米メリーランド州ボルティモアで、警察に逮捕された黒人青年の不審死をめぐり、先月末に発生した暴動の報道で、スマートフォンを活用したモバイル・ジャーナリズムが注目を集めた。
特に、ツイッターが公式動画アプリとして3月に公開した「ペリスコープ」を使い、ガーディアンなどのメディアが現場からライブ中継を実施。
その数日後、英国のウィリアム王子夫妻の第2子誕生の現場リポートでも、CNNなどが「ペリスコープ」でライブ中継を行っていた。
モバイルによるライブ中継では、「ユーストリーム」などを使った試みが数年前からある。
ただ、「ペリスコープ」など、出始めたばかりのサービスも素早く実践に取り込む動きは、モバイルユーザーを重視した「モバイルファースト」へと、ジャーナリズムが急速にシフトしていることの現れでもある。
●スター記者がスマホをかざす
事件の発端は先月12日。
ナイフ所持の疑いで身柄を拘束された黒人青年、フレディ・グレイさんが、1週間後に死亡。脊髄が損傷していたことから、真相究明を求める抗議デモが続き、一部が暴徒化。略奪も起き、夜間外出禁止令が出る事態となった。
各メディアは早速、現地に記者を派遣。中でも注目を集めたのが、英ガーディアンのワシントン特派員、ポール・ルイスさんだ。
ルイスさんの前職は、同紙の特別報道エディター。マルチメディアを駆使した調査報道記者として知られる。
2011年のロンドン暴動を、データジャーナリズムの手法で分析した「暴動を読み解く」では、第1回データジャーナリズム賞や、欧州報道賞のイノベーション賞などを相次いで受賞している。
そのルイスさんが今回、ボルティモアの現場に入って、活用したのが、アイフォーン用のツイッターの公式動画アプリ「ペリスコープ」だ。
●ツイッターの動画アプリ
「ペリスコープ」は、ツイッターが今年1月に1億ドル(120億円)とも言われる金額で買収。
ツイッターの公式動画アプリとしては、2013年初めにスタートした「ヴァイン」というサービスもある。
「ヴァイン」は一つの動画の長さが6秒に制限されているが、「ペリスコープ」にはその制限はなく、現場のライブ中継カメラとして、〝回しっぱなし〟で使うことができる。
ツイッターのアカウントでログインすれば、あとは「放送スタート」のボタンを押すだけで、ライブ中継が始まり、そのアドレスがツイッターに投稿される。
●葬儀の数時間後
ルイスさんの中継は、現地時間27日、亡くなった黒人青年フレディ・グレイさんの葬儀の数時間後に、葬儀の行われた教会から2ブロックの街角からスタートする。
酒屋の略奪の現場では、撮影をやめるよう脅迫を受けながらも、アイフォーンを片手に撮影を続け、街を歩き、人々の話を聞いていく。
「ペリスコープ」は、ちょうど日本の「ニコニコ動画」のように、視聴者がコメントを書き込むことができ、ライブ中継している現場と、リアルタイムで双方向のやりとりが可能だ。
また、コメントを書き込まないまでも、画面をタップするとハートマークが表示される、フェイスブックの「いいね!」のような機能もある。
中継はリアルタイムだが、「ペリスコープ」にアップロードした動画は、24時間はタイムシフト視聴もできる。
また、動画ファイルはアイフォーン本体にも保存でき、後で改めて編集・公開することが可能だ。
ルイスさんの動画も、6分半に編集されてガーディアンのサイトで公開されている。
●〝革命〟のライブ中継
この一連の動きをメディアムのブログ投稿「革命は...ペリスコープ中継されない?」でまとめたデータジャーナリストのジョナサン・オルブライトさんによると、ライブ中継をしていたのは、ルイスさんだけではなかったようだ。
ほかにも、英テレグラフのラフ・サンチェスさん、フォックスニュースのアレクサンドラ・リモンさん、ABCニュースのジェイ・コルフさん、地元ボルティモア・サンのコリン・キャンベルさんらが、やはり「ペリスコープ」でライブ中継をしていたようだ。
