故郷から遠く離れた僕にとって、母が怒る時の声さえも愛しいのです --- ハイチュウさん

My Eyes Tokyoから皆様に、暑中お見舞い申し上げます。今年2月にハフィントンポストでご紹介させていただいた、ベトナムと日本の"橋"として活躍する歌手「ハイチュウさん」より"母の日"のお便りです。ベトナムには、西洋や日本で祝われる"母の日"はありませんが、日本で言うお盆の時期に、毎年お母さんに感謝する習慣があるそうです。酷暑の中ご家族で旅行に行かれる皆様の、一服の清涼剤になれば幸いです。また、お休み中に親子の絆を確かめるきっかけになれば、こんなに嬉しいことはありません。

My Eyes Tokyoから皆様に、暑中お見舞い申し上げます。

今年2月にハフィントンポストでご紹介させていただいた、ベトナムと日本の"橋"として活躍する歌手「ハイチュウさん」より"母の日"のお便りです。

ベトナムには、西洋や日本で祝われる"母の日"はありませんが、日本で言うお盆の時期に、毎年お母さんに感謝する習慣があるそうです。酷暑の中ご家族で旅行に行かれる皆様の、一服の清涼剤になれば幸いです。また、お休み中に親子の絆を確かめるきっかけになれば、こんなに嬉しいことはありません。

*今年2月にご紹介した記事はこちらからどうぞ!


■ 赤いバラ、白いバラ

太陽暦の8月10日頃(太陰暦7月15日)、ベトナムでは"中元節"というお祭りが行われます。子どもや孫がおじいちゃんやおばあちゃん、そして既に亡くなった人を祀る行事です。

この7月15日は、ベトナム人にとってはもうひとつ、"母の日"の意味合いもあります。その日は年齢に関係なく、お母さんがご健在の人は胸に赤いバラ、お母さんがお亡くなりになった方は白いバラを胸に差します。色の由来を聞かれても「そのような習慣になっている」としか答えられませんが、バラを差すことでお母さんに対する感謝の気持ちを表しています。ちょうど欧米の"母の日"のカーネーションのようなものですね。

僕のお母さんは今でも健在です。お母さんは昔、ベトナムのサンドイッチ"バインミー"のお店を営んでいました。僕の実家の近くに小学校があり、お母さんは子どもたちにバインミーを販売していました。ベトナムには、朝食は外で摂るという習慣があり、子どもたちは学校に行く前にバインミーを買って食べていました。1日2〜3時間の営業でしたが、お母さんは毎朝お店で子供たちと会話を楽しんでいたようでした。そしてそのおかげで、僕は大学まで行かせていただくことができました。

だから僕は、すごくお母さんに感謝しています。その気持ちを込めて、僕はある歌を歌うことにしました。『母の日記』という曲です。

この胸に抱いて伝わるぬくもり 穢れのない美しい瞳 

愛しい我が子 かけがえのない たった一人の大切な子よ

ほら見てごらん 父さんの目にもうれし涙がにじんだ 

お前の可愛いその唇が 私を「お母さん」と呼んだ朝

心に溢れるこの喜びを 噛み締めながら頬ずりをした 

歩いてごらん 小さな足でいつも私が見守っている

これから先もどんな時でも 前に続く道を見て

☆続きはPVにて・・・

作詞・作曲:グェン・ヴァン・チュン(Nhạc: Nguyễn Văn Chung)

日本語詞:よしもと かよ(Lời Nhật: Yoshimoto Kayo)

イラストレーター : グェン・タイン・ヴー(Tranh minh họa: Nguyễn Thành Vũ)

僕はレコーディング中、僕の中にあるお母さんとの思い出が溢れ出て、いっぱい泣いてしまいました。まるで僕自身や僕のお母さんのことを書いた曲のように感じましたが、実際はベトナムで大人気の女性歌手、ヒエントゥックさんの曲です。約2年前にベトナムで大ヒットし、今では子どもからお年寄りまで誰もが知っています。

