あの大ヒットドラマの主人公も、新聞記者も人工知能に仕事を奪われる日(下)

「朝日新聞・未来メディア塾」の「オープンカフェβ vol.4」が2015年5月18日、東京・渋谷の朝日新聞メディアラボ渋谷分室で開催された。

ゲストは「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターの新井紀子さん

皆さんとゲスト、記者が一緒に考える<朝日新聞・未来メディア塾 オープン・カフェβvol.4>(2015/5/18開催)

 社会的な課題について専門家や記者から学びながら、一般の参加者が共に解決策を考える「朝日新聞・未来メディア塾」の「オープンカフェβ vol.4」が2015年5月18日、東京・渋谷の朝日新聞メディアラボ渋谷分室で開催された。「人工知能(AI)が私たちの仕事を奪う?」と題した今回は、AIを東大入試に合格させるプロジェクト(東ロボプロジェクト)を率いる新井紀子・国立情報学研究所教授をゲストに招き、プロジェクトの近況や世界のAI開発最新事情、そして私たちが未来に直面するかもしれない、AIと雇用の関係について討議された。

 

  レポートの第1回(上)では、新井教授とコーディネーター役の原真人・朝日新聞論説委員の対談を中心に驚くべき進化を遂げるAI開発の現状を伝えた。今回は、目標の2021年に東大に合格する可能性について新井教授が意外な見解を示す場面から開始。AIに取って代わられる可能性のある職種の一つとして、あの大ヒットドラマの主人公の職業が挙げられ、参加者との質疑応答でAIと雇用に関する問題意識が深まっていく模様をお届けする。(文・ソーシャルアナリスト 新田哲史)

AIの偏差値55超えは「とんでもない」事態!?

 チェス、クイズ王、プロ棋士を撃破。その一方で、言葉の意味解釈はしていないので大学入試の現代文は苦手......。そんなAIの強みと弱みが整理されたところで、原記者が「東大の合格目標が2021年。あと6年で行けますよね?」と迫った。

 会場からの視線が一層注がれる中、新井教授は即座に首を振った。「私は初めの頃から『東大には入らない』と言っています。でも「入れるか?」と思ってもらうことが重要。いま偏差値が47まで来ましたが、55を超えると、とんでもない」と語った。まるで東ロボの伸び悩みをむしろ望んでいるかのような新井教授だが、原記者の「偏差値が止まった方がいいか?」との念押しにも「そりゃそうです」と言い切った。

 東大入試といえば、二次試験で課される日本史や世界史の論述問題が出てくる。新井教授によると、センター模試で偏差値が55を超える段階にまでAIが発達してくると、「資料を読んである観点で200字の要約ができるようになる」という。簡単な文章の要約が滞りなく行われるようになれば何が起こるか。事務系の仕事でも難易度の高くない部分が機械に取って代わられる可能性が現実味を帯びる。実際、すでに検索サービスの普及で「知識」だけは誰もが共有できる時代。弁護士に聞かずとも判例のポイントを探すといった「中抜き」が可能になる。

 なお、対談では踏み込まれなかったが、元新聞記者である筆者の経験に照らせば、記者の仕事も例外ではないと感じるようになった。さすがに不正を暴くような仕事には人間の存在が不可欠だが、その一方で、地域版のタウン情報を短信用に文章を集約、録音テープから取材メモに起こす等の業務であれば、機械に取って代わられる技術的可能性もないと言えるのだろうか。

半沢直樹の仕事がAIに奪われやすい訳

 まだAIへの世間の注目が高まる前だった2010年、『コンピューターが仕事を奪う』というセンセーショナルな題名の本を書いた新井教授。科学者の立場から未来に起こりうる社会問題に警鐘を鳴らしてきただけに、核心に近づくとその口調が熱を帯びてくる。

 その際、興味深い事例として挙がったのが世界最大のネット通販、米アマゾンだ。書籍等の在庫を管理する建物では、人手を減らして機械への置き換えが進む。人件費を減らし、一週間後の在庫の見通しも確率で予想するような徹底した生産効率アップと採算性を重視する。取るかと思えば、書籍のレビューのように機械にはできない、しかしプロのライターに頼めば原稿料がかかってしまうようなものは、業務はユーザーの「ネットで認められたい」という承認欲求をくすぐって、ゼロコストで良質のものを"書評"を集めてしまう。機械翻訳の直し、商品認証の入力も同様。新井教授は「日本人は機械にできないことを(それでも機械に将来的に)させたがるが、アメリカ人は機械にできないことをどうやって人間にさせるか考える」。このあたりの割り切りの早さ、国民感覚の違いが職場の自動化にも現れているというのだ。

