「私」はどこに行ったの? ママたちのアイデンティティ・クライシス

そのもやもやや不安は、頑張りが足りないからでもなければ子どものせいでもないよ、と私は伝えたいのです。

こんにちは。キャリアカウンセラーの小橋友美です。

今回のテーマは "アイデンティテイ".

私がママになり、自分のアイデンティティが揺らいだ日々の話です。

初めて「ママ」と呼ばれたときの複雑な気持ち

今から1年ほど前、娘が1歳になり、近所の児童館に通い始めたときのことです。職員さんから「〇〇ちゃんママ」と呼ばれました。〇〇ちゃんとは娘の名前です。

そのときの複雑な気持ちを今でも忘れることができません。

一瞬「え、それ私のこと?」と思いました。呼ばれたのは自分ではない気がしたのです。

でももちろん、すぐに自分のことだとわかりました。

同時に「私、ママなんだ!」とちょっとうれしい気持ちも湧いてきて、「は~い」と笑顔で返事をしました。

するとどうでしょう、今度はそんな自分にもやもやしました。

「こんなに簡単に返事していいの? 私はもう、この子のママという存在でしかないことを受け入れるの?」

そんな気持ちだったと思います。

この話をSNSにアップするとたくさんの友達からコメントをもらいました。

そのほとんどが、わかるわかる! という感じでした。

子どもの友達からそう呼ばれたり、自分から「〇〇ちゃんママはね」と言うのは平気なのに、大人からそう呼ばれるともやっとするというコメントもあれば、「〇〇ちゃんのママ」と「の」が入ったらそこまで気にならないんだけどね、という鋭い分析もありました。

子どもが複数いると呼ばれ方が違って返事しにくいよねとか、仲良くなったら下の名前で呼ばれるようになって嬉しかった、というコメントをくれた友人もいました。

たくさんのママがこのもやもやを経験していることを実感しました。

みんなこんなもやもやを飲み込みながら家事や育児をしたり働いたり、日々の生活を営んでいるんだなと思いました。

私は過去と同じ「私」でいようとする

だから苦しいのは当然

「〇〇ちゃんママ」と呼ばれて返事をした瞬間、私は今まで作り上げてきた私という存在をすべて失ったような気がしたのです。これからは「ママ」と一まとめにされるのかな...... と不安と虚しさを感じました。

私は出産前にキャリアカウンセラーとして活動を始めていましたが、そのとき、仕事を通じて得た知識が私を助けてくれました。

それは精神分析家のエリクソンが提唱したアイデンティティの定義のひとつで、

「アイデンティティとは、以前の自分も今の自分も一貫して同じ自分であると自覚すること」という考え方です。

つまり以前の自分と今の自分が違うと感じる状態に人は誰でも不安を感じ、混乱するのです。こうした自己が揺らぐ状態や見失う状態は「アイデンティティ・クライシス」「アイデンティティ拡散」と呼ばれます。

多くのママがそうだと思いますが、私も出産したその日から、これまでとまったく違う日常に驚きました。

コーヒーを一杯飲む時間を作ることだけでも大変でした。自分のためにたっぷり時間を使えていた出産前には考えられなかったことです。

なにより辛かったのは赤ちゃんのお世話で過ぎていく単調な毎日でした。以前はあんな仕事をした、こんな風に自分の時間を過ごせた、でも今の私は忙しいだけで何も生み出していない...... と授乳しながら涙が出そうでした。

もちろん子どもはとてもかわいいのです。子育て自体が嫌なわけでもないのです。でも、ちゃんと子育てしてるじゃない、子育てだって立派な仕事だよと言われるたび、余計虚しさと焦りは膨らんでいきました。この辛さは子育ての喜びとは別次元のものだと思いました。

あの頃に戻りたいという気持ちがいつも心のどこかにありました。まさにアイデンティティが揺らぐ日々でした。

そんな中、「〇〇ちゃんママ」と呼ばれたことで、「違う、私はそんなつまらない自分じゃない」という思いが噴き出したんだと思います。

アイデンティティ・クライシスに平気な人はいない

アイデンティティが揺らぐ状態に平気な人はいません。

自分が自分でなくなるような不安や焦りから、過去の成功体験にすがったり、自分の生き方以外を批判したり、反対に自己嫌悪に陥ったりなど、それまでなら考えられないようなこともしてしまうのも、すべて不安定な自分を守るためです。

例えば、これまでと何も変わらないと思いたくて「私はママなんて呼ばれたくない!」と意固地になったり、逆に不安定な状態に耐え切れず「ママこそが最高の生き方!」と他のアイデンティティを排除してしまいたくなることもあるかもしれません。

でも大切なことはどちらが正しいかではなく、自分はアイデンティティが揺らぐほどの大きな変化の中で日々一生懸命生きているということ、そして周りの人もそうだということです。

産後の女性について、身体へのダメージやホルモンの変化がどれほど心身を不安定にさせるかということはよく知られるようになりました。それに加えてアイデンティティ・クライシスもまた、産後数年にわたりママの心を不安定にさせるものだと感じています。

それなのにママになることは幸せなことという社会の認識のなかで、その辛さは夫にさえ理解されにくいのです。またママ自身もアイデンティティの問題だとは思わないでしょうし、「ママと呼ばれるともやもやする」とも言いづらいのですよね。結局は不安定なアイデンティティをなんとか自分で支えながら毎日頑張っている、というママはたくさんいると思います。

子どもを産んだらすぐ「ママ」になれると思っていたけど......

