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食器を流しに置きっぱなしにしたら、妻が出て行った。僕が学んだこと

妻は僕の母親にはなりたくなかったのだ。
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妻が出て行ったのは、僕が食器を流しに放置していたからだ。

こんな書き方をすると、理不尽に思えるかもしれない。まるで彼女がとんでもない人で、僕が被害者のようだ。

物事がうまくいかないと、つい何かのせいにしてしまいがちだ。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では、飲酒運転をして事故を起こしたビフ・タネンが、気が弱いジョージ・マクフライのせいにした。

「こんなことになったのは、◯◯が原因だ。自分は何も悪くない!」

食器洗浄機が目の前にあるにも関わらず、僕は使った後のコップを流しに置いたままにしていた。

それは私にとって大したことではない。結婚していた間も大したことではなかった。しかし妻にとっては重大なことだった。

流し台にある空のコップを目にするたびに、彼女は別れたいという気持ちを少しずつ募らせていたのだ。僕は全然気が付かなかったけれど。

流し台にある空のコップを目にするたびに、妻は別れたいという気持ちを少しずつ募らせていたのだ。僕は全然気が付かなかったけれど。

たとえ気が付いていたとしても、自分の考え方を頑固に貫いて態度を改めようとはしなかっただろう。

まさに「自分の顔を恨んで鼻を切り落とす(腹立ち紛れに自分が損になるようなことをするという意味のことわざ)」だ。

男性は大人になっても子供みたいな振る舞いをしてしまうことがある。だけどもう子供じゃない。

男性は周りから尊敬されたいと思っている。

妻からの尊敬もとても大切だ。結婚しているんだから、妻は当然僕のことを尊敬しているんだろうと、考えていたのかもしれない。コップに限らず、尊敬されて当然という態度を取っていたかもしれない。だけどまさか食器洗浄機にお皿を入れることが、尊敬につながるなんて考えもしなかった。

何かをしてと言うのはとても疲れると、妻はよく言っていた。だから何かを言われた時、「わかった」と答えてそれをきちんとやるのが、できる人間だ。

だけど僕はいつもこう言っていた。「何をしてほしいか言ってくれれば、喜んでやるよ」

だけど妻は僕の母親にはなりたくなかったのだ。

そうではなくパートナーでありたかった。頭脳や学習能力を使って、生活や家庭を上手に管理してほしいと思っていた。

何をすべきかを自分で考え、工夫してほしかったのだ。

何でそれが理不尽に思えたんだろう。

男性だって色々なことができる。

男性は、安全に空を飛べる乗り物を作り出した。太陽中心説を考えだし、地球が太陽の周りをまわっていることを証明した。超高層ビルを建設したり、亡くなった人から臓器を取り出して、生きている人の体に移植したりもする。すごいことだ。

男性だってそんなすごいことができるのだ。

妻は、何をすべきかを自分で考え、工夫しながら家の仕事をうまくこなして欲しかったのだ。何でそれが理不尽に思えたんだろう。

なんでこうしてくれないんだろう、と妻が不満に思っていることのほとんどを、男性はできる。霊能者になったり、妻の気持ちを完璧に予測するのは難しいけれど。男性と女性では、感情の表現方法がだいぶ違うから。

妻はこう言っていた。「マット! なんで食器洗浄機に入れないで流しに置くの?」

それにはいくつか理由がある。

1. また使うかもしれないから。

2. 来客がない限り、コップが流し台に置いてあっても気にならないから。

3. そもそも流し台にコップがあっても全く気にならない。気になったこともない。それは、編み物に興味を持てとか、庭仕事を楽しめと言われるようなものだ。僕は編み物に一切興味はないし、庭仕事をするくらいなら、つまらないけれど多少は興味のあることをたくさんやった方がいい。

だけど、これからは流しコップを絶対に置かない。理由は一つ。もう手遅れだけどわかったのだ。僕は妻を愛しているし尊敬している。流しのコップは、彼女にとって大きな問題だったのだ。

コップを流しに置くと、妻を傷つけると今なら理解できる。彼女はこう感じるのだ。「君の考えや意見は尊敬に値しないし、価値があるとも思えない。食器洗浄機に入れずに4秒を節約する方が、君よりもっと大事なんだ」

そして突然、コップはただのコップではなくなる。

それは愛と自己犠牲のシンボルとなる。だけどたった4秒がそんなに大切? 僕のために自分を犠牲にしている人への大きすぎる自己犠牲には思えない。

なぜそんなにコップのことを気にするのかを理解する必要はない。

それが彼女にとって大切だということを理解し、尊重すればいいのだ。妻を大切にするとはこういうことだ。

  • 食器洗浄機にコップを入れる。
  • 床に洋服を脱ぎっぱなしにしない。
  • 妻が綺麗にした床に汚れなどをつけないよう配慮する。
  • 子供の世話をして、妻が自由に過ごせる時間をつくる。
  • 「何かやろうか? 帰り道に買ってくるものはない?」
  • ちょっとしたことをたくさんして、「愛している」を言葉より態度で伝える。

