猛毒元素ポロニウム

猛毒元素ポロニウムの発見は、誕生したばかりの放射化学という分野に初の論争を巻き起こす。

ポロニウム(Po)は存在度は非常に低いが毒性は桁外れに高い。Poのこうした一見不釣り合いな特徴について、フランス原子力・代替エネルギー庁(CEA)のEric Ansoborloが考察する。

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周期表で84番目に位置する元素ポロニウム(Po)は、環境中に極めて低濃度で存在する天然の放射性元素である。Poは1898年、Pierre CurieおよびMarie Curie夫妻によって発見され、同年7月に発表された(参考文献1)。

これは、夫妻が新たに開発した放射化学的分離法を用いて発見された初の元素であり、ピッチブレンド(瀝青ウラン鉱)と呼ばれるウランの一次鉱物から各成分を単離し、それらをPierreが作製した電位計で検出することで成し遂げられた。

2人は科学アカデミーへの報告で「我々は、ピッチブレンドから回収された物質には、ビスマス(Bi)に似た分析的性質を持つ未知の金属が含まれていると考えている。もしこの新金属の存在が確定されれば、我々のうち1人の祖国に敬意を表して『ポロニウム』と命名することを提案する」と慎重につづっている。

ところがこの発見は、誕生したばかりの放射化学という分野に初の論争(参考文献2)を巻き起こす。

Willy MarckwaldやFriedrich Gieselをはじめとする多くのドイツ人科学者たちが、この新元素は「誘起活性化したBi」以外の何物でもない、とCurie夫妻の主張を否定したのだ。ちなみにMarckwaldは1901年、後にPoと判明することになる物質を異なる方法で単離し、暫定的に「ラジオテラリウム(radiotellurium)」と命名している。

この物質の正体と周期表上の位置をめぐっては、その後数年間にわたり論争が続いた。そして1910年になってようやく、Marie CurieとAndré-Louis Debierneにより、ウラン鉱から分離した硫化物沈殿2 mgに0.1 mgのPoが含まれていることがスパークスペクトル法で確認、証明されたのである。翌1911年、Marie CurieはPoとラジウム(Ra)を発見した功績でノーベル化学賞を受賞した。

Poには、質量数が187~227の41の同位体がある。天然に存在する主要同位体はPoで、これは天然ウラン崩壊系列の放射性崩壊生成物の1つである。

大量のPo(数ミリグラム量)を生成する主な方法は、現在、原子炉内でBiターゲットに中性子を照射する方法と、Biターゲットに37 MeVのα粒子ビームを衝突させる方法の2種類がある。Poは崩壊の際にほぼα線しか放出しない放射性核種で、半減期は138.4日と短く、そのため放射能と毒性が極めて強い(参考文献3)。

こうした放射能毒性に加え、Poは低温(約50°C)で揮発し、ガラスに付着しやすいという性質を持つため、取り扱いが難しく、化学的性質はほとんど知られていない(参考文献4)。

Poは周期表上で、酸素(O)や硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)と共にカルコゲニド族に属している。また、左隣のBiと比較されることもある。Poには複数の酸化状態(−II、+II、+IV、+VI)があるが、水溶液中で最も安定なのは4価のPo(IV)で、他の多くの4価元素と同様、加水分解してPo(OH)コロイドを形成する傾向にある。

Poはまた、塩化物イオン(Cl)、酢酸イオン(CHCOO)、硝酸イオン(NO)などの無機陰イオンと可溶性塩を形成し、硫化物イオン(S)で沈殿する。

キュリー夫妻がPoを分離・同定できたのは、この特性を利用したからである。一方、有機配位子が加わると、Po(Ⅳ)の配位化学は複雑になり、酸化物と水酸化物の混合錯体が生成する。

元素状のPoにはいくつかの特殊な用途がある。

α粒子の効果についての研究や放射線検出器の校正などに用いられる他、有効な熱源であり、さらにはベリリウム(Be)と混合することによって小型の中性子源を生成する。だがおそらく、Poの用途として最も有名なのは、希少で危険な「猛毒」としてだろう。

Poは摂取すると肝臓に蓄積し(参考文献3)、骨髄や胃腸、中枢神経系にも影響を及ぼす。また、ヒトの致死量は10 μg未満と推定されている。こうしたPoの放射能毒性が明らかになったのはこの元素が発見されて間もなくのことだった。キュリー夫妻の研究室で蒸留容器からPoが誤って放出され、これにさらされた技術者が死亡したのである。

最近の事例では、2006年にロシア連邦保安庁(FSB)の元職員Alexander LitvinenkoがPo入りのお茶で毒殺されたという説があり(参考文献5)、2004年のパレスチナ解放機構(PLO)Yasser Arafat議長(当時)の死でもPoの関与が示唆されている。Poの毒性はシアン化水素(HCN)の1万倍以上と極めて強力で、ボツリヌス毒素と並び、Poは既知の物質の中で最も毒性の強い物質の1つである。

Poは、土壌中で粘土鉱物や有機物によって吸収される。特にタバコに蓄積されることが知られており、製品としてのたばこにもPoが意外と多く含まれている。Po中毒の治療法に関する研究があまり行われていないこと、そして今現在唯一勧められている治療法がチオール系キレート剤のみであることを考えると、喫煙者には悪いニュースといえよう。

著者: ERIC ANSOBORLO

参考文献:
  1. Curie, P. & Skłodowska-Curie, M. C. R. Acad Sci.127, 175-178 (1898).
  2. Adloff, J.-P. & Kauffman, B. Chem. Educ.12, 94-101 (2007).
  3. Ansoborlo, E. et al. Chem. Res. Toxicol.25, 1551-1564 (2012).
  4. Bagnall, K. W. et al. (eds) Gmelin Handbook of Inorganic and Organometallic Chemistry: Po-Polonium (Springer, 1990).
  5. Jefferson, R. D., Goans, R. E., Blain, P. G. & Thomas, H. S. Clin. Toxicol. 47, 379-392 (2009).

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