トランプ政権が、米メディア界の激変の乱気流を立て続けに巻き起こしている。
By Miran Rijavec (CC BY 2.0)
連邦通信委員会(FCC)によるローカル市場におけるメディア統合を促すかに見える「クロスオーナーシップ」規制の撤廃と、それと相反するようなAT&Tのタイム・ワーナー買収に対する司法省の差し止め訴訟。
さらにFCCは、AT&Tやベライゾンなど、メディア再編の台風の目である通信業界に追い風となる「ネットワーク中立性」廃止への動きを鮮明にする。
それがほんの1週間のうちに起きた。
メディア激変の風は、どこに向かっているのか。
●クロスオーナーシップ規制撤廃
この日の決定には、いくつかの規制撤廃がふくまれる。
その一つが、「新聞と放送局」への規制だ。フォード大統領時代の1975年に制定された、同一事業者が同一市場内で、新聞と放送局の両方を所有することへの規制を撤廃した。
さらに、「ローカルテレビ局同士」の規制、いわゆる"エイト・ボイス・テスト"についても撤廃されている。
これは、ローカルテレビ局同士が統合する場合、統合後も同一市場内で所有者が別々のテレビ局が少なくとも8局存在することを条件とし、メディアの多様性を確保する、というものだ。
ここにはもう一つの規制緩和が含まれる。同一市場のローカルテレビ局4局のうち2局を所有することを禁じる"複占ルール"について、「公益に資することが明らかな場合」に、例外的にこれを認める、というものだ。
この規制撤廃が注目を集めるのは、特に3番目の"複占ルール"に、具体的な買収案件が影を落とすためだ。
それが今年5月に発表された、保守系で知られるシンクレア・ブロードキャスト・グループによる、トリビューン・メディアの39億ドルの買収案件だ。
シンクレアは89の市場で193局を運営する米国最大のローカルテレビ事業者。トリビューンは33の市場で42のローカルテレビ局を運営する。
買収が実現すれば、米国の全世帯の72%をカバーするローカルテレビ会社が誕生する。
だが、この買収は、いくつかの都市で"複占ルール"に抵触する、とされてきた。今回の規制緩和で、このハードルは乗り越えることが可能とみられている。
もう一つのハードルは、世帯カバー率だ。FCCは、単一のテレビ事業者が、米国の全世帯のカバー率で39%を超えることを禁じている。
だが、ここにも抜け道がある。
レーガン大統領時代の1985年にできた「UHFディスカウント」と呼ばれる措置だ。これは、周波数の高いUHFはVHFに比べて電波が弱い、との理由から、世帯カバー率の計算でUHF局分はVHF局の半分として扱う、という特例だ。
この「UHFディスカウント」は、もはやデジタル時代にそぐわないとして、FCCは民主党系のトム・ウィーラー委員長時代の昨年9月にいったん撤廃。だがトランプ政権発足後の今年4月、現在のアジット・パイ委員長のもとで、突如として復活した。
その後まもなく、シンクレアによるトリビューン買収が正式発表された。
買収による単純計算では世帯カバー率72%となってしまうが、「UHFディスカウント」の適用後には、カバー率は規制値に近い45%程度まで下がる、とされている。
FCCは、共和党に近いとされるシンクレアの買収案件に、有利な施策を次々と打ち出しているのではないか――議会民主党やメディアからは、そんな指摘も相次いでいる。
FCCは、12月14日に開かれる委員会で、カバー率の39%の上限設定と合わせて、「UHFディスカウント」の扱いについて、改めて審議する予定だ。
●AT&Tへの差し止め提訴
シンクレアのケースとは、逆の扱いになったのが、AT&Tによるタイム・ワーナー買収だ。
司法省は20日、AT&Tによるタイム・ワーナー買収をめぐり、反トラスト法(独占禁止法)による差し止め訴訟を起こした。
これは昨年10月に発表された、850億ドル(負債含め1080億ドル)にのぼる大型買収案件だ。
司法省は、タイム・ワーナーがCNNやHBOなどのチャンネル、ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」や野球のメジャーリーグ(MLB)、プロバスケット(NBA)などの人気コンテンツを保有していると指摘し、こう述べる。
買収後の会社は、タイム・ワーナーの価値と人気を併せ持つネットワークを傘下に置くことで、それらの放映料を年間数億ドル単位で増額し、ライバル会社を妨害する可能性がある。また、その影響力の増大により、消費者への選択肢の拡大につながる、新しい刺激的な動画配信モデルへの業界の移行を遅らせ、その結果、イノベーションの芽を摘み、米国の家庭に高額な料金を押しつける可能性がある。
これに対し、AT&Tのデイビッド・マカティー上級執行副社長兼法務顧問は、このような反論の声明を出している。
本日の司法省による提訴は、常軌を逸しており、何十年にもわたるこれまでの反トラスト政策を踏み外した、不可解なものだ。今回のような垂直統合案件は、市場から競争を排除することなく、消費者に利益をもたらすため、通常は認められてきたものだ。我々の買収案件について、別扱いにすべき合理的な理由は見当たらない。
「垂直統合」とはこの場合、通信のAT&Tとコンテンツのタイム・ワーナーの事業レイヤーが重ならないことを指す。
これはまた、ローカルテレビ局という同一の事業レイヤーであるシンクレアとトリビューンの「水平統合」への、政権の後押しともとれる動きを、暗に批判しているようだ。
フィナンシャル・タイムズなどはすでに、米司法省が買収の条件として、タイム・ワーナー傘下でCNNを運営するターナー・ブロードキャスティングの売却、もしくはAT&T傘下のディレクTVの売却を求めた、とが報じている。
