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2018年06月18日 15時35分 JST | 更新 2018年06月18日 15時50分 JST

子どもの命を守るために、私が、みんなが、私たちができること。

個人ではどうにもできないことはみんなで。

ここしばらく、メディアに触れるたびに心が痛む事件や事故についてのニュースが続いています。

四人男児の親として、また、生きづらさを抱える若者や子どもたちを直接支援する団体の代表として、何ができるかを自問自答する日々です。

社内で誰かと話をするときも、私たちにできることは何かについて議論する機会が増えました。ひとりの父親として、若者支援団体の一員として、この社会の一員としてできることを考えました。

自分と子どもを社会に拓く

保育園やPTAの役員をしていますと、子どもたちのことだけでなく、ひとりの個人としてどんな職業に就いているかという情報も交換されます。積極的に開示をしているわけではありませんが、私が若者や子どもたちの支援をしていることをご存知の方々もいらっしゃいます。

そうなると、少し課題を抱えたお子さんの相談を受けたり、将来的に子どもがつらい状況になったとき、「工藤さんならどうされるんですか?」と聞かれたりします。

私は、「自分の子どもが課題を抱えたとき、親としてできる範囲は狭いので、専門家や専門機関に頼ると思います」と答えています。子どもが保育園や小学生のため、不登校になったらどうするのか。いじめの加害者、被害者になったら誰に相談するのか。そんな質問が多いです。

もしかしたら、何か特別な方法を期待されているのかもしれませんが、そのようなものは存在しません。できればいまのうちから地域内外に信頼できる専門家や専門機関があるのか調べてみるだけでもしたらどうでしょうかと伝えます。

ただ、それだけで不安であれば、何か子どものことで悩んだときに、信頼できるひとなり機関なりを紹介できる友人がいると安心できるとも言います。

ただし、このような回答は、「子どもに何かあった場合」で、「親として適切な判断ができる状況」であることを想定しています。実際にご相談に来られるご家族は、「まさか自分の子どもがそうなるなんて・・・」という心情の方が多いように思います。

不安や混乱があれば、主体的に相談をすることも難しくなってしまうため、外部に助けを求められるということは、いくばくかの余裕があるギリギリの状況とも言えるかもしれません。

何か想定外のことが起これば、ひとは取得した情報を整理して、適切な判断と意思決定をすることが難しくなります。子どもであれば情報取得の手段は限られ、経験の乏しさから判断を間違いやすいこともあります。

さらい言えば、親や先生など近しいひとだからこそ言えない、言いたくないという気持ちになることもあるでしょう。

「ナナメの関係」が大切であると言われますが、子どもから見て縦関係にある親や先生にも、横の関係にいる友だちにも言えないことを受け止めてくれるナナメの関係は、子どもにとって大変貴重な存在です。それは「ゆるやかなつながり/ウィークタイズ」の重要性とも近いものです。

このナナメの関係やゆるやかなつながりは、非日常時にすぐ作れるものではなく、日常生活のなかでじっくり育まれるものではないでしょうか。毎日のように顔を合わせたり、長い時間と空間を共有しないひととの信頼関係は地道な積み重ねのなかで作られていくからです。

そんなとき、改めて大切なのは自分と子どもを社会に拓いておくことだと考えます。子どもが多様な価値観を持つひとたちとかかわれる機会を作るだけではなく、自分自身もそうであれるよう意識しておく必要があります。

近所に住むひとたちの名前を覚え、挨拶を交わすくらいの仲になっておいたり、子どもたちが自分の家や相手の家に、互いに出入りするのであれば、親同士も連絡ができるようにしておく。煩わしさがあるかもしれませんが、いざというときに備えるための必要なコストとも言えます。

このようなゆるやかなつながりを持つことで、子どものことで悩んだり、困っているとき、自分から相談できるような状況に陥った際も、友人や知人など社会の側から「どうしたの?何かあったの?」とアプローチをかけてくれるだけで救われること、危機から脱出できるきっかけが舞い込んでくる可能性が高まります。

これは子どもを持つ親だけの話ではありません。誰もがいつどうなるかなど予想がつかないわけですから、正常な判断ができることを前提として未来を考えるのではなく、そうでない場合でも自分自身を守れるように、自分を社会に少しでも拓いておくことが大切だと思います。

個人ではどうにもできないことはみんなで

先日、目黒区で女の子が虐待で尊い命を落としました。これについてはたくさんの情報が流れましたし、同じことが二度と起こらないようにしたいという気持ちになった方も多いのではないでしょうか。それほどまでに衝撃的な出来事でした。

これについて自分ひとり、個人ではできないことがたくさんあります。自分たちが直接的にかかわれる子どもの数は限られていますし、専門家でなければできないこともたくさんあります。

いま、子どもたちを守るため、「もう、一人も虐待で死なせたくない。総力をあげた児童虐待対策を求めます!」を通じて賛同人を集めています。私も共同発起人に手を挙げさせていただきました。

