブログは2009年春にスタートしており、もうすぐ足かけ丸6年になる。
2014年2月からはハフィントン・ポストにも転載しているが、どちらかというと個人的な〝メディア備忘録〟として続けている。
ただいい機会なので、2014年に最も読まれた投稿10本から、2015年に続いていきそうなネットの潮流を振り返ってみることにした。
ちなみに、ブログの名前は、明治から昭和にかけて新聞記者、随筆家として活躍した、勤務先の先達でもある杉村楚人冠によるジャーナリズム論の古典「最近新聞紙学」から拝借している。
「新聞紙学」とは、楚人冠によるジャーナリズムの訳語だ。
●プラットフォーム依存の危うさ
オークションの「イーベイ」は、グーグルのアルゴリズム変更と軌を一にして、サイトのランキングが急落した。出版大手の「アシェット」は、手数料値上げ交渉を巡りアマゾンから〝締め上げ〟を受け、新刊本の予約ボタンが表示されない事態に。そしてフェイスブックのプロダクトディレクターが、ネットのメディアコンテンツは「ほぼ全く空洞化している」と嘆いてみせると、そんな〝フェイスブック効果〟を生み出した当人が言うな、と一斉に反撃ののろしが――。
巨大プラットフォームへの依存と、独自プラットフォームの模索。
メディア業界の2015年の課題でもある。
●ソーシャルの情報を確認する
オランダ発マレーシア行きのマレーシア航空機が7月、ウクライナ東部で撃墜された事件があった。その直後、同機が墜落し、爆発、炎上する瞬間を撮影したというユーチューブ動画がアップされ、5日間で12万回以上も視聴された。だが、この動画はその前年、アフガニスタンで起きた別の航空機事故の動画だった――。
条件反射的に反応しがちなソーシャルメディア上のニュース。そこには大量の間違いや偽情報も紛れ込む。
だが様々なノウハウによって、それらを一つひとつあぶり出すこともできる。
クラウドソース型の検証サイト「オープンニュースルーム」など、具体的な取り組みはすでに始まっており、ツールの普及も含め、これらの動きはさらに拡大していくだろう。
●アルゴリズムは人の気持ちがわからない
年の瀬、フェイスブックの画面にこんな表示が繰り返し現れた。「今年のまとめ エリック、あなたのはこんな感じ!」。陽気なダンスのイラストの真ん中に掲載されていたのは、半年前の誕生日に脳腫瘍で亡くなった6歳の娘の写真。それを選んだのはフェイスブックのアルゴリズムだった――。
アルゴリズムや人工知能(AI)が高度になっても、当面は人間の気持ちを理解するところまでは行かない。
それを補うために、「最悪のシナリオ」を含めたユーザーへの想像力を、どこまで働かせることができるか。サービス設計の重要な課題だ。
ハフィントンポストでは、この記事への「いいね」が6500ほどになり、よく読まれた。
●メディア企業から切り離された新聞の正念場
たった1週間で、米メディア界の様相が一変した。新聞社が収益の見込めるテレビとデジタル部門を残し、苦戦が続く新聞部門を分割する動きが、昨年からじわじわとは広がっていた。それが、残る大手も雪崩を打って、一気に完了してしまったのだ――。
分割された新聞の新会社は、テレビ/デジタルの収益から切り離された〝孤児〟となった。
これは緩慢な〝安楽死〟へと向かう道筋か、新聞が生まれ変わる最後のチャンスか。
2015年はその正念場になりそうだ。
●仮想通貨をめぐる次の局面は
2013年の年初には1BTC(ビットコイン)のレートは13ドル程度だった。春先に一度、200ドル超の小バブルがはじけているが、同年11月19日には500ドル超から一時、最高値の900ドル98セントを記録。その後再び500ドル超に戻すというジェットコースターぶりだった――。
2013年のビットコインについての投稿が、翌2014年2月の「マウントゴックス」破綻騒動を受けて、改めてよく読まれたようだ。
仮想通貨をめぐる動きは、次の局面を迎えるのだろうか。
●アルゴリズムに感じる不気味さ