僕は、この曲を是非日本の皆さんにも知っていただきたいと思いました。親の子に対する思いや、自分が親になる時の思いには、国境はありませんよね。そう思い、僕が元のベトナム語の歌詞を日本語に翻訳し、親友で作詞家のよしもとかよさんがそれを元に新たに詞を作ってくれました。

今はお母さんを愛しく思いますが、若い時は時々喧嘩もしました。お母さんは占い師さんに見てもらうことが大好きですが、僕はあまり好きではありませんでした。にもかかわらず、お母さんはよく僕に、自転車で占い先生の家まで運ぶように指示されました。お母さんが自転車に乗れなかったからですが、それが喧嘩の原因ですね(笑)

でもある占い師さんに、僕がすごく勉強ができる子だから、たくさん勉強に投資したほうがいいよと言われたそうです。それを機に、お母さんは僕にすごく力を入れるようになりました(笑)

若い時はお母さんが僕に愛情を注いでくれていたことを知らなかったですが、大人になって人間としての深みが出ると、やはりお母さんのことをとても大事に思うようになりました。今ではお母さんの全てが愛しく、故郷から遠く離れた僕にとって、母が怒る時の声さえも愛しいのです。


■ 誇りの我が子

近年ではベトナムでも都市部を中心に、おじいちゃんやおばあちゃんを老人ホームに預けることが増えてきています。ベトナムでは親はあまりにも大きくて尊い存在だから、そんな親を老人ホームに入れるのは"親不孝者"と周囲から見なされかねません。でも僕自身は、年を取ったら老人ホームに入りたいと思います。友達がたくさんできると思いますから(笑)

とはいえやっぱり、僕はお母さんを老人ホームにはまだ入れたくない。彼女は僕たち4人の子どもを育ててくれました。お母さん自身には何も残らないくらい、僕たちに与えてくれました。僕はすでにお父さんを亡くしていますが、それを境にお店を閉め、その代わりお母さんの生活費は僕たちが工面しています。

家族の中では、僕だけがベトナムを出ました。それでもお母さんは特に反対しませんでした。彼女自身が若い時に自由に過ごしたということもあり、子どもたちには好きなことをやらせたいと思ったのだそうです。そして僕が日本で歌手として活躍していることを、彼女はとても誇りに、そして幸せに思ってくれています。それはベトナム人が日本を大好きだから、というのもあるでしょうね。時間や約束を守り、責任感が強い日本人に、僕らは敬意を抱いています。


■ 母は家族の中心

お母さんだけでなく、ベトナム人はもちろん家族そのものをとても大事にします。家族の絆が強く、今でも数世代が一つの家に住むのは普通です。親は子どもが成長して結婚できるまで面倒を見ます。そして子どもも、社会に出たら親の面倒を一生見ます。また長男や長女は、下の兄弟の面倒を見る義務があります。

そんな家族の中でも、ベトナムではお母さんが中心的な存在です。ベトナムではお母さんをテーマにした音楽が多い。お父さんを歌った曲ありますが、圧倒的にお母さんを歌った曲の方が多いですね。そしてそれらは、日本でいうお盆の時期によく歌われます。お寺にはそのためのステージまで用意されるほどです。日本人も同じだと思いますが、ベトナム人は「お母さん、大好きだよ」なんて恥ずかしくて言えない。だから歌を通してその気持ちを伝えるのです。

インタビューの一番初めに「旧暦の7月15日には、お母さんがご健在の人は胸に赤いバラ、お母さんがお亡くなりになった方は白いバラを胸に差す」というお話をしましたよね。

赤いバラを差すのは、お母さんからの愛を感じ、今もそばにいるお母さんをもっともっと大事にし、お母さんに感謝しよう、お母さんがそばにいることの素晴らしさを感じようということなのだと思いますね。

【ハイチュウさん関連リンク】

Facebook ID:Hai Trieu Pham

ハイチュウさんブログ:http://haitrieujp.exblog.jp/

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