窒素固定 ― 常識破りのメカニズムに迫る

細野秀雄・東京工業大学教授および多田朋史・同大学准教授に話を聞いた。

空気中の窒素から、肥料として不可欠なアンモニアを作る「ハーバー=ボッシュ法」は、人類の食料供給を100年以上にわたり支えてきた。ただし、この方法は高温高圧が不可欠であるため、多くのエネルギーと大型プラントが必要となる。このため、消費エネルギーが低く小型の設備かつオンサイトで可能な窒素固定法の開発は、現在最も社会的要請の高い研究の1つだ。このほど、ランタン・コバルト・ケイ素の3元素から成る金属間化合物(LaCoSi)が、400℃、常圧という従来よりはるかに温和な条件下で窒素固定触媒として働くことが、Nature Catalysis に報告された。その開発の過程について、細野秀雄・東京工業大学教授および多田朋史・同大学准教授に話を聞いた。

触媒も半導体も同じ

細野秀雄教授(左)、多田朋史准教授(右)

―― 細野先生が、最初の窒素固定触媒を発表されたのは2012年でした(※1)。そのときは、半導体や超伝導体の研究で有名な細野先生が、触媒開発に乗り出したと衝撃を受けました。

細野氏: 僕は半導体・超伝導体と触媒を分けていないんです。基本的に固体の中の電子をどう使うかに興味があって、もし電気伝導に使えばエレクトロニクスになるし、分子に対して使えば化学反応になります。両者を分ける必要はありません。

―― 窒素固定の研究を目指したのは?

細野氏: 例えば、僕らの開発したIGZO(イグゾー)半導体はディスプレイに応用されていますが、きれいなディスプレイはしょせんBetter lifeに役立つにすぎません。研究者としてはやはり、Essential for lifeの研究をしたいと思っていました。となると、それはやはり、食料生産に欠かせないアンモニア製造であると考えました。そこで、当時研究していたC12A7という物質がこれに生かせるだろうと。

―― C12A7はカルシウムとアルミニウムの酸化物ですね。これがどう窒素固定につながったのですか?

細野氏: 窒素の三重結合を切ること自体は、電子を与えやすい物質、例えばアルカリ金属を使えば簡単にできます。ただしこれは、窒素分子に電子を与えた後は安定な陽イオンになってしまいますので、触媒にはなりません。触媒を創るには、アルカリ金属と同じくらい電子を与えやすいのに、自らは安定という変わった性質の物質が必要です。C12A7は、まさにこれを満たす物質でした。

図1:C12A7エレクトライドの合成

C12A7のケージ内には通常は酸素イオンが入っているが、表面にチタンを蒸着し加熱すると、酸素イオンが引き抜かれて電子に置き換わる。電子そのものが影イオンとなって形成されるこうしたイオン結晶は、「エレクトライド」と呼ばれる。C12A7は初めての安定なエレクトライドであり、電子の出しやすさはアルカリ金属と変わらないのに、化学的にも熱的にも安定。この電子が窒素・窒素三重結合切断に働く。

いきなり見つかったLaCoSi

―― 今回、全く異なるタイプの物質による窒素固定触媒を開発されました。どのような着想から生まれたのですか?

細野氏: 考え方としては、C12A7触媒で成功した、エレクトライドのコンセプトの拡張です。選んだのは、金属間化合物です。金属というと、電子が均等にばらまかれているイメージがありますが、金属間化合物では通常の無機結晶と同様、一定の電子状態の下で異種の原子同士が規則的に配列しています。こうしたものを見ていくと、エレクトライドと見なせるものが結構あるわけです。

―― 金属間化合物を用いるメリットは何でしょうか?