立ち上げて一日で35,000人(執筆時点)に迫る賛同人が集まっています。宛先は小池百合子都知事と菅義偉官房長官となっており、児童相談所の人員増加や常勤弁護士の配置、児童相談所の虐待情報を警察と全件共有する通告窓口一本化など、虐待で子どもたちが命を失われないための提言を「みんな」の力を持って届けて行こうと言うものです。

ここで打ち出されている提言は、個人でできることがほとんどありません。予算の拡充や行政機能の充実は、政治の力が必要になるからです。また、政治の力だけではなく、現場で制度や政策を作る官僚の努力も欠かせません。

政治家であっても、官僚であっても、同じくひとりではできないことがあり、それを大きく動かしていくには「みんな」の力が必要になります。

どれだけ多くの国民や都民が、虐待で命を失う子どもたちが生まれないことを真剣に願っているのかを伝える必要があります。

まさに、個人ではどうにもできないことはみんなでやっていこうという取り組みですので、ぜひ賛同人のお一人になって子どもたちを守りましょう。

自分と仲間で手触り感のあるものを

最後に自分(個人)と仲間(自分たち)でやれることです。子どもたちの健やかな成長とその裏側にあるリスク回避においては、自分だけではなく、志をともにする仲間と手触り感のある行動をしたいです。

いま、全国で「子ども食堂」が設立され、自分たちで地域の子どもたちのための場を作っていかれています。

すでに日本中で1,000か所あるとも言われています。子ども食堂で直接子どもと接することもできますが、近くになかったり、時間のねん出が難しくても協力できることはたくさんあります。

こども食堂の安心・安全を高めるために 保険プロジェクトのことを全国のこども食堂に伝えたい(湯浅誠) - Y!ニュース

どんな活動にも課題は必ず存在をしており、そのひとつとして法政大学の湯浅誠さんは仲間とともに「こども食堂 安心・安全プロジェクト」を立ち上げ、寄付を募っています。

お近くの子ども食堂や、ここは応援したいというところに寄付をすることもできますし、上記のようなプロジェクトい参加することも大きな行動になります。

私は、いま育て上げネットという団体で生きづらさを抱えていたり、経済的に苦しい家庭下にある子どもたちの支援をしています。そこでは地域や行政と連携して食事を提供することや、日々の学習支援を行っています。

ただ、それだけでは子どもたちのニーズになかなか応えることができません。なにより、一般的には「あたりまえ」と思われているさまざまな経験や体験が圧倒的に不足しています。

例えば、これから夏休みに入ってきますが、自宅で夏休みに何をするのか、という話がでない家庭があります。そこには「ひどい親」がいるのではなく、身体的、経済的に余裕がないなかで、家庭行事をすることが難しいことがあります。

親が夏休みの話題を出さないのではなく、子どもたちが家庭のことを察して、あたかも夏休みが存在しないかのように、日常会話の外にそれを押し出します。

しかし、学校などでは夏休みに行く場所やチャレンジする話題が出てきます。そんなときは適当に相槌をうったり、そっとその場から離れています。

ある男子中学三年生はすでに英検準二級を取得しています。先日、二回目の英検二級に不合格となり、彼のチャレンジは終わりました。ご家庭も理解があり、なんとか検定費用を捻出していましたが、三回目を応援する資力がなく、彼も目標を見失って少し寂しそうな表情をしています。

長期休みに非日常を楽しめなくても、検定試験を受けられなくても、すぐに命に直結するようなことはありませんし、そういうことは後でやってもいいと言えなくもありません。

しかし、「あたりまえ」に体験や経験できることが、どんなに小さなことでも積み重なっていくと、ひとは自己効力感や自己肯定感を徐々に失っていきます。

そして本当に絶望してしまったときになって気が付いても、それを取り戻すのは容易なことではありません。

私たちはもともと無業の若者の就労支援から活動を始めています。彼らや彼女らの生きづらさは、その場で突然生まれたものではなく、小さな頃からの積み重ね(いじめや虐待など大きなものもあります)によって、現在、がんばれる力を失ってしまっていることがあります。

彼ら、彼女らは私たちの目の前におり、ときに笑顔を交えながら「あきらめたこと」や「可能性のないこと」について話し始めます。話始めるまでに数年かかる子どももいます。

そんな彼らが失っている「あたりまえ」にやりたいこと、みんなの「あたりまえ」でやってみたいことにチャレンジできる機会を作りたいと思い、現在、クラウドファンディングで仲間を集めています。

「あたりまえ」が未来を創る。子どもたちの自立を1年かけて「しっかり」応援したい- CAMPFIRE(キャンプファイヤー)

自分でできることはやります。みんなでしかやれないことはみんなの一員としてやります。そして、自分や仲間とできることは自分と仲間でやっていきます。

そういう積み重ねを継続しながら、子どもたちが命を落とすことなく、未来に絶望しない社会に寄与していきたいです。