英国民がEUからの離脱を選択した6月23日の国民投票から一週間が経過した。
結果が判明した24日は大きく荒れた市場も落ち着きを取り戻しつつある。
主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁が、為替レートの過度の変動や無秩序な動きを牽制、流動性供給の準備があるとの声明を発表したことが安定化効果を発揮した。リーマン・ショックの教訓は生きている。
世界経済が、英国のEU離脱という理由だけで、深刻な不況に陥ることは考え難い。
政治は、英国民によるEU離脱という選択を受けて動きだした。28~29日にはブリュッセルでEU首脳会議が、1日目は28ヶ国、2日目は英国を除く27ヶ国で開催された。
キャメロン首相は、29日には、英国議会で毎週水曜日に行われる「クエスチョン・タイム」に応じ、ブリュッセルでは、EU残留を模索するスコットランド民族党(SNP)のスタージョン党首が欧州委員会のユンケル委員長らと会談した。
しかし、これから先、英国のEU離脱が、どのような経緯を辿り、いつ実現するのか、離脱後のEUとの関係がどうなるのか、現時点では、わからないことばかりだ。
そもそも、離脱手続きを担うリーダーがいない。
キャメロン首相は、国民投票での敗北を受けて辞任を表明、英国からEU首脳会議への「告知」に始まる離脱手続きは9月に選出される新首相が進める。この点は、EU首脳会議で英国の主張が受け入れられた。
新首相として離脱手続きを推進する役割は、本来、選挙管理委員会が離脱キャンペーンを主導する組織として指定した「Vote Leave」の顔となったボリス・ジョンソン前ロンドン市長が担うのが順当と感じられる。
しかし、その政治手法には保守党内の反発は強い。ジョンソン氏からも、キャンペーン期間中のようなEU離脱への熱意は感じられなくなった。
離脱に向けた工程表や離脱後の青写真もはっきりしない。
「Vote Leave」が、国民投票の一週間前になってようやく示した工程表の柱の1つである「告知前のEUとの新協定の事前交渉」はEU側が明確に否定した。
単一市場への自由なアクセスとヒトの移動の制限についてもEU側は両立しないとの構えを崩していない。
英国側は、EU市場との経済的な結び付きの強さを考えれば、離脱後もEUとのビジネス環境の連続性を保ちたい。しかし、国民の多数がEU離脱を選択した理由であるヒトの移動の自由を制限する権利は外せない。
他方、EUにとっては、EU市場への自由なアクセスとヒトの移動の制限という前例を作れば、移民問題に不満を募らせる国々のEU離脱を助長するリスクがある。中東欧などEU域内の移民輩出国には不利益となるため、賛成を得にくい。
しかし、時間の経過とともに政局も、経済情勢も有権者にとっての関心事項も変わる。これから先、英国が歩む道筋は、かなりの幅を持ってみる必要がある。
エコノミスト誌とIPSOS MORIが毎月行っている調査によれば、国民投票直前の英国の有権者は、移民が、英国が直面する最大の問題と考えていた。世界同時不況後の景気回復で先行した英国に移民の流入が増大したからだ。
国民投票に関する世論調査では、離脱を支持する人々は、EUを離脱すれば移民は減少し、おもに財源を税金でまかない、必要な医療サービスを原則無料で提供する国営医療サービス(NHS)にも良い影響を与えると考える割合が高かった。
そして、残留派がキャンペーンで重点を置いた経済や雇用への悪影響は「真実ではない」と考えていた。
しかし、実際に、国民投票で離脱を選択し、英国のビジネス環境の不確実性が一気に増したことで、英国経済には急ブレーキが掛かりつつあり、雇用にも影響が及ぶだろう。国民投票で移民が争点とされ、英国在住のEU市民の間に不安が広がっている。
さらに、今後、雇用情勢が悪化してくれば、英国への移民の流入は自然に減るだろう。同時に、EU離脱で単一市場へのアクセスが制限されることによる経済や雇用への悪影響への認識が広がり、英国経済の課題としての重要性が増すだろう。
経済・雇用に大きな打撃を受け、国家分裂のリスクを冒してまでEUを離脱することが得策なのか、先行き改めて問い直される場面もあるかもしれない。
関連レポート
(2016年6月30日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
経済研究部 上席研究員