トランプ大統領はCNNによる批判的な報道に対し、「フェイクニュースだ」との攻撃を続けてきた経緯がある。
米メディアには、政権との距離によって、AT&Tとシンクレアの買収案件の扱いが大きく分かれた、との見立てが広がっている。
●ネット中立性の撤廃
ここでは、買収案件で逆風のAT&Tを含む、通信業界にとっては追い風が吹く。
FCCは21日、12月14日に開く委員会で、パイ委員長の提案による「ネット中立性」の撤廃を審議する予定であることを明らかにした。
声明の中でパイ委員長はこう述べている。
私の提案によって、連邦政府はインターネットのマイクロマネージメントをやめることになる。その代わりとして、FCCはISPに運営の透明性を要求するだけだ。それによって消費者は、自分たちにとってベストのサービスプランを購入できるし、小規模ビジネスにとっては、イノベーションに必要な技術情報を得ることができる。
FCCの委員はパイ委員長を含めた共和党系3人と民主党系2人の計5人。採決は、3対2で撤廃となる見込みだ。
ただ、後述のように、「ネット中立性」については、すでに控訴審レベルで「支持」の判断が出ている。FCCの決定後も、法廷闘争が続くとみられている。
「ネット中立性」とは、インターネットの回線事業者が、流通するコンテンツやデータの扱いに優劣をつけてはならない、とする規制政策だ。
オバマ前大統領が2008年の大統領選にあたって、その前年から公約に掲げていた肝いりの政策だった。
「ネット中立性」は、回線への設備投資を負担し、ネット企業を「タダ乗り」と批判する通信業界と、オープンなインターネットを主張するシリコンバレーのネット業界との論争の果てに導入されたものだ。
規制のポイントは3つ。1つはブロック禁止(合法的なコンテンツやアプリケーション、サービス、端末のアクセスをブロックしてはいけない)。2つ目は回線絞り込み禁止(同上のコンテンツの流通を損なったり、品質低下をさせてはならない)。3つ目は優遇禁止(同上のコンテンツの一部を"追い越し車線"で優遇してはならない)。
特に2015年2月のFCCの決定では、ケーブルやモバイルのブロードバンドの接続事業者(ISP)を、従来の電話会社と同じ、通信法上の「電気通信事業者(コモンキャリア)」と明確に位置づけ、ユニバーサルサービスの義務を課して、通信の差別的取り扱いや優遇措置を禁じることとした。
この規制に対して、通信・ケーブル業界は撤回を求めて訴訟で対抗するが、米連邦巡回控訴審は昨年6月、「ネット中立性」を支持する判決を下している。
だが、トランプ政権の登場によって、その潮目が変わる。
FCCの現在の委員長であるパイ氏は、それ以前、2012年から共和党系のFCC委員を務めてきた。さらにその前には、通信大手ベライゾンの法務担当の経歴も持つ。
特に、焦点となっている「ネット中立性」「UHFディスカウント」のいずれも、委員として反対の立場を取ってきた。
2015年の「ネット中立性」強化について、パイ氏は反対声明の中で、やはり「マイクロマネージ」という表現を使いながら、こう述べている。
オバマ大統領の(ネット中立性の)プランをFCCが採択するという決定は、インターネットを政府がコントロールするという歴史的な転換を記すものだ。この決定は、インターネットのあらゆる機能について、FCCにマイクロマネージする権限を与えることになる。それはまさに、米国の人民ではなく、ワシントンの官僚機構にネットの世界の未来をゆだねるという行き過ぎた施策なのだ。
そして、反「ネット中立性」の旗幟鮮明な人物として、トランプ政権への移行とともに委員長に就任したのだ。
●ボットとフェイクの影
「ネット中立性」に反対する通信業界の依頼により、この2200万件のデータを分析した「エンプラータ」の調査によると、「ネット中立性」撤廃をめぐる意見は、「反対」60%、「賛成」39%と、業界の意向とは裏腹に撤廃「反対」が多数を占める結果となった。
そして、別の調査機関などが、公開されているこのコメントをさらに詳細に分析したところ、この2200万件には、大量のボットとフェイクアカウントの影がつきまとっていた、という。
データ分析会社「グラブウェル」の調査によると、ボットによるものと疑われる大量のコメント送信が確認され、独自内容のコメントは、2200万件のうちの17.4%にすぎなかった、という。
また、データサイエンティスト、ジェフ・カオ氏の分析では、130万件の自動生成された「ネット中立性」の撤廃「賛成」コメントを確認。
このほか数百万規模で撤廃「賛成」の自動投稿が行われていたとみられ、これらを除く独自コメントでは、99%が「ネット中立性」支持だという。
それだけではない。
ニューヨーク州司法長官のエリック・シュナイダーマン氏は22日、公式ブログにFCCへの公開書簡を発表。6カ月にわたり、パブリックコメントに、なりすましのフェイクアカウントによる投稿が行われていた問題を調査中であることを明らかにしている。
その上で、5カ月で9回にわたり、FCCにデータの提供を求めたが、FCCは協力要請に一切応じていない、と厳しい書きぶりで非難している。
●政権との距離と「遺産」
これら米メディア界の激変の乱気流を見るとき、そんな補助線が見えてくる。
それが、メディアの未来にとって建設的かどうかは、また別問題ではあるが。
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(2017年11月25日「新聞紙学的」より転載)