ワシントン・ポストがネットのユニークビジター数(訪問者数)で、ニューヨーク・タイムズを上回った――。
先月話題を呼んだこのニュースは、今月、さらにその差が拡大する、という形でアップデートされた。
アマゾン創業者がオーナーとなったワシントン・ポストが、勢いに乗っているのは間違いなさそうだ。
だが、様々な分析を見ていくと、その勝敗の帰趨がだんだんとぼやけてくる。
ライバル紙であるワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズ、勝っているのは、一体どちらなのか?
●2000万人の差
まず注目を集めたのは調査会社「コムスコア」がまとめた今年10月の両社のユニークビジター数だ。
ポストは6690万人と、初めて6000万人台に乗せた。
それだけでなく、タイムズ(6580万人)を初めて超えたのだ。
既存メディアの中で、デジタルの取り組みをリードし続けるタイムズ。片や、80年にわたるオーナー一族、グラハム家から、2年前にIT長者、アマゾンのジェフ・ベゾスさんに身売りされたポスト。
ちょうど1年前、2014年10月時点のユニークビジター数を見ると、タイムズが6420万人に対し、ポストは4200万人。2000万人以上の歴然とした差がついていた。
●1年で6割の伸び
ところが、その後の1年が明暗を分ける。
タイムズは翌月から半年にわたって5000万人台に落ち込む。だが7月末にはデジタル有料購読者の目標だった100万人を達成。ビジター数も夏以降、上昇基調に転じていたところだった。
一方のポストは、波はあったものの着実にビジター数を積み上げ、ついに今年10月、前年比で2500万人近いユーザー数増加、約6割増の結果でタイムズを追い抜いた。
タイムズの前年比増は160万人足らず、増加率はわずか2.4%だった。
そして、その差は11月にさらに拡大する。
ポストがさらに7160万人(前年同月比56%増)と、7000万人台に乗せたのに対し、タイムズは6880万人(同14%増)にとどまった。
●新たな〝記録の新聞〟
勢いに乗るポストは、これまでタイムズの代名詞とも見られ、歴史を刻む役割を示す〝記録の新聞〟という呼称を掲げ始めた。
10月のビジター数が公表されたことを受け、ベゾスさんはCBSのインタビューでこう述べている。
我々がポストで取り組んでいるのは、新たな〝記録の新聞〟になることだ。我々はこれまでずっとローカル紙だった。そして今月、ワシントン・ポストはニューヨーク・タイムズを、ネットの視聴者数で追い抜いた。これはポストのチームにとって、非常に大きな成果だ。
では、このビジター増はどのように達成されたのか。
●プラットフォームを生かす
一つはアマゾンのプラットフォームを生かした低価格戦略だ。
アマゾンがネット課金に乗り出したのは2013年6月。2011年3月のタイムズのネット課金スタートから遅れること2年以上の後発組だ。
当初から、低価格戦略は打ち出している。
タイムズは当初4週間が99セント、以降、最も安い「ウェブ+スマートフォン」の購読で週3.75ドル(月16.25ドル)。
これに対してポストは当初4週の99セントは同じだが、「ナショナル・デジタル・エディション」で週2.50ドル(月9.99ドル)と低めに設定。
さらに昨年11月から、アマゾンのタブレット端末「キンドル・ファイア」向けにワシントン・ポストのアプリを導入。
当初半年は無料、その後の半年は月1ドル、さらにその後は月3.99ドルと、通常価格の3割引きに。
それらに加えて、2014年3月からは、米国内のローカル紙を中心に、「パートナープログラム」をスタートした。
プログラムの参加紙の読者は、ポストのウェブ、アプリのすべてのコンテンツが無料で閲覧できる。
参加紙は300を超えているが、このプログラムでは一切金銭は発生していないという。ネットのユーザー数確保に力点が置かれているということだ。
●モバイルの急速な伸び
ポストの伸びの中でも、目立つのはモバイルの伸びだ。
メディアアナリストのケン・ドクターさんが、コムスコアのデータの内訳を公開している。
それによるとポストは、1年前と比べて、パソコン経由のビジター数は微増なのに、2590万人だったモバイルのビジター数は、今年10月には5120万人にほぼ倍増。11月にはさらに5650万人となり、はやり前年同月比で90%を超す伸びになっている。
ビジター全体に占めるモバイルの割合は93%。つまり、ポストの伸びを牽引しているのは、モバイルだということだ。
