ラドンがラドンと呼ばれるまで

1899年、Pierre CurieとMarie Curieは、ラジウム(Ra)の周囲にRa自体のものとは異なる放射能が残ることに気付き、その現象を「誘導放射能」と呼んだ。

ストックホルム大学のBrett F. Thorntonとワーチェスター工芸研究所のShawn C. Burdetteが、86番元素ラドン(Rn)の発見と名前をめぐる混乱の歴史を振り返る。

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1899年、Pierre CurieとMarie Curieは、ラジウム(Ra)の周囲にRa自体のものとは異なる放射能が残ることに気付き、その現象を「誘導放射能」と呼んだ。同年、Ernest RutherfordとRobert B. Owensは、トリウム(Th)から放出された放射性物質(現在のRn、t = 55.6 s)について報告し、その物質をエマネーションと呼んだ。1900年、Friedrich Dornは、Curie夫妻が実はエマネーションに似た物質(現在のRn、t = 3.8 d)を観察していたことに気付く。1904年、André-Louis Debierneは、アクチニウム(Ac)から生じた第三の放射性粒子を発見した(現在のRn、t = 4 s)。当初、これらの放射性粒子は元素と見なされ、それぞれラジウムエマネーション(現在のRn)、トリウムエマネーション(現在のRn)、アクチニウムエマネーション(現在のRn)という俗称で知られるようになった。これらは全て、現在我々がラドン(Rn)の同位体として認識しているものである。William RamsayとJ. Norman Collieはその後、「発生源を連想させると同時に、他の元素との根本的相違が語尾でわかるような名前を付けるのが望ましい」との理由から、これらの「元素」を、それぞれエクスラジオ(exradio)、エクストリオ(exthorio)、エクスアクチニオ(exactinio)と名付けることを提案した(参考文献1)。

この「-io」という接尾語はほとんど相手にされなかったが、名前を融合するという考え方は科学界で共感を呼んだ。RamsayとRobert Whytlaw-Grayは、発光性のラジウムエマネーションが希ガスと似ていることが実験で明らかになったことから、希ガスを表す「-on」という接尾語を付けて、これをニトン(niton;Nt)と命名することを提案した。1911年、国際原子量委員会は、実は「同位体」であるNtを元素リストに加え(参考文献2)、うかつにも同位体と元素の名前を混同してしまう。しかしながら、こうした初期の間違いは無理もないことで、各元素が固有の原子番号を持つことがMoseleyによって示され、さらに「同位体」という言葉がFrederick Soddyによって作られたのが、これより後の1913年だったからである。

やがて、これらのエマネーションの名前として、希ガスとエマネーションの親元素の両方を想起させる名前が登場する。Marie Curieも、ラジオン(radion)またはラジオネオン(radioneon)という名前を提案したのだが(参考文献3)、1923年、IUPACが最終的にこれら3つの同位体の名称として採用したのは、Elliott Q. Adamsによって提案されたラドン(Rn)、トロン(Tn)、アクチノン(An)だった(参考文献4)。

この3つの同位体に共通の名前、すなわち元素自体の名称が公式に発表されたのは、さらに7年後のことだった。Marie Curie、Rutherford、Debierneが共著者となっている1931年の論文(参考文献5)で、上記3つの同位体名に加え、1899年にRutherfordが命名したエマネーション(Em)が元素名として最終的に承認されたのである。だが、初期の研究に携わった3人の意見が一致したにもかかわらず、元素名として周期表や元素リストに記載されることが多かったのは、Emではなく最も安定な同位体Rnだった。元素リストに掲載されるのがRnのみだったことから、暗黙の変更として、IUPACは1957年の『無機化学命名法(Nomenclature of Inorganic Chemistry)』で、Rnを同位体名から元素名へと昇格させる(参考文献6)。IUPACの改正規則にはこう記されていた。「1つの元素の同位体は全て同じ名前にすべきである。水素の同位体名、プロチウム(軽水素;H)、デューテリウム(重水素;HまたはD)、トリチウム(三重水素;HまたはT)は継続使用してよいが、その他の元素については、番号の代わりに同位体名を付けることは好ましくない」。

こう宣言されたにもかかわらず、Rnはその後も40年近くにわたり同位体を指す名前として使われ続け、元素名としては相応しくないものになる。Emの代わりにRnという名称を使った場合、それが元素と同位体のどちらを指すのか明記しなければならなくなってしまったのだ。また、Rnという元素名は歴史をも混乱させた。先に述べたように、Dornはラジウムエマネーション(Rnの同位体の1つ)を確認した人物だが、彼が自身の研究で、それ以前にRutherfordとOwensがトリウムエマネーション(Rnの同位体Tn)を発見したことを引き合いに出しているにもかかわらず、現在でも、DornがRnの発見者として誤って評価されることが多いのである。

Rnと違い、Tnにはそうした説明が不要だ。現在でも、Rnは日常的にTnと呼ばれている。1957年にTnが認められなくなってからもTnと記載する科学論文の年間総数は増え続け、その数は20倍以上になった。これは、Tnの方が「ラドン220」よりも言いやすいからだろう。

Rn(同位体としてのRn)とRn(Tn)が区別されるのは、ただ単に言語的、歴史的に興味深いからではない。Rnは室内で存続できるが、寿命の短いTnは存続できず、全ての家庭用Rn検出器(写真)がTnを高感度で検出できるとはかぎらない。また、トロンは発生源から遠く離れた場所まで拡散しないため、感度の高いTn検出器は慎重に配置する必要がある。さらに、Rnテストの結果は、Tnの存在を必ずしも否定するものではなく(参考文献7)、Rnのリスク評価が不確実になる場合があるのだ。

現代化学において特別な名前を持つ同位体は非常に少ない。周期表の脚注に記載されることがあるのは、重水素、三重水素、Tnくらいである。Anは科学文献からほとんど姿を消した。おそらく、半減期が短く、健康への影響が比較的軽微だからだろう。1948年には、Rnの4番目の天然同位体が新たに発見された(Rn、t = 35 ms)。Atがβ崩壊して生成した同位体だが、この同位体を「アスタトン」と名付けようとする人はいなかったようだ。

doi:10.1038/nchem.1731

著者: Brett F. Thornton & Shawn C. Burdette

参考文献:
  1. Ramsay, W. & Collie, J. N. Proc. Roy. Soc. Lond. 73, 470-476 (1904).
  2. Clarke, F., Thorpe, T., Ostwald, W. & Urbain, G. J. Am. Chem. Soc.33, 1639-1642 (1911).
  3. Wilson, D. Rutherford: Simple Genius (MIT Press, 1983).
  4. Aston, F. W. et al. J. Am. Chem. Soc.45, 867-874 (1923).
  5. Curie, M. et al. J. Am. Chem. Soc. 53, 2437-2450 (1931).
  6. Bassett, H. et al. J. Am. Chem. Soc. 82, 5523-5544 (1960).
  7. Janik, M. et al. J. Radiat. Res.54, 597-610 (2013).

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