アイデンティティの明確な定義は難しいとされていますが、日常的な言葉で表現すると、

「これこそが私」と自覚できていること、「この自分でいいんだ」という自己肯定感と「これからもこの自分でやっていける」という自信があること、「この自分はまわりから受け入れられているし、社会にとって意味のある人間である」という自己存在感や有用感をもてることです。

つまり自分に対する安定した信頼がベースにあります。

しかし、子どもが産まれてしばらくの間、自分への信頼なんて持てないのが普通ではないでしょうか。

育児は思い描いていたようにはいかないし、家事は片付かないし、とにかく休めなくて心身ともにボロボロという時期が誰にでもあると思います。

しかも過酷な新生児期を過ぎても育児は一気に楽になるわけではないですよね。私はむしろその頃に子育てが十年以上も続くという現実に改めて気付き、気が遠くなるような思いがしました。

こんな状態で、この自分でいいんだ、これからもこの自分でやっていける、とはなかなか思えるものではありません。

誰にとっても、子どもを産んですぐに「ママでもある自分」というアイデンティティを確立させるのは難しいことなのです。

それでもママとしてやるべきことは休みなく追いかけてきます。「私らしさ」のかけらもないボロボロの毎日に、私には私の人生があったし、これからだってそうなんだ!と叫びたくなっても仕方ありません。

いま振り返って思うこと

私の周りにもママと呼ばれると、一瞬自分のこと? とすぐに反応できないという友人がいますが、別に子どもと過ごす時間が足りないとか、本当はママになったことを受け入れられていないとかいうことではなく、単に「ママでもある自分」というアイデンティティが確立途上というだけだと思います。

きっとこの先、子どもと一緒の生活に慣れ、いろんな成功と失敗を繰り返しながらだんだん確立していくものなのでしょう。

周りのベテランママに聞いてみてください。

きっと、〇〇ちゃんママと呼ばれてもやもやしたことなんて「あ~そういうこともあったね~」と笑ってくれると思います。

私も今は、そう呼ばれてもほとんど何も感じません。動揺がまったくないかと言われるとそうではないけれど、これもまた自分と思えるようになったので、不安や焦りは感じません。

「〇〇ちゃんママ」と呼ばれた時、私は娘を産んで1年と少しでした。

今思えば赤ちゃんのお世話係といった毎日で、自分がママといえることをしているかわからず、また、児童館にも通い始めたばかりでした。

だから私には、まだ「ママでもある自分」というアイデンティティがほとんどなかったのです。

このことを理解できたとき、私はほっとしました。

ママと呼ばれてピンとこないなんて、自覚が足りないんじゃないか、子育てに向いていないんじゃないか、とひそかに不安だったからです。

私は、自分が失われたわけではないし、過去のすべてが無駄になったわけでもないんだと思えるようになりました。過去の自分も、今こうしてママになった自分も、全部あわせて新しい私になったという感覚になりました。

そして、過去の自分を取り戻そうと無理をするよりも、これから新しい未来を作っていこうと思うようになりました。

そのときから、育児も家事も仕事も自分ごととして積極的に取り組めるようになった気がします。

娘は先日2歳になりました。1歳を過ぎた頃からなんとなく意思疎通ができるようになり、育児はずいぶん楽しくなりました。そして1歳6か月を過ぎたころから自分の世界を持つようになった感じがあり、一人で遊ぶ時間も出てきて、私も自分の時間を少しですが持てるようになりました。保育園についていろいろ悩みましたが、結局娘がかわいくて預けることができず、今は家で一緒に過ごしています。

アイデンティティ・クライシスは時が解決してくれるのかもしれません。

でも、今まさにアイデンティティ・クライシスの中にいるママには、そのもやもやや不安は、頑張りが足りないからでもなければ子どものせいでもないよ、と私は伝えたいのです。

もやもやするのはもう十分頑張っている証拠です。

少し立ち止まって、過去の自分も今の自分も、いろいろあるけど両方いいものだと認めてあげてみてはどうでしょうか?

アイデンティティ・クライシスの先には、きっともっと幸せな未来が待っています。

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キャリアカウンセラー小橋の「越えていこうよ、ワーママもやもや期」

小橋友美

米国CCE, Inc認定

GCDF-­Japan

キャリアカウンセラー

1979年香川県生まれ。お茶の水女子大学卒業後、信託銀行に10年勤務。

病気と結婚を機に退職し、キャリアカウンセラーとして活動を始める。

採用実務経験を活かした若年層向けの就職支援を行う一方で、ワーママ、プレワーママが抱える「働くことへの悩み」を共に解決したいと考え、

仕事も生活も楽しむためのキャリア支援活動を行っている。

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