シリーズ④「日本には『大義なきイラク戦争』への総括がない」・・・賛成・支持した政治家に安保を語る資格はあるか?

いつものことだが「総論あって各論なし」。とても説得力ある国民への説明とは言えない。

 あの時、小泉首相は、本当に友人だと言うなら、ブッシュ大統領に対して「あと数ヶ月待て。民主的な手続きを踏んで査察を継続し、それでもだめなら武力行使もやむを得ない。その時は日本も米国を支持する」と忠告すべきだった。そして国民に向かっては「あと数ヶ月査察をしてもだめなら、その時は国連決議を求め、武力行使を支持する。それが大量破壊兵器の脅威から、世界、そして我が国を守る道だ」と説得すべきだったのである。

 思えば、アメリカが、この日本という国に「民主主義」を教えてくれたのだ。そして、民主主義には「コストと時間がかかる」ということもだ。湾岸戦争の時、「シャトル外交」を繰り広げたベーカー米国務長官は、ロシアや中国を説得し、シリアを含めたアラブ諸国との共同行動を確保し、イラクからスカッドミサイルを打ち込まれたイスラエルの自制を求めて、国際協調、国連決議という大義を得た。一口に「米国」といっても、「共和党政権」といっても、何と今のブッシュ政権とは異なることだろう。

 思えば、フロリダの最高裁は、実に粋な計らいをしてくれたものだ。あの時、大統領選の残票を最後まで数えていれば、ブッシュ氏ではなく、ゴア氏が新しい大統領になっていたかもしれない。そして、イラク戦争も京都議定書からの脱退もなかったはずだ。歴史的な大転換は、こうした、ちょっとしたボタンの掛け違いで起きる。

 イラクへの自衛隊派遣を決断した記者会見で、小泉首相は、しきりに「国際協調」と「日米同盟」の重要性を強調した。その限りでは誰も異論はない。しかし、本当に、今回のケースがそれに当てはまるのだろうか?

 「イラクの人道復興支援には、資金だけでなく人的貢献も必要だ」。その通りだが、なぜ、その「人的貢献」が、即「今の段階での自衛隊派遣」となるのか? 人的貢献といっても、役務やサービスの提供、技術協力と異なり、「戦力」たる自衛隊派遣となると話は別だ。原理原則、ルールに則った派遣でないと、今後なし崩し的になる。

 「国際社会との協調」といっても、フランス、ドイツ、ロシア、中国等の主要な国々がイラク戦争自体に反対し、今でもイラクへ軍隊を派遣してはいない。一九〇を超える国連加盟国のうち、三十カ国程度が派遣しているにすぎないのだ。その実は、米英を中心とした「有志連合」との協調で、そうなら、そう言えばいい。

 いつものことだが「総論あって各論なし」。とても説得力ある国民への説明とは言えない。美辞麗句が踊って、その先の思考が停止している。

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(2015年10月26 日江田憲司.net「シリーズ④「日本には『大義なきイラク戦争』への総括がない」・・・賛成・支持した政治家に安保を語る資格はあるか?」より転載)

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