 そして対談が具体的な「消える職業」の問題に立ち入っていくに対談が入っていくと、新井教授は「半沢直樹さんのお仕事はダメになるでしょう」と、一昨年の国民的大ヒットドラマの主人公を引き合いに出した。大手銀行に勤める半沢が社内外の理不尽がもたらす試練を克服し、その勧善懲悪的な物語で40%の視聴率をたたきだして流行語も生みだしたとなった。半沢は融資先の信用力を判断して貸付を決める与信を担当している。しかし、その仕事はいずれAIに取って代わられるというのだ。

 このとき、原記者が注釈する形で、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授の論文『雇用の未来』で紹介された職業を挙げていった。保険の審査担当、簿記会計監査の事務員、クレジットアナリスト(クレジットカードの承認担当)......そうした仕事は、確率に基づいて平均的にどれくらいのパーセンテージかを判断する。それは機械のほうが得意というわけだ。

個別具体的な仕事は機械にできない

 では、人間がAIに負けず、あるいは「倍返し」できる可能性はあるのか? 終盤はそのあたりも含めて新井教授、原記者と参加者が対話もしながら進行した。まずは参加者による「感想シェア」で、数人ずつ周りの人とグループを作り、テーマに関する意見を短時間交換。その上で画用紙に質問を書いて各グループの代表者が壇上の2人に向けて掲げた。

 最初の質問は「新しく生まれる仕事はあるか?」。新井教授は、「何度も聞かれるが、失われる仕事が目について思いつかなかった」と語りながらも、ひとつのモデルとして挙げたのが、家庭向けの掃除のコンサルティングだ。引越しの時などに散らかった家に上がって、片付け方を指南する職業で、ときおり主婦向けの情報番組でも紹介されるようになっている。筆者が、ある業者を検索で探すとウェブサイトには「お家の汚れ診断をさせていただき、お掃除の基本をレクチャーいたします。汚れは一軒一軒違います。汚れ方も違います」と書いてあるが、ここがまさに活路だろう。「一つ一つが具体的。かたづかない家には個別具体的な理由がある。大企業にはできないタイプの仕事」と新井教授。通り一遍のテンプレートをあてはめるような仕事ではなく、個々の最適解を編み出す仕事こそ人間の強みを発揮できるのだ。原記者も「クリエイティブな仕事は人工知能が追いつかないところ」と述べた。

 また、「50年先はどこまで進む?」という質問も会場から寄せられた。

 原記者が、英の物理学者スティーブン・ホーキング博士の「完全な人工知能を開発したら人類の終焉を意味する」というセンセーショナルな言葉を引用しつつ、SF映画で描かれるように人間が機械に滅ぼされるような可能性を尋ねると、新井教授は「現在でも戦争のかなりの部分で無人の爆撃機等が使われている。ロボット、人工知能の多くが軍事から生まれていることが否定できない」と指摘。その一方で、「数学者の立場からいうと、機械には数学の論理 と確率と統計以外の言語はない。そこで書けないものは書けないという認識があり、今の数学の枠の中ではシンギュラリティは来ない。人工生命が人間と同じような知能を作ることは現実的ではない」と述べ、むしろ、先述したリーマンショック時のようにたとえばAIの確率論に過度に依存した金融取引が株の乱高下を招きかねないリスクの方に現実的な関心味があることとを強調した。最後は原記者が「いまこそ人間の能力を確かめろ、ということでしょうね」と締めくくった。

 終了後、参加者からは様々な感想が聞かれた。大学院でゲノム解析を専攻する27歳の男性は、「ビッグデータの話は自分の専攻と関わるので関心を持って聞いた。東ロボとワトソンの違いがわかった」と振り返った。公務員を経て現在は産業ロボット関係の会社で働く女性(28歳)は「もしリーマンショックのような形でAIショックのような事態が将来起きるとすれば、個人以上にまず大企業や行政への影響が大きいのではないか」と、経験に照らした感想を語った。また、新聞記者を志望しているという女子大生(22歳)は「メディアラボに興味があって応募した。新聞社が社会問題を報じるだけでなく、一般の人と一緒に解決策を考える取り組みは新鮮に思えた」と話していた。(了)

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