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2018年08月15日 12時10分 JST | 更新 2018年08月15日 14時41分 JST

いま空襲が起こったら、どう報道する?――73年前のあの戦争を伝え続けるために地方紙ができること【後編】

これからどうやって、伝え残していくか?

Yahoo!ニュース

終戦から73年。毎年この時期になると、マスメディアではさまざまな戦争特集が組まれているものの、同時に戦争経験者は高齢化しています。証言者が減っていく中で、これから先どうやってあの戦争を後世に伝えていくか。報道関係者はその伝え方に苦心しています。

8月2日に行われたトークイベント「未来に残す戦争の記憶 『戦争と地方紙』〜当時の記録をいまの視点で再編集した記者の証言〜」。イベントレポートの後半では、これから先の地方紙と戦争報道のあり方について深めたディスカッションの一部をご紹介します。

取材・文/鬼頭 佳代(ノオト)

登壇者

福間慎一さん
西日本新聞の記者として、主に行政取材を担当。長崎の原爆被爆者、福岡大空襲の被災者の取材に携わる。1年間のヤフー出向を経て、現在は経済電子版を担当している。
玉城江梨子さん
琉球新報のデジタル編集に携わる。主に医療・福祉などの分野を担当。2017年からYahoo!ニュースと一緒に、沖縄戦や基地問題を伝える動画を制作している。
早川由紀美さん
東京新聞論説委員。2017年8月から首都圏デスク長を務める。社会部のコーナー「TOKYO発」の編集責任者として、東京をはじめとする首都圏の空襲を2018年より取り上げ始めた。
宮本聖二
Yahoo!ニュース 映像エグゼクティブ・プロデューサー。立教大学大学院 21世紀社会デザイン研究科教授。NHK在籍中から、震災や戦争経験者に焦点を当てたドキュメンタリーを制作している。

戦争の経験は、後世に伝わっていないのか?

ヤフー 宮本

戦争経験者の高齢化が進み、今後はどんどん簡単に話が聞けなくなっていきます。どうやって戦争経験を伝えていけば、人の心に刺さるのでしょうか?

琉球新報 玉城さん
私も入社前から、沖縄戦が多くの方に伝わっているのかどうか疑問を持っていました。これまで沖縄戦の取材を約200人にしてきましたが、ひめゆり学徒隊にいた方ですら「これまで何十回、何百回も語ってきたけど、一体どれだけの方に伝わっているのか分からない」と話すんです。私たちは伝えているつもりでも、戦争体験者は「伝わってない」と感じているのではないでしょうか。

いま沖縄のメディアの戦争についての報道は、戦争体験者に頼っている状態です。彼らがいなくなったあと、何ができるのか。1つは、これまでの取材の蓄積を生かすことです。動画もたくさん撮っているので、それをうまく使いたいと考えています。あとは、証言を聞いてきた記者たちがどう伝えていくのかも大きな課題です。

一方で、非体験者だからこそ伝えられることもあるのではないかと考えています。最近、取材に行った特別養護老人ホームの職員さんに聞いた話では、ある時期になると兵隊だった一人のおじいちゃんが急に落ち着かなくなってしまうそうです。でも、認知症で話せなくなってしまっている彼に、どんな苦しみあるのかを聞くのは難しい。ただ人生の晩年になっても、戦争の記憶に苦しめられる人がいるこの不条理は、沖縄戦体験者と長い時間を過ごしてきた私たちが伝えていかなければ、と思っています。

戦争の記憶を残すために、「地方紙」はどう伝えていくべきか?

ヤフー 宮本

伝え方を考える上で、「地方紙だからこその役割」も重要です。普天間基地の問題は辺野古新基地建設と絡めて語られるが、琉球新報の紙面は沖縄県内でしか配られません。それでヤフーと共同で「3分で知る沖縄戦」「5分で知る沖縄 戦後の基地拡大」などの動画を作り、Facebookで配信してきました。どう伝えていくべきかについて、新聞社に問題意識はありますか?

琉球新報 玉城さん
いま起こっている基地移設と沖縄戦は地続きの問題です。普天間飛行場は、戦争で住民のほとんどが収容所に集められている間に、勝手に米軍が作った場所。その事実があまり知られていないので、「普天間を沖縄に返すなら、県内の他の場所に基地を作らないといけない」という本来無関係な話になっています。

私の祖母の実家は普天間飛行場の中にあり、戦争で土地を取られてから一生そこへは戻れません。祖母を含めた宜野湾の人々からすれば、「自分たちの故郷の土地を返してほしい」だけなのに、安全保障とか外交、防衛の話になっています。

このように、日本全国の人々に議論の前提となる事実を広く知ってもらい、本土の問題として当事者意識をもってほしい。たった3分の動画で伝わらないのはよくわかっていますが、インターネットの拡散力で少しでも興味を持ってもらうきっかけにしたいです。

ヤフー 宮本

「愛読紙」という言葉があまり使われなくなった昨今、地方紙は一体どうやって読者との関わりを保っていけばいいのでしょうか?