細野氏: 以前の触媒では、電子を供与するC12A7に、触媒部位となるルテニウムを担持させていました。本来、こんな面倒なことは必要ないはずです。エレクトライドとなる金属間化合物ならば、全体が担体でもあり触媒でもあるものができる、そこを狙ったんです。

―― 細野先生といえば、酸化物の研究で大きな実績を挙げてこられた印象があったので、金属間化合物という選択は少々意外でした。

細野氏: 実は酸化物はもうほとんどやっていません。もう飽きたので、個人的には卒業の気分です。金属間化合物は、金属とイオン結晶の中間のようなところがあって面白く、これからのフロンティアだと思っています。

―― といっても、金属元素の組み合わせは無数に考えられますが、どのように絞り込んだのですか?

細野氏: C12A7触媒は、貴金属であるルテニウムを併用する必要があります。そこで、窒素固定触媒としてルテニウムに次いで有効なコバルトを使うことにしました。そして窒素に電子を受け渡すためには、コバルトを電子豊富な状態にしてやればよいわけです。この触媒では、ランタンからコバルトへの電荷移動が確認されています。

多田氏: 触媒が窒素を吸着して、それがあまりに安定でありすぎると反応が進行しなくなります。この辺りをいくつかチェックして、一番バランスの良いコバルトを選んだということですね。

―― そこで見つかったのがLaCoSiという金属間化合物(※2)ですが、たどり着くまでにはどのような検討を?

細野氏: 実は大した検討はしていません。元素の組み合わせや条件を順番に変えていく網羅的な研究は、僕は大嫌いですので、やりません。当初はルテニウムを含んだ二元系の検討もしましたが、あまり安定なものがないんですね。三成分系は安定で、設計しやすいんです。

―― えっ、では三元系の触媒で試行錯誤したのではなく、いきなりこの組み合わせを見つけ出すことができたということですか?なぜそんなことが可能だったのでしょうか?

細野氏: 金属の結晶格子と、その隙間にある電子をどう生かすか、これが僕らのたどり着いたエッセンスです。そう大した話じゃないですよ(笑)。

多田氏: 不思議に思われるのももっともで、僕も、細野先生が三元系をやろうと言ったときには「なぜ三元系なのだろう」と思いました。ただ、ルテニウムを含んだ二元系の触媒の検討の中で、金属上に電子を移動させればよい、ただしルテニウムは使いたくない、となったときに、それを満たすものとしてLaCoSiが出てきたわけです。不思議なようですが、細野先生の今までの研究を振り返って見ていくと、納得いくところでもあるのです。

図2:LaCoSiの結晶構造

La, Co, Siの原子数比は1.09:1:1.03。LaCoSiの仕事関数は2.7eVと低く、N分子に対して電子を供与しやすい性質を反映している。

エキサイティングなメカニズム

―― この研究の中で、意外だったことは?

細野氏: 実は、この研究で我々が最もエキサイトしたのは、結合切断のメカニズムです。触媒に窒素が吸着したとき、エネルギーがものすごく下がるんですよ。それなのに活性化エネルギーは非常に低い。吸着による安定化のエネルギーが、そのまま活性化に使われているのでしょう。これには驚きました。吸着したときの状態が、振動の励起状態に当たっているのだと思います。

図3:シミュレーションから示唆された反応機構

窒素分子(青)がLaCoSi表面に吸着すると励起状態(赤)となるため、わずかなエネルギーを与えるだけで開裂し、2つのN原子に分かれる。できた窒素原子は水素と反応し、アンモニアを生成する。

多田氏: 当初の計算では、窒素が吸着して安定化してしまうので、これを飛び越えるのは難しく、反応は進行しないと予測しました。ただ、実験事実としては非常に低い活性化エネルギーで反応が進行しているので、第一原理分子動力学の手法を用いて有限温度での反応をシミュレートしたところ、吸着直後に窒素分子の振動が激しくなって、結合が切断される様子が描き出されました。理論計算を行っていて驚く機会はあまりないのですが、これは本当に、数年に一度という驚きでした。計算によって全く新しい理解につながることは、大きな喜びです。

細野氏: 吸着による安定化のエネルギーが熱などとして放出されずに反応のエネルギーに変わる、いわば反応の共役が、不均一触媒の表面で起こっているというのが面白いところです。まだ完全に確かとはいえませんが、これが他の反応にも生かせれば、いろいろなことが起こせると思います。実は生体内の反応も、エネルギーを拡散させず反応に用いることで、常温常圧でありながら効率の良い変換を行っています。ATPの持つエネルギーなんて大したことないですから。

研究のこれから、日本のこれから

―― 今後のこの研究の展開は、どうお考えですか?

