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2018年03月30日 15時56分 JST | 更新 2018年03月30日 16時01分 JST

スピルバーグがどうしても作りたかった映画『ペンタゴン・ペーパーズ』ニクソンは仮想トランプなのか?

何が彼をそこまで駆り立てたのでしょうか?


(c)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

 VR(ヴァーチャル・リアリティ)を題材にしたSF大作『レディ・プレイヤー1』も近日(4月20日)日本公開されるスティーヴン・スピルバーグ監督。そんな大忙しの彼が、準備中だった新作を一時中断してまで急遽作り上げた作品がこの『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』です。何が彼をそこまで駆り立てたのでしょうか?

 1971年、ベトナム戦争が泥沼化する中で、ニューヨーク・タイムズの敏腕記者ニール・シーハンは、政府にとって不都合な事実を記載した最高機密文書を入手します。それは67年にマクナマラ国防長官の指示で作成されたもので、中にはトルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンの4代の政権にわたって、ベトナム戦争について国民に虚偽の報告がなされていたという驚くべき事実が記録されていました。そのスクープ記事は大きな反響を呼びますが、当時のニクソン政権は「国家の安全を脅かすもの」としてタイムズ紙を提訴、出版差し止め命令が出されてしまいます。この事態に立ち上がったのは、ライバル紙であるワシントン・ポストでした。

 原題の『THE POST』とは、このワシントン・ポスト紙のこと。映画は編集主幹のベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)と発行人キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)を中心に、同紙の記者たちの活動を追っていきます。ライバル紙に特ダネを抜かれた記者たちのショックや焦燥をまず描いているのが実にリアル。彼らもまた文書を入手して独自の記事を出そうと奔走します。文書自体は意外に容易に入手できたのですが、そこに立ちふさがったのは大きな壁。すなわちニクソン政権です。ニューヨーク・タイムズ同様に政府から圧力をかけられる可能性は大きく、場合によっては逮捕や廃刊に追い込まれるかもしれません。政府を敵に回しても真実を追求し続けるか、否か?

 ハンクスとメリルという共にオスカーを複数回受賞している名優たちがさすがの演技を見せます(なんと二人はこれが初共演!)。メリルが演じるグラハムは、当時のアメリカ有力全国紙で唯一の女性経営者。父が経営していた社を夫の死によって引き継いだもので、ほんの少し前までは専業主婦だった素人です。そんな女性が厳しいプレッシャーにさらされながら、アメリカ新聞史上最大とも言える重要な決断を迫られることになるのです。メリルはいつもの「強い女」ではなく、悩み揺れ動く普通の女性になり切っていて彼女の人間性を強調。なんと21回目というアカデミー賞ノミネートを果たしました。一方のハンクスも信念に生きる硬骨のジャーナリストを熱演。コミカルな持ち味は封印し、頼れる上司の雰囲気を出しています。メリル扮するグラハムとは互いに信頼し合う関係で、その空気感の出し方は、やはり絶妙(ちなみに、同じワシントン・ポスト紙の内情を描いた76年の映画『大統領の陰謀』ではブラッドリーをジェイソン・ロバーズが演じています)。

撮影中のメリル、スピルバーグ、ハンクス (c)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

 スピルバーグの演出も快調で、派手なアクションのない映画にもかかわらず、観客を退屈させることがありません。タイムズ紙に文書をリークする政府職員を描く場面などはサスペンス映画としての盛り上がりを見せますし、時間に追われながら新聞が作り上げられていく様子を描いたシーンは実にスリリング。他の新聞社の動きも描く部分ではジャーナリスト同士の魂の結びつきで胸を熱くさせてくれるのです。エンターテインメントを知り尽くした監督ならではの円熟味が味わえます。

 さて、ではなぜスピルバーグがこの映画を急いで作る必要があったのか。それは現在の政治情勢の中で、どうしても言っておきたいことがあったからではないでしょうか。もちろん「報道の自由」に関してのことです。民主主義国家の中にあって、政府がメディアに干渉することはあってはならないこと。政府が国民を欺き、国民の生命を脅かすのならば、メディアはそれに対して命がけで戦わなければならない。そんな信念を持って生きたジャーナリストたちを描くことで、今を生きる人々も現状に目を向けてほしい、という願いが込められているのだと思います。映画の中ではニクソン大統領に関してはっきりとは描写されていませんが、それゆえに観客はそのシルエットに現在のトランプ大統領の姿を重ねて見ることができるのです(スピルバーグがこの映画の製作を決意したのはトランプ大統領就任45日目のことだったそうです)。

 映画は、そのニクソン大統領とワシントン・ポスト紙が正面きって戦うことになる「あの事件」に繋がる形で幕を閉じます。続けて『大統領の陰謀』を観れば、ますます興味深く70年代アメリカの歴史が楽しめるのです。

(『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は3月30日から公開)

配給:東宝東和

(c)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

(2018年3月28日Yahoo個人より転載)