アンドロイド(人型ロボット)が人間に似てくるに従って親近感が増すのに、人間そっくりに見える手前で、急に不気味さを感じて嫌悪感を覚える。「不気味の谷」と呼ばれる現象だ。アルゴリズムが判断するコンテンツのフィルタリングやターゲティング広告は、まさに「不気味の谷」を感じさせるのではないか――。
フェイスブックのサイエンティストは、ニュースフィードを表示するアルゴリズムを変更し、ユーザーの感情変化を測る実験を行って、〝感情操作〟だと激しい批判を浴びた。
ネットのおすすめ広告の表示に、気味悪さを感じる場面も少なからずある。
この「不気味の谷」の問題は、先の「最悪のシナリオ」と合わせ、2015年も引き続き考えてきたいテーマだ。
●既存メディアのデジタル移行と頓挫の先に
新聞社のデジタル化の先陣を切り、日刊紙75紙を抱える全米第2位の新聞チェーン「デジタル・ファースト・メディア」が2月、新たな取り組み「プロジェクト・アンボルト(ボルトを外す)」を始めた。デジタルニュースはこれまで、紙の新聞制作の古いジョブフローにボルトで縛り付けられていた。その制約を取り外し、ニュースルーム(編集局)をデジタルに最適化した組織にする。つまり紙からデジタルへの、ジョブフローの徹底した組み替えだ――。
この記事には続きがある。その2カ月後、4月2日にデジタル化プロジェクトそのものを停止し、50人を超す担当チーム全員を解雇することを明らかにしたのだ。
「『デジタルファースト』全米2位の新聞社の戦略はなぜ頓挫したか」にまとめたが、プロジェクト停止は同社の大口投資家であるヘッジファンドの意向で、1億ドルを超すコスト削減計画の一環なのだという。
欧米の新聞業界の合言葉でもあった「デジタル・ファースト」の、頓挫の先の展開にも注目したい。
●10代のネットリテラシー
「デジタルネイティブ」の子どもたちは、ITの使いこなしにたけている。そしてネット上のプライバシーには無頓着で、ソーシャルメディア中毒になっている。ダナ・ボイドさんによると、これらはすべて幻想か、大人の勝手な思い込みだ――。
166人へのインタビューからまとめた、10代のネットリテラシー。
子どもたちの独自の世界観とネットの現実とのギャップは、今後、さらに切実な問題になるだろう。
この本は、『つながりっぱなしの日常を生きる: ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』(野中モモ訳、草思社)のタイトルで、10月に翻訳が出版されている。
●新たな読者を開発せよ
紙の新聞を前提とした発想では、新たな可能性を見逃してしまう。新たな読者を開発せよ。そして、すぐに組織改革に着手すべきだ――。
ニューヨーク・タイムズのサルツバーガー会長の長男をリーダーとしたチームによる社内改革報告書「イノベーション・レポート」は、2014年のメディア界を最も賑わせた文書の一つだ。
同レポートが提言するポイントは次の五つ:
1.編集局への読者開発チームの設置
2.編集局への分析チームの設置
3.編集局への戦略チームの設置
4.ビジネス部門の読者関連部署とのコラボレーション
5.デジタルファーストへの移行支援のためのデジタル人材採用の重視
その実践が、2015年のメディア企業のテーマだ。
●ネットを遮断する権力、回避するユーザー
3月、トルコ政府が国内のツイッターへのアクセスを遮断した。大規模汚職事件に絡み、エルドアン首相が息子に資産隠しを指示した会話と見られる音声データがネットに流出、ツイッター経由で拡散したことへの対抗措置のようだ。だが、ネットの遮断はあまりいいアイディアではなく、容易でもない。それを一番わかっていたのは、トルコのネットユーザーだったようだ。遮断の回避方法は、あっというまにネットで共有され、米ツイッター社も側面支援に乗り出した――。
ネットをめぐる権力とユーザーの攻防は、今後も様々な局面で直面する問題だろう。
(2015年1月8日「新聞紙学的」より転載)