とても簡単なことだ。

そして妻のことが理解できない、または考え方に同意できなくても、彼女の行動の変化に気付ける男性は良好な関係を保てる。

一方で男性はコップを置く権利のために戦いたいのだ。例えばこんな風に。

「まったくクソ食らえだ。僕は君のために多くを犠牲にしているのに、流しに置いたコップ1つで文句を言うのか? 食器洗浄機に入れるのに数秒しかかからない小さな馬鹿げたコップがそんなに重要? そんなことで僕をイラつかせたい? 使い終わったら喜んで入れるさ。コップひとつ程度で口論して、僕がどう間違っているのか、どんなに君を失望させているかをわざわざ伝えたいってわけ?口論しなければ平和に過ごせるのに。

僕らの生活のために僕はいつも頑張っている。しかも『ありがとう』を言われることもない。それなのに君はコップ一つを結婚問題にまで発展させるわけ? よくそんなつまらないことでごちゃごちゃ言えるね。この件は譲れない。コップを食器洗浄機に入れたければ、僕に言わずに自分で入れてくれよ。お客が来たら、もしくは使い終わったら入れるから。本当にくだらない喧嘩だ。なんで君のためだけに全力を尽くさなきゃいけないんだ」

だけどどれだけコップを置くなと言われても、離婚したいとは思わない。男性はわかってほしいのだ。誰も見やしないコップ、4秒で片付けられるコップを台所に置くのは、大した問題ではないと。大きな目で見れば、それは些細なことなんだと。そして妻もそれに気付くべきだと。

だが、妻からの同意を得るのは難しいだろう。彼女にとって、本当の問題はコップではないから。流しに置かれたコップは、夫から感謝されず尊敬されていないということを意味しているのだ。

妻も、流し台にグラスを置くことで夫と別れたいとは思わない。

離婚したいと思うのは、夫が自分を尊敬しなかったり、感謝しなかったりしていると感じるからだ。そのうち愛されていないと感じるようになり、夫をパートナーとして頼りにできなくなる。夫を信用できないから、一緒にいても安心できない。だから夫と別れて、安全で満足できる新しい環境を求めるようになる。

流し台にグラスを置くことで、夫と別れたいとは思わない。離婚したいと思うのは、夫が自分を尊敬しなかったり、感謝しなかったりしていると感じるからだ。

男性は自分が正しいと思う生き物だ。だから自分の意見のために闘おうとする。

もし妻が夫と同じ考え方をするのであれば、その闘いは正当だ。しかし残念ながら、ほとんどの男性はなぜ妻が喧嘩をしているのかわかっていない。妻は、コップのために闘っているのではなく、感謝され、尊敬され、認められ、そして愛されるために闘っているのだ

もし、この気持ちを夫が理解していたら。そしてコップを流しに置くことが結婚生活を終わらせるとわかっていたら。彼らは本当に闘う価値があるかどうか考え直すだろう。むしろ、自分が妻を愛しているとわかってもらえるように行動するだろう。

しかし、多くの女性がこの意見に同意しない。自分の行動が相手をどういう気持ちにさせているのか、夫が気付いてないわけはないと彼女たちは言う。なぜなら、何度も何度も、彼らの行動が自分を苦しめ傷つけていると夫に伝えているからだ。

しかし残念ながら、男性は自分が理解できないことを何度言われても「理解」できないのだ。それに立場が反対になっても自分が傷付かないので、妻が傷付くとは想像もしないのだ。僕の気に入らないことを君がしても、僕は腹を立てたりはしない。だから、まるで妻が自ら選んで傷ついているかのように、男性は考える。

誰かを愛した時、相手の生活を良くしたり、一緒に時間を過ごすために努力したりすることは、仕事ではなく喜びとなる。

それは「くそ、彼女のためにまたこんなくだらないことをしないといけないのか」ではない。「僕が彼女のことを何より大切に思っていて、頼れる存在で、僕が彼女にとって安心で満足できる場所だということを伝えられて嬉しい」という気持ちだ。

コップを流しに置くと、妻を傷つけたり、悲しませたり、孤独にさせたり、愛されていないとか尊敬されていないとか感じさせたりする。そのことを、男性が理解する時はくるのだろうか? たとえ理解できなくても、それが真実だと理解し、受け入れる時はくるのだろうか?

ハフポストUS版に掲載された記事を翻訳しました。