超高齢化社会の"相続問題"-預金払戻トラブルをなくすには-相続法改正中間試案シリーズ(3):研究員の眼

今回、取り上げるのは被相続人の預金の取扱である。預金とは正確に言えば、預金債権という財産権のひとつである。

本稿で相続法改正の中間試案を取り上げるのは三度目となる(*1)。

今回、取り上げるのは被相続人の預金の取扱である(*2)。預金とは正確に言えば、預金債権という財産権のひとつである。

相続法改正の中では預金の取扱という項目は、若干テクニカルといえるかもしれない。

しかし、この預金の取扱について判例と実務とが大きく異なっており、銀行実務家や相続人にとっては頭の痛い問題であるため取り上げることとした(*3)。

預金債権は法的には可分債権とされ、文字面からわかるように権利者間で分けることの出来る債権である。

最高裁判例によれば預金のような可分債権は遺産分割協議を経ることなく、当然に相続分に従って分割され、相続人は自分の相続分の範囲内で預金の引き出しが出来るとする。また、それゆえに遺産分割の対象とならないとする。

いかがであろうか。最高裁の判例によれば、預金は遺産分割の対象にならず、また法定相続分までは銀行から自由に引き出せるものだということをご存知だったろうか。

しかし、物事はそう簡単ではなく、銀行の実務では、被相続人の口座から預金を引き出すためには相当に手間がかかるようになっている。

なぜなら、預金も相続財産である以上、相続人全員の合意があれば預金を遺産分割の対象とすることもできるとするのが実務の取扱であり、これを支持する下級審判決もある。

したがって、現状では預金を法定相続分と異なる相続分で分割することも可能となっている。

そのため、いくら最高裁の判決があるからといって、相続人の一人が銀行の窓口へやってきて、自分の法定相続分はこれこれだから、いくらいくら引き出したい、といったとしても、そのまま預金引き出しに応ずる銀行実務とはなっていない。

銀行が困るのは、後日の遺産分割協議により、預金を引き出した相続人とは別の相続人に預金が帰属するケースである。

また、預金を引き出した相続人が多額の財産をすでに贈与されていて(特別受益)、預金については相続分がなかったといったケースというのも考えられる。

これらの場合には、銀行は二重払いの危険にさらされ、あるいは少なくともトラブルは避けられないであろう。引き出した相続人が預金を使ってしまって他に財産を持っていないような場合は特に問題になる。

したがって銀行は遺産分割協議書、あるいは遺産協議分割前の払い戻しの場合には、相続人全員の同意を要求する実務としている。

しかし一方で、このような実務により、当該口座から生活費を引き出しているような被扶養者がいるような場合に困ってしまうことがある。

中間試案では2つの案が示されている。

甲案】

預金を遺産分割の対象とすることを前提にするが、相続の開始によって各相続人が法定相続分に応じて権利を承継し、遺産分割前でも単独で銀行に払い戻しを請求することが出来ることとする。

さきほど典型例で挙げたような二重払いの危険は相続人間に移転される。

具体的には、特定の相続人が預金を法定相続分以上に相続したことを銀行に対して主張するためには、①銀行に対し相続人の範囲を示し、相続人全員が預金の分割がどうなったかを通知するか、または銀行がそのことを承諾すること、あるいは②調停調書、審判書、または遺産分割協議の内容と相続人の範囲を記した書面を示して銀行に通知をすることが必要となる。

つまり、銀行にとって見れば①または②の通知等がない限り、法定相続分までの支払を行なってもリスクはないと一応は言えることになる。

【乙案】

乙案も甲案と同様に、預金を遺産分割の対象とすることを前提にする。

しかし甲案とは逆に、相続の開始後、遺産分割が終了するまでは、相続人全員の同意がある場合を除き、預金払い戻しの請求は出来ないものとする。

なお、乙案ではその口座のお金で生活している人が困らないように、残高に応じた一定割合や一定額までは引き出せるようにする案や預貯金管理者制度を設ける案などもあわせて検討されている。

甲案は現行判例を前提に、預金払戻に応じた銀行がトラブルに巻き込まれないようにすることによって、最高裁判例通りに実務を組み替え、簡易な手続での支払を銀行に行なわせることを目的とするものである。

一方、乙案は、遺産分割の対象となることを徹底し、かつ預金を法定相続分以上に相続した相続人に不利益をもたらさないように設計されているものである。

甲案と乙案どちらがより実際的であろうか。

上述の通り、甲案は銀行が簡易な手続で預金を引き出す実務に変更することを目指しているものと想定される。しかし本当に銀行の現行実務が大きく変わるかどうか疑問がないわけではない。

なぜならば、銀行は払戻の際、その相続人の「法定相続分」がいくらなのかを把握しなければならない。

そうすると、たとえば被相続人のこどもが引き出しに来たケースなどでは、一体、こどもが何人いるかを確認できなければやはりトラブルの可能性があるからである(*4)。

一方、乙案では、相続人全員の同意がある場合以外に、一定割合や一定額まで引き出せる方策が検討されていて、ここがうまく設計できれば甲案のようなことは起こらないと思われる。

ここの設計がうまく出来ることを前提として乙案に共感を覚えるものである。皆さんはいかがだろうか。

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(*1) 平成28年7月12日に中間試案がパブリックコメントに付された。下記アドレスを参照。

(*2) 中間試案では「可分債権の遺産分割における取扱い」と題されている

(*3) 本文に記したほか、キャッシュカードを保管している相続人が相続発生後も銀行に届け出ずに勝手に預金を引き出す事例でもめることが多いとのことであるが、本稿では取り扱わない。

(*4) 子どもが二人なら、法定相続分はそれぞれ四分の一だが、三人ならそれぞれ六分の一になる。また、特に遺言で認知された非嫡出子がいるようなケースを銀行は知りようがないこともあり、法定相続分まで払い戻せるといっても銀行を巻き込んだトラブル発生の可能性がない訳ではない。

(2016年7月19日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

生活研究部 部長

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