そして、ビジター全体の40%、モバイルでは45%を占めるのが20~30代の「ミレニアル世代」だという。
対するタイムズも、10月のモバイル経由は4350万人で前年同月3490万人から20%増の着実な伸びを見せているものの、ポストには見劣りする。
また、パソコン経由が1年前の3800万人から今年10月は2940万人。20%以上減らしている。
●ソーシャルメディア戦略
モバイル、ミレニアル世代とくれば、ソーシャルメディア戦略がキモになる。
その戦略を中心的に担って来たのがコリィ・ハイクさんだ。
ニューオリンズのタイムズ・ピカユーン、さらにシアトル・タイムズと、デジタル畑を歩き、2度のピュリツァー賞を手に、2010年からエクゼクティブ・プロデューサー兼シニア・エディターとしてポストのデジタル戦略を主導。
今年7月にはエマージング・ニュース・プロダクトの担当役員に就任していた。
ハイクさんは、「プロジェクト・レインボー」と名づけたチームを率いて、キンドルファイアのアプリやモバイル用のアプリを手がけてきた。
従来のアプリに比べて写真を拡大したり、見出しやデザインにインパクトを加えるなど、ソーシャルでの拡散に大きく舵を切っている。
また、ミレニアル世代に人気のチャットアプリ「スナップチャット」を活用するなど、ソーシャルそのものへの取り組みも次々に打ち出してきた。
5月には老舗ニュースアプリ「フリップボード」にも参加。
9月から本格始動したフェイスブックのモバイル向けニュース配信プラットフォーム「インスタント・アーティクルズ」には全記事を配信。
やはり9月から動き出したiOS向けニュース配信アプリ「アップル・ニュース」、さらにグーグルが10月に発表したモバイル配信高速化のための新規格「AMP」プロジェクトにも参加している。
コンテンツもソーシャルを意識し、米大統領選に向けてゲームスタイルの新アプリを投入するなど、矢継ぎ早にソーシャル施策を打ってきた。
●勝っているのはどちら?
ただ、「フリップボード」「インスタント・アーティクルズ」「アップル・ニュース」「AMP」などへの展開は、いずれもタイムズも注力しているところだ。
まず読者1人あたりの月間の平均滞在時間。
10月時点では、タイムズが14.8分なのに対し、ポストが14.1分。一方で、1日あたりの配信記事数を見ると、タイムズが約150本に対して、ポストは約390本と倍以上になっている。
つまりタイムズは、読者がじっくりと記事を読む傾向がありそうだ。
さらに、デジタルの購読料収入。
タイムズはデジタルのみの有料購読者100万人達成に先立ち、2014年にデジタル収入が4億ドルに達しており、2020年にはその倍、8億ドルの目標を掲げる。
ポストのデジタル収入は明らかにされていないが、購読料の低価格戦略や、売り上げの発生しないパートナープログラムを見る限り、タイムズに分がありそうだ。
編集局のスタッフの陣容をみると、タイムズ1300人に対してポスト700人。取材の馬力では、やはりタイムズに軍配が上がる。
ブルームバーグのジョシュア・ブルースタインさんも、分析サービス「シミラー・ウェブ」のパソコン閲覧のみのデータをもとに両社の特徴の違いを比較している。
それによると、検索経由、ソーシャルメディア経由のアクセスではポストが勝るものの、ホームページへの直接のアクセスではタイムズが圧倒し、他サイトからの流入でもタイムズがやや勝っている。
さらに滞在時間はタイムズ4分31秒に対し、ポスト2分24秒。閲覧ページ数はタイムズ2.75に対し、ポストは1.86。読者が、アクセス後にサイト内を回遊しないで離れてしまう「直帰(バウンス)率」では、タイムズが63.21%なのに対し、ポストの方が74.04%と高い。
パソコン利用者は、モバイルに比べて年齢層は上がるだろうし、その比率も減少し続けているという前提つきだが、総じてタイムズの読者の方が愛着の度合いが高い、とは言えるだろう。
●デジタルの中心人物が去る
テックニュース「リコード」のピーター・カフカさんは14日付の記事で、ポストのデジタル戦略を率いてきたハイクさんが、ミレニアル世代向けの新興サイト「ミック」の戦略担当責任者(CSO)として移籍する、と伝えている。
新たなプレーヤーは次々に現れ、競争はより複雑になっていく。
(2015年12月20日「新聞紙学的」より転載)
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