細野氏: 三元系なので、組成などの変えようはいくらでもありますが、どう変えていくかは考えどころです。ただ、あらゆる組み合わせを試すとなると、外国勢にはどうやっても勝てません。たとえこちらの人数を三倍にしても、相手はその何倍ですから......。そして実用化となると、腕力のあるところ、運のいいところが勝ちます。この辺を潔く捨てて、コンセプトを示すところで勝負するしかありません。

―― やはり中国のパワーは意識されますか。

細野氏: 何しろ年率25%で大学の研究費が増えていますし、世界へのネットワークも持っています。日本はどうすれば勝てますか、とよく聞かれますが、それは無理ですよ。研究者の数からして10倍ですから。ただ、特許のことは別にして、科学の世界に国粋主義を持ち込んでもあまりいいことはないですよ。

―― その他、日本の問題はどの辺りでしょうか。

細野氏: 出版の弱さですね。日本に強いジャーナルがないので、質の高いデータをみな吸い上げられてしまう。また、日本という国の特質かもしれませんが、みな横並びで同じことをしてしまう。特定の分野に人が集まってしまって、AIをはじめとした新興分野に人材がいないことも問題です。

―― 若い研究者にメッセージをお願いします。

細野氏: 新しい事柄というのは、その分野ではなく隣の分野からやってきます。新しいことをやろうと思ったら、ど真ん中にいるのではなくエッジにいて、必要に応じて中央に攻め込むことです。また、雑誌のインパクトファクターにとらわれ過ぎないでほしい。自分のオリジナリティが出せなくなりますから。材料の場合は使われてなんぼです。ネオジム磁石にしろリチウム電池にしろ、最初の報告はNatureScienceのような雑誌には出ていませんが、誰もが価値を認めています。といっても、実績も必要でしょうから、長期的・短期的なテーマを組み合わせるのが現実的でしょうね。若い研究者は、いい材料や触媒を創り出してこうした雑誌に載せれば、下剋上、一発逆転が可能です。こういう論文誌には功罪両面がありますが、これは大きな功績の部分だと思います。下剋上がないと、学問が衰退しますから。

―― 我々の驚くような論文の登場を心待ちにしております。本日はどうもありがとうございました。

参考文献

※1. Kitano, M. et al. Nature Chemistry4, 934–940 (2012).

※2. Gong, Y. et al. Nature Catalysis1, 178–185 (2018).

Nature Catalysis 掲載論文

Nature Catalysis 1 : 100 :10.1038/s41929-017-0022-0 | Published online 22 January 2018

Author Profile

細野 秀雄(ほその ひでお)

東京工業大学 科学技術創成研究院フロンティア材料研究所 教授

兼 東京工業大学元素戦略研究センター長

専門は無機材料科学、特に電子が主役を演じる機能材料の創出。ディスプレイなどに応用されているIGZO半導体、鉄系超伝導体の創製、電気を通す透明セメントC12A7(室温で安定なエレクトライド)とその窒素固定触媒への応用など、多くの革新的な研究で知られる。

多田 朋史(ただ ともふみ)

東京工業大学元素戦略研究センター 准教授

専門分野は量子化学・電子状態理論・計算材料学。分子/金属、固体電解質/金属、固体電解質/分子/金属などのナノ接合体を研究対象とし、分子デバイス、量子演算デバイス、電気化学デバイスの機能追求を電子輸送・イオン輸送・化学反応の観点の下に行っている。

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