連日熱戦が繰り広げられている平昌オリンピック。フィギュア・スケート男子シングルの羽生結弦選手が、史上66年ぶりに五輪2連覇を果たしたということで、世界中が歓喜に沸きました。
羽生選手を始めとして世界トップレベルのフィギュア・スケーターをザッと概観すると、ある一つの共通点に気が付きます。それは彼らの多くが、海外を拠点にトレーニングを積んだり、外国人コーチの門下に入ったり、移住したり、国籍を変えたりと、国境や国家という枠組みを大きく超えて練習し活躍しているという事実です。
羽生選手については、みなさんよくご存知の通り、2012年以来、カナダ=トロントにあるクリケット・クラブで、ブライアン・オーサー率いる名コーチ陣の指導を受けています。4年前のソチ五輪も今回の平昌五輪も、トロントを練習拠点としてクリケット・クラブの一門として金メダルを獲得しました。
このように国境や国籍をまたぐ形で、コーチに師事したりトレーニングしたり競技に参加しているフィギュア・スケーターは他にも大勢います。羽生選手の盟友であるスペイン代表のハビエル・フェルナンデス選手もクリケット・クラブ所属ですし、カナダ繋がりで言えば、今回アイスダンスで銀メダルを獲得したフランス代表のガブリエラ・パパダキスとギヨーム・シズロン組も、カナダのモントリオールを拠点にカナダ人コーチの下で練習を積んでいます。
日本と関係があるフィギュア・スケート選手だけに限っても、アイスダンス日本代表クリス・リード選手のお父様はアメリカ人で、リード選手はもともとアメリカ生まれ・アメリカ育ちです。いわゆる「日本人男性」の中でアイスダンスの人気がなかなか高まらない中、日本のアイスダンス界を長年支えてくれている貴重な存在と言って過言でないでしょう。
またアメリカ代表として活躍しているアイスダンス選手のシブタニ兄妹のお父様はいわゆる日系2世、お母様は日系1世です。シブタニ兄妹は今回、アイスダンスでは史上初めて、アジア系のオリンピック・メダリストとなりました。
その他、今回の五輪に出場していない選手の中では、日本のアイスダンス代表のティム・コレト選手はアメリカ国籍の方ですし、日本のペア代表のフランシス・ブードロ・オデ選手はカナダ国籍です。更に、昨シーズンで引退してしまったカワグチ・ユウコ(元)選手は、日本国籍を離脱しロシア国籍を取得した上で、長年ロシア代表のペア選手として大活躍されました。
ここまで読んで「何だかややこしいなぁ」と感じられた方もいるかもしれません。そうなのです、トップクラスのフィギュア・スケーターの多くが、このように国籍や国境を越えて活躍されるので、何だか「ややこしい」感じになるのです。
既に以前のブログでも書いた通り、他のスポーツ(例えば、野球やサッカー、相撲など)を見れば、国境を越えて活躍するスポーツ選手の例は、枚挙に暇がありません。日本国籍の選手が外国チームで活躍する場合、外国籍の選手が日本で活躍する場合、どちらのケースも多々あります。どの読者でも最低一人はそのようなスポーツ選手の具体例を思い浮かべられるでしょう。
また選手から離れて観客側の話になりますが、実は私は昔からフィギュア・スケート好きで現地観戦することもあるのですが、競技会場では驚愕の光景が繰り広げられています。競技会場へは多くの「スケヲタ」達が様々な国の国旗を携えて行って、各選手がリンクに登場する度に国旗を持ち替えて応援しています。
例えばロシアの選手の時にはロシア国旗を掲げ、スペイン、中国、カナダの選手の時にはそれぞれの選手の国の国旗を掲げます。当然ですが、中国や韓国から来ているスケヲタ達も、日本の選手の時には「日の丸」を掲げて日本の選手に大声援を送るのです。会場にはためく無数の「日の丸」を掲げているのは、必ずしも日本人ではありません。
国際政治を学んだ立場からすると、日本が以前に植民地支配した国の人々が「日の丸」を掲げて日本を応援する様子や、領土問題が一向に解決しないロシアと日本の人々が嬉々として相手方の国旗を掲げる様子は、少し眩暈がするような光景で、最初は本当に驚きました。
確かにオリンピックは(今回のロシアのような特殊なケースや、リオ五輪から始まった「難民チーム」を除けば)、各選手が国籍を持つ国の代表として出場することが前提となっています。また選手自身も、スポンサーや財政的支援などといった様々な大人の事情から、「日本の皆様のお蔭です」というような発言をされますし、それは一部は事実でもあるでしょう。
けれどもトップクラスの選手になればなるほど、彼等がどの国で何国人のコーチの下でトレーニングを積んできたかについて一皮むけば、日本人だけからなるコーチ陣の下で、日本から一歩も外国に出ずに練習を積み、日本という国のお蔭「だけ」で表彰台にまで辿り着いたという選手は、むしろ少数派と言えます。共にオリンピック・メダリストである荒川静香さんも浅田真央さんも、外国人コーチに師事していた時期がありました。その意味で、今回銀メダルに輝いた宇野昌磨選手は少し「珍しい」とも言えるかもしれません。
オリンピック憲章第1章6項が言う通り、「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」のです。「日本が勝った」「中国が負けた」「韓国が勝った」「ロシアが負けた」などと言う表現は、多くの選手が積み上げてきた練習環境の現実にも、オリンピック憲章の精神にも、全くそぐいません。シングル・フィギュアの世界でいえば、むしろ「チーム・ブライアンが3連覇中」と言った方がずっと正確です。
オリンピック開催中は、日本の旗が掲揚されたり、国家が流れる機会が多い時期です。「日本の」選手が活躍することは、感情レベルでは嬉しいことかもしれません。けれども本来称えるべきは、国家でも政府でも国旗でもなく、個々の選手が類まれな才能の上に積み上げてきた壮絶な努力と実行力、つまり選手一人一人の偉業であることに間違いありません。
矮小な国粋主義や国威の発揚、国家や国旗を盲目的に信奉する態度は、選手達を栄光に導いてきた実際の過程を必ずしも正確に反映するものではないという現実も、ひとつ思い出してはいかがでしょうか?