西日本新聞 福間さん

読者が新聞離れしていると言いますが、僕たち記者がユーザーや読者から離れているのではないかと感じることがあります。その理由の1つは、記者の人柄が見えないからではないでしょうか。地方紙には、かなりの数の記者がいますが、どれだけ深い取材をしても紙面で表現できる文字数は短く、さらに新聞社の「中の人」として記事になるため、誰が書いているのかわかりません。一方、Webで読まれる記事には署名があり、書き手には個性があります。

そして、もっとローカルから伝えたいことはあるものの、まだまだネットのニュースは東京発ばかり。地方紙の記者はあまり表に出てきませんが、もっと自分を出していくことが、読者との結び直しにつながるのではないでしょうか。

琉球新報 玉城さん

ネットで名前と顔を出すことを怖がる記者も多いですが、私が実際に出してみていただいたの反応は「中傷1割、応援9割」でした。

普天間基地近くの保育園や小学校で昨年12月、米軍機の部品が落ちる事故が2回続けてありました。ここは私の実家に近くで、自分も当事者であることを強く感じ、紙面ではなくネット版で書きたいと、自分の経験も含めて書きました。

私はただ、「自分の子どもの保育園にこんなことがあったらどう思うか」を考えてほしかったんです。記事を出してみるとたくさんの応援の声をいただきました。

東京新聞 早川さん

ネットのニュースの伝え方は、私たちも勉強になるところがたくさんあります。例えば、細かいニュースを語るまでに、ざっくりとニュースの要点だけを紹介する書き方などは、私たちの使っている「新聞文法」とは全く違うものです。自分たちの伝え方が、今の読者に対して本当に伝わる書き方なのか、しっかり考えていかないといけません。

どうやってバッシングに対応していくか?

今回のイベントには、報道関係者を含め、80名以上が参加しました。最後に、トークセッションの参加者から挙がった質問をご紹介します。

今回のイベントには、報道関係者を含め、80名以上が参加しました。最後に、トークセッションの参加者から挙がった質問をご紹介します。

質問者

ひどい状況に置かれている人々に対してバッシングをする人もおり、ネットではそれが増幅されていると感じています。それに対して、どのような伝え方で抗っていけばいいのでしょうか?

琉球新報 玉城さん

最近は取材でも、紙面に載るのはいいけど、ネットは中傷がひどいので嫌だと断られることがあります。でも、バッシングをされるからといって、何も言わないと何もなかったことにされてしまうだけです。だからこそ、報道機関はもし被害者へのバッシングがあったら、「ひぼう中傷以上に、激励や応援の声が広がっていることを報じる記事」を書いて、彼ら彼女らを勇気づけたい。いい声をたくさん伝えていくのが、1つの方法だと考えています。

東京新聞 早川さん

ネットが普及する前でも、憎悪やバッシングは一定数ありました。玉城さんのようなやり方もありますし、他にも街ネタのような記事の中でも、もっとたくさんの市民の声を実名で紹介していくのもいいのでは。市民が社会を作っていることを報道機関が応援し、当たり前にしていく。これも憎悪に負けない社会を作っていく一つの方法になるのではないでしょうか。

西日本新聞 福間さん

新聞の書き方も、少し考えられると思います。新聞では紙幅の制約があるため、白黒をはっきりさせる表現をしてきました。しかし、取り上げる事件はそれぞれ難しい事情を持っている。だから、もしかすると、そのつもりがなくても見出しの立て方が憎悪につながっているのかもしれません。

それを1面だけではなく社会面、さらにネットでも展開していくことで、課題や問題をもっと細かく議論した方がいいと思います。結論を出せないならば、正直に難しいものは難しいと伝えた方がいいのではないでしょうか。

これからどうやって、伝え残していくか?

さまざまな工夫をし、地域の課題を全国に届けようとしている地方紙。トークセッションの最後に、ヤフーの宮本は「読者とメディアはインタラクティブなコミュニケーションを経て、メディアに対する要望や企画に対する応援コメントをしたり、一緒に盛り上げていったりする必要があるのではないか」と締めくくりました。

ヤフーの18階受付エリアでは、戦争の記憶と記録を伝えるプロジェクト「未来に残す 戦争の記憶」の1つとして、西日本新聞、東京新聞、琉球新報、神奈川新聞の戦時中の新聞紙面や当時の資料、体験者の証言をもとに現在の記者が再編集した紙面を展示しました。(8月15日に終了)