この他にも、BBCやワシントン・ポストの記者らが次々に「ペリスコープ」によるライブ中継を配信していたという。
黒人青年の葬儀、抗議デモ、暴徒化、という現場の空気の変化は、なるほど、編集された画像から見て取るのは難しい。ジャーナリストの目線で、回しっぱなしになったライブ中継なら、その空気感がよりリアルに伝わって来る。
●「ペリスコープ」だけでなく
現場からの動画リポートに使えるスマートフォンアプリは、他にもある。
2007年サービス開始の「ユーストリーム」は、すでにライブ中継の1ジャンルを確立。配信番組の検索など、機能も行き届いている。
「ペリスコープ」の目新しさは、スマートフォンで「今」を共有することに特化した機能のシンプルさと、ツイッターとの親和性、というところだろうか。
「ペリスコープ」とほぼ同機能で、ライバルとも言われる「ミーアキャット」も注目されているサービスの一つだ。
3月にテキサス州オースティンで開かれたテックイベント「SXSW」で注目を集めた「ミーアキャット」。スタートから7週間で70万人のアクティブユーザーがいるという。
だが、ボルティモア暴動では、ツイッター公式ということもあってか、「ペリスコープ」でのライブ中継が目についた。
さらにジャーナリストだけでなく、一般の市民も含めて、「ヴァイン」や「スナップチャット」、さらにツイッター本来のカメラ・ビデオ撮影との連携機能を使い、現場の映像を投稿するケースが目立ったようだ。
ボルティモア市議会議長のバーナード・ヤングさんも、暴動の沈静化を訴えるのに、「ペリスコープ」を使っていたという。
●ロイヤルベビー
「ペリスコープ」のライブ中継は、英王室、ウィリアム王子の第2子出産を待つ報道陣も行っていた。
CNNのロンドン特派員、マックス・フォスターさんや、民放チャンネル5の王室担当、サイモン・ビガーさんらも2日、キャサリン妃が出産したロンドンのセント・メアリー病院前で、「ペリスコープ」から現場の様子を伝えていた。
「ペリスコープ」では画面左下にユーザーのコメント、右下に「いいね」のハートマークが表示される。
このためCNNのフォスターさんは、自身の顔が、それらにかぶらない画面左上に写り込むよう、下から見上げる角度にスマートフォンをセットしていたようだ。
中継の中では、ユーザーからのコメントも読み上げ、それに簡単なコメントを返すことで「会話」も成立させていた。
「ペリスコープ」ジャーナリズムの、〝文法〟のようなものができつつある、ということだろう。
●「ペリスコープ」で記者証失効
ただ、「ペリスコープ」の利用をめぐっては不協和音のケースも出てきている。特に、放映権が絡むプロスポーツの世界だ。
フォックススポーツなどにも出演するゴルフジャーナリストのステファニー・ウェイさんは、米サンフランシスコで開催中の世界選手権シリーズ、キャデラック・マッチプレー選手権で、練習ラウンドで「ペリスコープ」を使ったことを理由に、米プロゴルフ協会から今季の記者証を失効させられた、という。
北米アイスホッケーリーグ(NHL)も、試合中はもちろん、試合前のウォームアップや休憩時間中も、記者たちの「ペリスコープ」「ミーアキャット」の使用を規制する方針のようだ。
一方で、米大リーグ(MLB)は、ファンが球場で「ペリスコープ」や「ミーアキャット」を使うことを規制するつもりはない、と表明。
米プロフットボール(NFL)も、ドラフトの中継に「ペリスコープ」や「ミーアキャット」の使用を規制はしていないようだ。
新サービスをめぐるきしみが落ち着くには、少し時間が必要そうだ。
【追記】
やっかいな問題はそれだけではない。
現地時間2日に米ラスベガスで行われた「世紀の対決」、ボクシングの世界ウエルター級王座統一戦フロイド・メイウェザー対マニー・パッキャオの試合。
その注目の一戦は、中継のテレビ画面を「ペリスコープ」や「ミーアキャット」で無断配信するユーザーが少なからずいたことが指摘されている。
この件も、いずれ対応が検討されるのだろう。
(2015年5月3日「新聞紙学的」より転載)